第4-3話 科学研究部(3)
二人の不安とは裏腹に、科学部の部室は典型的な文化系の部室そのものだった。入って手前は雑多なものが置かれた生活ブースで、部屋の奥が科学実験室のようになっている。実験室にはビーカーや三角フラスコなどの実験用具となにやら怪しげな金属などが意外と整頓されて置かれている。
「私はこの科学研究部の部長、
上級生――遠野彼方は水の入った三角フラスコをアルコールランプで炙りながら三人を見ずにそう告げた。
「えと、私は
「今、茶を沸かしている。その辺のソファーにでも座ってくれ。……後、私に敬語を使う必要はないぞ。変に畏まられるのは気持ち悪い」
「ふえ!? そ、そんなことを言われましても……」
「気を使う必要はない。私は年齢を基準に敬われるという文化が嫌いなのだ。面従腹背に敬われるくらいならタメ口のほうがまだマシというものだ」
言いつつ、彼方はお茶の入ったフラスコを三人に渡した。
「でだ、相談とはなんだ?」
「あの、実はですね」
ひなたは、彼方に事情を説明した。
「……ふむ、好きな兄を落としたいか」
「引き受けてくれますか?」
「そうだな……おい、くるくるガールよ。お前にとって兄との恋愛はどういうものなのかを説明してみろ」
「ふえ? お兄ちゃんとの恋愛を、ですか?」
唐突な質問に、ひなたは目をぱちくりと瞬かせた。
「私も慈善事業ではないのでな。私にとって価値があれば引き受けてやる」
「わたしの本気度を測ろうというわけですね。分かりました」
ひなたは目を閉じて、深く考え込んだ。やがて瞼をぱちりと開けた。
「ふわふわしますよね」
瞬間、部内の空気が固まった。
一応、彼方は次の言葉を待ってみたが、ひなたは自信満々に微笑んでいるだけだった。
「………それで終わりか?」
「はい」
「いやいやいや、ちょっと待て。兄と妹同士の恋愛だぞ? 困難であったり、禁忌であったり。言葉に言い尽くせない何か、こう、深い感情とかがあると思うんだが」
「はい?」
「そ、それでもその一言で終わりなのか?」
「はい」
「……そ、そうか」
ドヤ顔で断言するひなたに、彼方は動揺を隠せなかった。
「ふ、ふむ……ふわふわか。いやはや、この緊張の場面でここまで抽象的な一言を言われるとは思わなんだ。……いや、深い意味があるのか? 人は各々異なる価値観を持っているが故に、回答も千差万別。ともすれば、その解答もまた一つの真理と言えると……?」
「あの……多分ひなたちゃんのことだから何も考えてないと思いますよ」
「失礼ですね。わたしはしっかり考えてますよ。お兄ちゃんとの恋愛はふわふわするんです」
「それ、単に感じたことを口に出しただけなんじゃ」
「そんなことないです! お兄ちゃんと一緒にいると気持ちがふわふわとしてきて、でもこれは感じた事じゃなくて考えたこと……あれ? これ考えたことじゃないような気がします……? あれ、でも、でも……! むー……千瀬ちゃんが私を混乱させました!」
「私のせいなの!?」
逆恨みを買って千瀬は被りを振った。
「ぷふっ……」
そのやりとりを見ていた彼方が急に噴き出した。そのまま一人でくつくつと笑いを堪えている。
「なるほど、なるほど。理解した。面白いなお前達。冷やかしなら門前払いするつもりだったのだが、その様子から察するに、どうやら本気のようだな」
彼方は先ほどまでの硬い表情から一転変わって、柔和な笑みを浮かべてみせた。
「意地の悪い対応すまなかった。最近悪いこと続きで気が立っていてな。つい厄介払いを嗾けてしてしまった。『困っている人がいれば助ける』は先代が口癖のように言っていた部の指針でな。微力だが、私でよければ力になろう」
「ありがとうございます! かなちゃんは天使ですね!」
「かなちゃん!? ひなたちゃん、初対面の人に慣れ慣れしすぎだよ!?」
「ははは! 一向に構わんぞ! 好きに呼ぶがいい!」
彼方は寛容に頷いてみせた。
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