第二章

第5-1話 彼方の作戦(1)

「くっくっく、私に先行を譲ったことを後悔させてやるッ!」

 翌日の朝、中学棟一階の廊下でひなた達は落ち合わせた。黒々としたオーラを纏い含み笑いを浮かべる彼方の隣には、どんなアイデアが飛び出るのかとそわそわを隠さないひなたと、

「千瀬ちゃんが……消えたんだよ……」

 廊下の壁に額を擦り付け続ける紺乃の姿があった。厄介ごとに巻き込まれると察したのか、千瀬は登校後すぐ姿を隠したようだった。

「なあ、桜咲が鬱ってるんだが、声をかけたほうがいいのか?」

「放っておいてください。千瀬ちゃんがいないときはいつもこんな感じです」

「いつものことなのか!?」

 床に蹲って恨み言を呟き続ける後輩に、彼方は不安げに視線を投げかける。

「せっかくいいところを見せて千瀬ちゃんの心を鷲掴む予定だったのに……なんでいなくなるの……? 千瀬ちゃんの馬鹿……。でもそんないつでも自分らしく行動できるところも好き好き好きしゅき! ふあああああああ千瀬ちゃん愛してるんだよおおおおお!」

 狂おしい愛欲の炎に焼かれて、紺乃は雄たけびを挙げた。

「……だ、大丈夫そうだな。では、改めて目的を確認するぞ。お前は実の兄――芽吹護と恋人関係になりたいのであったな?」

「はい!」

「いい返事だ。しかし、これから提案する方法はグレーゾーンで……ぶっちゃけちょっぴり法に反するのだがそれでも構わないか?」

「はい!」

「うむ! いい返事――」

「待って! いい返事をしちゃいけない!」

 紺乃が慌てて二人の間に割って入ってきた。

「現実に戻ってきたのですね。おはようございます」

「あ、おはよう――って、暢気すぎるよ、ひなたちゃん! よく考えて! 違法な手段でお兄さんを落として満足なの!?」

「……はっ、わたし今犯罪に手を染めようとしていたのですか!?」

「やっぱり何も考えてなかったんだね!? ……もうっ! 彼方さん! 私の友達を危ない方向に走らせないでほしいんだよ!?」

 獣に相対した小動物のように紺乃は警戒心を露わにする。

「今日の桜咲は冷たいな。昨日はあれだけ感動してくれたのに……」

「それとこれとは話が別なんだよ。千瀬ちゃんがいない間は、私がひなたちゃんの保護者なんだから。まずは詳しい説明を要求するんだよ」

「そういうものなのか。ほれ、これを見てみろ」

 彼方は白衣のポケットから薬の入ったガラス瓶を取り出して、紺乃の方へと放り投げた。紺乃は両手でそれを受け止めた。手のひらに収まるほどの大きさのビンの中には三色の小さな丸い薬が入っている。

「それは私が開発した秘薬。ホレルンルンαだ。この薬を飲んだ者は最初に見た者に恋心を抱く……いわゆる惚れ薬というやつだな」

「惚れ薬……って、あの惚れ薬!? それって本物なの!?」

「正真正銘の本物だぞ。先代から貰ったレシピ通り作ったのだから間違いない」

「レシピって何!?」

 紺乃は目を丸くした。

「し、信じられないけど……確かにそれなら兄妹同士でも恋人になれるかも。でも、薬なんかで意中の人と繋がるなんて、そんなの健全じゃないよ! お付き合いっていうのはね、きちんとした段階を踏んで二人の間に確かな愛が芽生えるからするものであって」

「この薬は女同士でも使えるぞ」

「………………」

 紺乃の動きが止まった。数秒間、演算にスペック全てを費やすパソコンのように全身を停止させ、

「多少の法くらい問題ないね!」

「紺乃ちゃん、違法行為はどうしたのですか?」

「法律って何? 食べられるの?」

 見事なまでの掌返しだった。

「ふふ、そうこなくてはな。薬はたくさんあるからいくらでも使って構わないぞ。材料は小麦粉と数種類の葉っぱだけだからな」

「何の葉っぱかな!?」

「使い方も実に簡単だ。好きな人に飲ませればいいだけだ。……ただし、この薬には条件が合ってだな。赤、青、緑の三種類の薬を正しい順番で飲ませなければならないのだ。もし間違えた順番で飲んでしまったら、恐ろしい副作用が出てしまうだろう」

「副作用ですか? どんなことになるんですか?」

「昔、お菓子をプレゼントすると言ってこっそり愛結に飲ませたことがある。あの時は被害妄想に取り憑かれて首や手首を掻き毟りながら一時間ほど『海が落ちてくる』と呟き続けていたな」

「完全に危ない人だよ!? うーん、だったらご利用計画的に行わないといけないね、って――千瀬ちゃんの気配がする? 千瀬ちゃん! 千瀬ちゃんの匂いだっ!」

「……げっ」

 脇の階段を登ってきた千瀬は、紺乃と視線を合わせて顔を顰めた。

「あんた、私が視界に入る前に反応するのやめてくれない。怖いんだけど」

「えへへ」

「褒めてないからね?」

 千瀬はげんなりと瞼を下げた。そして、彼女は紺乃の隣に立つひなたと彼方から気まずそうに目を逸らした。

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