第6-1話 作戦会議

「大変な目にあったんだよ」

 部活棟三階の科学部の部室。

桜咲紺乃は捩じられた首を両手で元に戻しながらそう言った。

「首がいけない方向に回っていたと思うのですが」

「千瀬ちゃんにやられた傷なら十秒で完治するんだよ」

「さすがプロのドMは違いますね」

「えへへっ」

 紺乃は艶やかに微笑み返した。

「こらそこ! いちゃいちゃしている場合ではないぞ! 作戦会議の時間だ!」

 赤いメガネをかけた彼方は部室の壁に吊るされたホワイトボードを指し示す。

「今回の作戦はとてもシンプルだ。標的の飲食物に薬を含ませて飲ませるだけだからな。だが、別々のものを三つ同時に口にする機会はそう多くない。現実として成功確率の高いタイミングは昼食と夕食だろう。これらの食事時に同席して薬を盛るとして、問題点が二つあるな。いかに気付かれずに入れるか、そして、どうやって順番通り食べさせるかだ!」

 そこまで捲し立てると、彼方は一度メガネを中指でくいっと持ち上げた。

「最初の問題については、私や桜咲が兄の気を引けばよいな。注意が余所に向いている間にくるくるガールが粉末状に砕いた薬を含ませるのだ。ともすれば、標的がクラスで食べるのか、食堂で食べるのかはキーポイントとなるな」

「お兄ちゃんは毎朝弁当を作ってくれますが、いつも食堂で食べてますね。学食の友人さんに合わせているみたいです」

「ふむ、ならこの課題は楽にクリアできそうだな。まずくるくるガールが食堂にいる兄に接近する。次に私たちが兄の注意を引いている隙に薬を各食べものに紛入させる。その後、同席しているくるくるガールが食事の順番を誘導する。……ストーリーはこんな感じか」

 彼方はホワイトボードに作戦を書き込んでいく。

「さすれば、後はどうやって兄の関心を引くかだが……ストレートに考えて兄の興味のある何かを提示するのがベストだろうな。くるくるガールよ、何か兄が興味を持っているものを知らないか?」

「わたしですね」

「いや、そういうのじゃなくて」

「古今東西、お兄ちゃんの興味の中心は常に妹にあるのです! 全て妹中心なのです! すなわちわたしが全てなのです! どやぁ!」

「なんだ急に息巻きだしたぞ!?」

「彼方さん、ひなたちゃんの発言にまともに取り合ったらダメなんだよ。基本何も考えてないから。……でも異性っていうのはいいアイデアだと思うんだよ。クラスメイトもそうだけど、男の人っていつも女の子に強い視線を向けてるし」

「紺乃ちゃんが言うと説得力が違いますね」

「どこを指しての発言かなそれ!? それより彼方さん、タイプの女性で釣るってアイデアはどうかな。部屋を家探しすれば趣味も分かるし――」

「クソ……憎きでかパイどもめ……私はそんな視線を感じたことないというのに……どうして神様はこう不公平なのだ……」

「先輩が僻んでる!?」

 彼方は顔を四十五度傾けて、怨念籠った瞳で紺乃の胸を凝視していた。

「もうっ、二人とも真面目に考えてよね! ほら、ひなたちゃんに聞きたいんだけど、お兄さんって、その……エッチな本とか、持ってないの?」

「見たことはないですね。お兄ちゃん持ってるんでしょうかね」

「年頃の男なのだぞ。エロ本の百冊や二百冊持っていて当然だろう」

「そんなには持ってないと思う」

「そういえば先日、お兄ちゃんの部屋にこっそり入って布団をくんかくんかしてた時のことなのですが、ベッドの下に一冊の本が落ちているのを発見したのです。これは怪しいのですか?」

「おおっ、ビンゴだ! して、その内容は?」

「あの、それが実はですね……」

 ひなたが耳打ちすると……彼方は愕然と目を見開いた。

「そそ、それは本当か!? なんて性癖なんだ……お前の兄は変態なのか!?」

「どんな変態でも、わたしはお兄ちゃんのことが大好きです! 特殊な性癖だって受け止めたいと思います!」

「ほう! 恋愛とは奥が深いものなのだな……!」

 彼方は腕組みをしながら、複雑な表情で頷いた。

「とかく作戦は決まったな。では今日の昼休みに食堂に集まり実行しよう」

「はい!」

ひなたは活き込むように力強く頷いた。

仲良く肩を組み合う二人の後ろで一人置いてけぼりにされてしまった紺乃は「え? どういう本だったんだよ?」と首を傾げていた。

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