第2話:クレア・ラ・フライシャーという女
◆:クレア・ラ・フライシャーという女
――物心というものが何時から芽生えるのか知ら無いが、クレア・ラ・フライシャーには産声をあげたその時から物心というものがあった。
あった。というのは正確では無いのだろうが、前世と思われる記憶がある。
地球の日本という国で、未練たらしく毎晩AVを漁り、それに嫌気がさしてナニを切り捨て死んだ男の記憶。
無論、産声をあげて初めに確認したのは母親の顔ではなく自分の股だ。
何の因果か知らぬが私はこの世界に女として転生したわけだった。
15歳になると父親がどこぞの街の男に私を嫁がせようとした。
どうやらクレア・ラ・フライシャーという女は男好みのする容姿のようで、アプローチしてくる男たちは後を絶たなかった。
中には悪質で陰湿、あそこのソレを膨らませて近づいてくる変態までいた。
当然中身はおっさんの私は、その状況に絶えられず最大の逃げ道を見つけたのだった。
それが祖国シグルドが率いる竜殺しの軍隊バルムンクである。
この世界には竜が実在している。竜は街を破壊し人間を食料としていた。
自ら軍に志願する女を嫁に欲しいという奴はいないだろうと私は企て、祖国のために戦いたいと反対する両親にそれっぽい嘘をつきバルムンクに志願したのである。
「なんとも儚く弱々しい表情……まるで軍服が似合わない女だな、私は」
鏡に映る姿を確認しクレアは不機嫌な顔をする。
眉間に力を入れるがその少女の顔はあざとくなるばかりであった。
筆記実技共にA判定で軍の試験を合格、加えて初陣でのリントヴルム討伐は偉業だったらしく、私は本国からの招集を受けていた。
本国……シグルド王国は世界の中心に位置し近隣諸国でも唯一竜を殺すことができる兵器、バルムンクを保有している。
バルムンクというのは竜殺しの軍隊の総称として使われるが、そもそもは生体スーツの呼称であり、竜の血と人間の血を動力にその生体スーツは可動し人間に竜とも渡り合う力を授ける。
当然竜殺しの力を持たない近隣諸国は竜の対処全てをシグルドに依頼しなければならず、この世界の実質的主導権を握っているのがシグルド王国なのである。
その為生体スーツは軍の秘匿情報であり、これをうっかり口外でもしようものなら間違いなく銃殺……軍人となった娘を前に涙を滝の様に流しているこの両親も例外では無い……。
「お前はどこか普通の少女では無いと私も思ってはいたが……こんなにも祖国を愛していたとわ!」
父親は唇を噛み締め肩を震わせながら涙声でクレアにそう告げる。
「クレア……あぁ私の可愛いクレア!」
母親はクレアを抱きしめ頬を擦りつける。
「お父様、お母様……クレアは祖国の為、竜と戦います!」
いつまでも泣き止まぬ父と母に敬礼をしてクレアは首都シグルド行きの汽車に乗車する。
個室に鞄を放り投げ車窓から駅のホームを覗くと、未だにそこで泣き崩れる両親の姿があった。
「本当に素晴らしい両親だ。 幸せな17年間をありがとう」
全く感情のこもって無い声でそう呟き、クレアは両親を一瞥して椅子に深く腰を落とし今朝の新聞を広げる。
「戦場を翔る竜血の女神クレア・ラ・フライシャー……」
そう口から記事の見出しをこぼすと汽車は汽笛を鳴らし赤い血の様な蒸気をあげながら首都を目指す。
クレアは顔を埋める様に新聞に眼球を近づけ、もう一度記事の見出しを確認する。
新聞を持つ手は小刻みに震えクレアはゆっくりと記事の内容を口に出して読んだ。
「その女神は可憐に戦場を翔け初陣でリントヴルムを討伐……血生臭い戦場には不釣合いなその美しい容姿と勇姿に国中の貴族が婚約を申し込む……だと?」
クレアは新聞をズタズタに引き裂き宙へと撒き散らす。
「抜かった! かえって男どもの目を引いてしまう結果になるとわ!!」
クレアは両手で頭を抱えて激しく前後に身体を揺らす。
「あぁぁぁぁぁ駄目だ……男は理性の無い化け物! 何よりこの私が一番知っている事だというのに……何としてもこの純潔は守り通さねばぁ!!」
激しく身体を揺らしていたクレアは急に電池が切れた様にピタリと動きを止めて硬直させる。
「貴族の権力をも跳ね返す地位を手にするしか無い」
そう小さく呟くと決意の炎を瞳に宿し、拳を強く握りかざす。
「――いいだろう……その為なら私はこの世界で竜を断って断って絶ち尽くしてやる!!」
クレア・ラ・フライシャーが世界で一番恐れているのものは、竜でもなく、死でもなく、男性器ただ一つなのだから……。
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