第一章
第2-1話 妹の夜這い(1)
四月の中ごろ。一月前に比べると気温も一段暖かくなってきたものの、まだまだ肌寒さの残る季節である。加えて今夜は大きな寒冷低気圧が通り過ぎるらしい。ゆえに深夜ともなれば、住宅街は冬眠したかのような深い眠りについていた。そんな町全体が冷凍されたような夜中に……芽吹ひなたは活動を開始した。
分厚い毛布から抜け出し、自室を忍び出る。廊下の冷たい床を素足のまま、つま先立ちに歩いていく。ひなたの吐息は荒く、素肌からは熱気が放たれている。兄が寝静まるのを待っていた間、ずっと淫らな妄想をしていたのだ。
ひなたは兄の寝室の前まで辿りつくと、荒くなった呼吸を整えるように一度だけ小さく息を吐き……ゆっくりとドアノブを回した。
シンプルで落ち着いた部屋だった。必要なものが最低限しか置かれていない。床にはベージュのウールカーペットが敷いてあり、部屋の中央にはオーク材のガラステーブルが置かれている。部屋の端には木製の勉強机があり、椅子には明日着る制服のシャツとズボンが掛けられている。そして――、
「はぅ」
寝室の扉からちょうど対面に配置されたシングルベッドに、一人の男性が眠っていた。
――どくんと、心臓が跳ね上がる。
ひなたは、ばくばくと脈打つ鼓動をぎゅっと抑えながら、ごくりと小さく喉を鳴した。得も知れぬ激情に支配された妹はふらふらとベッドの方へと足を延ばしていく。
「お兄ちゃんー、大好きな妹が夜這いにきてあげましたよー」
ベッドの脇まで辿り着くと、すやすやと寝息を立てる兄の横顔を見つめて、ひなたは艶やかに微笑んだ。
「ふふっ、妹の前でそんな無防備な姿を晒していいんですかー?」
ひなたは熱い吐息交じりに囁くと、細い足を掲げて、ゆっくりと兄の腰の上に跨った。大きなお尻に敷かれて、股の下から呻き声が挙がる。しかし、妹はそんなことは意に介すこともなく、羽織っていた緑色のパーカーのポケットから銀色の手錠を取り出した。
市販の汎用的なSMグッズでありながら一度ハメたら鍵で開けるまでは絶対取れない本格的な手錠である。ひなたは掌から伝わる冷たい金属の感触に背筋を震わせながら、優越感の籠った眼差しを股下の兄へと向けた。
「わたし、気づいてしまったのです。わたしがどんなに頑張ってアプローチをかけても、お兄ちゃんが全然振り向いてくれなかった理由。……わたしの愛が伝わっていなかったからだったのですね」
手錠の鎖を唇で咥えて、空いた両手で器用に兄の布団を剥がしていく。
「もうっ、こういうのが好きなら言ってくれればよかったのに。今から、この手錠をお兄ちゃんにハメハメしてあげますね。そして、身動きが取れなくなった身体を、指先から大事なところまでじっくりと弄んであげます。楽しみにしていてくださいね?」
兄の胸元を指先でなぞりながら、ひなたは口元を緩めてみせた。
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