第3-1話 相談(1)

「また失敗してしまいました」

 朝のホームルーム前の騒がしい教室。

ひなたはキャンバスノートに赤ペンでバツ印を書き込みながら物憂げに呟いた。

「それでどうして成功すると思えるのか、あたしはそっちの方が知りたいわ」

 窓枠に腰掛けてライトノベルを読んでいた少女――平崎千瀬ひらさき ちせは呆れ顔で答えた。

 ベランダから吹き込む風を受けて、千瀬の亜麻色のストレートヘアーがさらりと揺れる。彼女、平崎千瀬はひなたの小学校からの友人である。ファッション雑誌のモデルのような整った顔つきに、清涼感のある凛とした物腰。すらりとした体つきは――こと胸の部分に目を瞑れば――おおよその女性が憧れる理想的なモデル体型である。

「まったく。昨日うんうん悩んでいたと思ったら、そんな暴挙に及んでいたのね……」

 千瀬は文庫本に栞を挟みながら、ゆっくりと向き直った。 

「暴挙ですか? よくあることだと思いますが」

「あってたまるか。……てか、あんたよく手錠なんて持ってたわね」

「これは紺乃ちゃんが貸してくれたのです」

 ひなたが隣の座席に視線をやると、蜜柑色の髪をした少女――桜咲紺乃さくらざき こんのが人懐っこい笑みを浮かべて返した。

 紺乃は机に巨大な胸を載せた態勢のまま、脱力しきった猫のような表情で二人を見つめている。この態勢は、メロンのような大きな胸を持つ彼女が寛ぐときの基本体勢である。

「手錠は乙女の必需品なんだよ」

 紺乃はツーサイドアップに結った長い髪を軽快に揺らしながら、陽気な笑みを浮かべ、ポケットから銀色の手錠を取り出してみせた。千瀬はげんなりと目蓋を降ろす。

「……あまり聞きたくないんだけど、あんた、一体それで何するつもり?」

「人気のない廊下で愛する千瀬ちゃんを捕まえて淫らな行為に励む――げぶぅ!」

「最近、世間が物騒で怖いわ」

 右脇腹に肘打ちを食らって、紺乃は椅子から崩れ落ちた。

「さすがに急所に肘はひどいのではないですか?」

「これくらいがちょうどいいのよ。ほら」

 千瀬が指さすと、腹部を抑えながら苦しんでいたはずの紺乃の表情が、いつの間にか恍惚のソレへと変化していた。

「もうちょっと……もうちょっとで千瀬ちゃんの下着が見え……げふぅ!?」

「変態に手加減なんて不要って。それ一番言われてるから」

 一切反省を見せない友人に強烈な蹴りを叩き込みながら、千瀬は平然と微笑んだ。ついで、鳩尾に強烈な一打を食らって蠢く紺乃を冷やかに見降ろしてみせる。

「あんたも懲りないわね。大体こんな無愛想な女のどこが好きなのよ?」

「全部だよ! ――げぶふぅ!?」

「即答しないでよ、ばか」

 千瀬はかすかに頬を赤らめながら、紺乃の顔面に蹴りを加えた。

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