第5話 眼鏡と拳銃
「次」
教官の激しい声が飛ぶ。
「は、はい!」
車椅子の少女、立花
楓は困り果てて、どうしたらいいのかわからず、泣きそうな顔で思わず教官を見つめる。
だが、教官から帰ってきた答えはひどく冷たいものだった。
「楓、自分で拾って撃て」
倉本凛が思わず、「教官、そんな無茶な!」と言いかけたが、「黙れ!」の一言で言葉を封殺されてしまった。
車椅子のすぐかたわらまで教官は歩み寄ると、両腕を組んでじっと楓を見下ろした。
周囲の者たちに、緊張が走る。
楓は、決意した。
上半身をかがめ、一生懸命手を伸ばし、拳銃を拾おうとする。だが、手のひらの先には触れるのだが、つかむことはできない。
次の瞬間、楓が姿勢を崩し、車椅子から地面に倒れ込んでしまった。
「大丈夫!?」
凛が駆け寄ったが、それもまた教官の手によって近づくのを静止させられた。
「いいか、楓、お前をレイプしようとする男たちが、お前を優しく車椅子に戻してくれると思っているのか?」
地面に倒れ込んだまま、うつぶせになっている楓。その表情は、見えない。背中の二本の三つ編みが地面の上で乱れている。
「どうする、ここでリタイアして私の射撃スクールから去るか? 残りの講習代はキャッシュですぐに返すぞ」
そうして、長い沈黙があたりを支配した。
やがて、
「やります」
と、ささやく楓のこえがした。
「わたし、やりますから」
そう言って楓は顔を上げた。右のほほに土がつき、眼鏡のレンズは大きく鼻の上でずれていた。
右手で地面をさぐり、拳銃を握ろうとする彼女。
銃はあった。S&W49 Body Guardは、眼鏡をかけた少女に撃ってもらうの待っていたかのように、おとなしく地面にぽつねんとあった。
楓の右手が、リボルバーのグリップを握った。
そして彼女は地面に寝転んだまま、横向きになんとか姿勢を変えると、右手を伸ばし、ターゲットを狙い、ダブルアクションで引き金を引いた。
一発目、当たらない。二発目、当たらない。三発目、あたらない。四発目、あたらない。最後の五発目。マンターゲットの腰の部分にかすって当たった。
「ブラボー! よくやった、楓!」
今まで険しい顔をしていた教官は表情を一変させ、これまでの講習中には一度も見せたことのなかった明るい笑みを満面に浮かべ、地面に寝転んだままの楓を抱えあげると、車椅子にちゃんと座らせてやり、ジーンズのポケットから取り出した白いハンカチで楓の顔の横れをぬぐってやり、眼鏡を鼻の上で調節してやった。
「本当によくやった。お前の教官になれたことを誇りに思うぞ」
車椅子の楓をハグしてやりながら、嬉しそうに教官はつぶやく。
「……でも、一発しか当たりませんでした」
ほとんど涙声で楓は答えた。
「当たったか当たらなかったなんてことはどうでもいいんだ。自分に危害を加えようとする相手に銃を持って立ち向かう勇気、私は技術的なことうんぬんより、そのガッツを私の大切な生徒たちに身につけてもらいたいんだ」
そうして教官は優しげにさらに力を込めて楓を抱きしめた。
「……痛いです、教官」
いつのまにか、楓の表情も涙混じりの晴れやかな笑顔に変わっていた。
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