第4-2話 科学研究部(2)

「…………やっぱりやめにしない?」

 引き戸にかけた千瀬の指先が震えている。

「千瀬ちゃんは怖がりですね。ただの土木建築の音じゃないですか」

「部室棟から謎の建築音がするのは結構怖いわ」

「あ、あの噂は本当だったんだ! 科学研究部には人畜を切り刻んで弄ぶことを生きがいにした狂った科学者がいるって! さっきの音はきっとそれなんだよ! 中に入ったら最後! 嬉々として全身を魔改造されてしまうんだよ!」

「四本腕とかできるんですかね?」

「なんで乗り気なの!?」

「ロケットパンチとか目からビームとか……憧れますよねっ!」

「ひなたちゃんはどこに向かおうというの!?」

「やっぱりやめましょうよ。きっとこの部屋にはマッドサイエンティストが住んでるのよ……」

「や、やだあ……! ひなたちゃん、引き返そう!? お兄さんを堕とす方法なら私たちで頑張って考えるから! こんなところで命を落とす必要なんてな――」

「貴様ら、人の部室前で一体何を騒いでいるのだ……?」

その時、科学部の扉が開いて、中から白衣を着た女性が顔を覗かせた。千瀬と紺乃の体が恐怖に固まる。

 白桃色の髪をした、今朝中庭で見かけた女性の一人だった。上半身裸の上に直接白衣を羽織っているらしい。さらにボタンは一つしか掛けておらず、隙間から白い素肌が露出していた。彼女はポニーテールに結った長い髪を不機嫌そうに揺らしながら、怜悧な瞳で三人を睨みつけた。

「なんだ貴様ら。黙って聞いていれば言いたい放題抜かしおって。職業柄陰口を叩かれるのには慣れているが、部室の真ん前で堂々とディスられたのは初めてだ。貴様ら、私にケンカを売っているのか?」

「ごめんなさい!? 私の身体は好きにしていいから二人は見逃してほしいんだよ!?」

「……いや、体を売られても困るのだが」

 肉食動物を前にした小動物のように、紺乃はぷるぷる震えながら肩から制服を肌蹴てみせる。

 白衣の女性は頭を掻く。そのまま怪訝そうに、三人をじろりと目を配らせる。一方、紺乃と千瀬の二人は恐怖に体をすくませてしまっている。そんな中、ずい、とひなたが一歩前に身を乗り出した。

「お話よろしいですか?」

「うん? なんだ、そこの……やたら髪の毛がくるくるしたガールよ」

「わたしたち、あなたに相談したい事があるのです」

「「このタイミングで!?」」

 思わぬ一言に、白衣の女性は目をぱちくりと瞬かせた。ついで何か思惑でもあるのかと勘ぐるように、ひなたの瞳を覗き込む。しかし、当然ひなたの瞳に邪気は欠片もない。そんな天然少女の挙動に毒気を抜かれたのか、彼女は自らの髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。

「入ってこい」

 一言言って、上級生は部室内へと踵を返した。

 千瀬と紺乃は開いた扉の前で逡巡してみせたが、すんなりと入っていくひなたを見て、恐る恐る足を踏み入れた。

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