第7-1話 彼方の作戦1(1)
昼休み。愛藍学園は同じ敷地内に中学校と高校が並んで建っている。食堂は中高共用の施設として両棟の中央に設置されている。ひなたと彼方の二人は食堂の入り口付近の柱に隠れるようにして、十メートルほど離れたところにある長方形の机に座って食事を取っている兄を観察していた。
「ふむ、兄の姿はあるが、友人の姿はないな」
「珍しく一人でご飯を食べているようですね」
一緒にいるはずの友人たちを連れ出す予定だった彼方は頷いた。
「作戦遂行には都合がいいな。桜咲の方は準備できてるか?」
制服の襟に着けたトランシーバーに話しかけると、耳元のイヤホンから紺乃のウィスパーボイスが返ってきた。
『じゅ、準備はできてるけど……ほんとにこんなことしないといけないの!?』
その声には羞恥心で満ちていた。兄の気を引く人員として、紺乃は一人、別のところに待機をしているのだった。
「作戦は分かっているな? まずくるくるガールが兄に接近し、一緒にご飯を食べてもいいかと誘う。その後、合図とともに桜咲がパフォーマンスを行い気を引く。そのスキに兄の弁当と飲み物に薬を仕込むのだぞ」
「はい!」
「では出撃だ、くるくるガール!」
その掛け声とともに、ひなたは柱の陰から姿を現し、駆け足で兄の方へと走っていった。
↓
芽吹護は食堂で一人弁当箱をつついていた。
「やっぱり食堂で一人飯ってのは恥ずかしいな。みんながいないときくらいは、教室で食べるべきだったかなあ」
もぐもぐと手作りの弁当を食べつつ、護はぼやいた。
『――ちゃーん!』
「相変わらず食堂は人が多いなあ。自分で作ったりしないんだろうな。まあ、安くて美味しいって評判だけど、って……ん? 今ひなたの声が聞こえてたような?」
『お兄ちゃーん!』
「お、ひなたじゃないか。食堂に来るとは珍しいな」
『一人ぼっちで寂しそうに弁当箱をつついているお兄ちゃーん! 大好きな妹が会いに来てあげましたよー!』
「誤解を招く言い方はやめるんだ!」
危なっかしげな足取りで、ひなたは護の元までやってきた。
「偶然ですね、ご一緒してもいいですか?」
「そりゃ構わんが、どうしたんだ急に? ひなたは教室で食べる派だよな?」
護は自分の隣の席の椅子を引きながら尋ねた。
「たまにはこっちで食べてみたくなったのです」
「ふぅん? 今日は桜咲さんや平崎さんと一緒じゃないのか?」
「……え? あ、それは!?」
その質問は予想していなかったのか、ひなたは息を詰まらせた。
「紺乃ちゃんたちは……今日は病気でいないのです!」
「なるほど、だから俺に会いに来たのか。二人は風邪でも引いたのか?」
「鳥インフルエンザです」
「重病じゃないか!?」
「問題はありませんよ。爪先から徐々に鳥になっていくだけですから」
「俺の知らない病気だな、それは」
目を白黒させる兄を尻目に、ひなたは『うまくごまかせた』と満足げに頷いてみせた。そのまま、襟元についた小型のトランシーバーに向かって声をかける。
『無事に席に着くことができました』
『こちらも作戦を開始する。合図がしたら兄の注意を西側の入口に向けてくれ』
『わかりました』
こくりとひなたが頷いて十秒後、柱の陰から手話の合図が送られてきた。
「あっ! 見てください! あそこにお兄ちゃんの大好きな巨乳の黒人幼女が胸を揺らしながらリンボーダンスをしていますよ!」
「何を言っているんだ!?」
「ほらほらー、見てくださいよー? お兄ちゃんの大好きな胸の大きな幼女ですよー? しかも大きく体をのけぞらせて胸を強調しているんですよー?」
「待て! 俺がいつそんな特殊性癖をしていると思い込んだ!?」
「誤魔化さなくてもいいんですよ? わたし、お兄ちゃんの部屋で見つけたんですから。アフリカ原住民の歓迎ダンスの本を」
「ひなた、それは世界史の課題用の参考資料だ。俺はアフリカ原住民に性的興奮を求めて購入したわけじゃない。それと幼女好きってのはどこから出てきた?」
「お兄ちゃんはロリコンです」
「断言された!? 俺は至ってノーマルだよ!? それにひなた、お前の言うような奇抜な格好した人間が学園内にいるわけがないだろう? ほら、お前の指差す方向を見ても……っていたァ!? なんで!? アイエエ、ナンデ!?」
護の視線の先には、マイクロビキニを着た紺乃が二つの長テーブルの間に橋掛けられた竹の棒を仰け反るようにしてくぐっていた。素肌を黒く塗られた彼女は民族的な音楽に合わせて恥ずかしそうに、けれど必死にその肢体を動かしている。彼女のふっくらと盛り上がった巨大な胸が竹棒に当たるたびに、周囲の男性陣から熱狂的な歓声が沸き上がっていた。
「なんだ、アレ……なんだアレは!?」
唖然とする護を横目に、ひなたは粉末状に砕いた三種類の薬を、弁当とデザート、コップに振りかけた。すると薬の影響なのか、粉末を被った料理はそれぞれの粉の色に変わってしまっていた。
(こ、これはすごいですね。なんとか誤魔化さなくては)
緑色に変色したハンバーグを前にひなたは呟いた。
「きっと、あれはあれなんだ。国際交流の外国人さんなんだろうな。異文化交流のパフォーマンスでもしているのか。どこの誰かは知らないが、面白いことを考えたもんだ。さて、飯を食うか……ってなんだこれは!? なんで俺の弁当はどぎつく変色しているんだ!?」
「最初からそんな色でしたよ?」
「嘘だろ!? 真緑になってんだぞ!?」
「頭おかしくなっちゃったんですか……?」
「何その憐れむような目は!? 俺か!? 俺がおかしいのか!?」
異色に変化した弁当を不思議そうに眺める兄を前に、ひなたはなんとか誤魔化せたとガッツポーズを取った。
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