第2-2話 妹の夜這い(2)

「男の人って徹底的にイジメられるのがスキなんですよね? わたし、泣いても許しを乞われても絶対にやめてあげませんから。お兄ちゃんも、すぐにわたし以外考えられない身体にしてあげます! ……では、さっそく手錠を取りつけるとしま――あうっ!?」

 そんなことを呟きながらひなたが彼の右腕を持ち上げたとき、股の下の兄が寝返りを打つようにもがいた。尻に敷かれて息苦しかったのだろう。その拍子にひなたはぐらりと体勢を崩してしまった。

「あうぅ、危ないです……! い、妹を振り落とそうとするなんて! なんてひどいお兄ちゃんなんでしょうか――って、あれ?」

 前倒れになった体を起こすべく両手を前に差し出そうとして……なぜか両腕が動かないことに気付いた。これは、まるで両腕が何かで固定されているかのようで……。

「ふえぇ!? なにこれ!? なんでわたしの腕が縛られているのですか!? おかしい! む、むーっ!? 取れない!? ふええぇぇ!? 身動きが取れないですう!?」

 どうやら倒れた拍子に誤って自らの腕に手錠を装着してしまったらしい。ひなたは後ろ手で拘束されたまま、束縛から逃れようといたずらに身体を捩じっている。

「うぐぐ……この手錠、外れません……って、鍵! 鍵を使えばいいじゃないですか! さすがわたし、賢いです! えっと、鍵は確か上着のポケットに……って、ああああああ!? 縛られてたら手を入れられないじゃないですかっ!? わたしはバカですか!?」

 ひなたは涙目で呻いた。

「そうです! ……冷静に考えれば、自分の部屋に戻ればいいだけですっ! 自室でゆっくりと手錠を外して、もう一度再チャレンジです! そうです、お兄ちゃんさえ起きなければ何度でも挑戦できるのですから。兄を起こしさえしなければ――」

「……ひなた、何やってんだ?」

「ひゃああああああああ!? お兄ちゃん起きてましたああああああ!?」

 股の下から突然掛けられた声に、ひなたは飛び跳ねるように叫び声を挙げた。

「ふええ、お兄ちゃんに見つかるなんて!? け、計画外です!? あぅ、あぅ!? と、とにかく逃げ出さないと――って、ふにゃああ!?」

 気を動転させた彼女は咄嗟に立ち上がろうとするも、手錠に動きを阻まれて兄の胸元へと倒れ込んでしまった。二人の目が合う。ひなたはサァと顔を青ざめさせた。対して護は眠い目をこすりながら、あわあわと動転している妹の挙動に首を傾げている。

「なんでひなたが俺の部屋にいるんだ?」

「な、なんででしょうね?」

「また部屋を間違えてきたのか?」

「そうかもしれませんねー」

 ひなたは挙動不審になりながらも、夜這いをしかけたことがバレたかどうか、涙の滲んだその瞳で数センチ先にある兄の表情を伺った。兄の様子はいつもとあまり変わらない。自分の布団に妹が潜り込んでいることを不審がっているものの、それ以上の疑惑は抱いていないようだ。

 その事実を見て取ったひなたはひとまず胸を撫で下ろした。そして、この勘違いに乗じて騒動から逃げ出そうと、立ち上がり兄に背を向けた。……ところで、

「まったく中学生になっても部屋を間違えるとは。相変わらずひなたは天然だなあ」

「はあ?」

 ついで、兄の口から漏れ出た一言に肩をぴくりと震わせ、体をピタリと静止させた。ひなたは振り返り、極めて不満そうにベッドに身を乗り出した。

「お兄ちゃんは今とても失礼なことを言いました。わたしは天然ではありません」

「いや、天然だろ」

「天然ではありません」

 なにやら逆鱗に触れたらしい。ひなたは激昂の灯った瞳で兄を睨みつけている。

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