第1話:竜血の女神


◆:竜血の女神


 逃げ惑う人々をその巨大な口で丸呑みにし蛇の様な体をうねらせ黄色く不気味な目玉を光らせる。


「――あれがワーム種、竜というより巨大な蛇だな」


 ブロンドの美しい髪を風に靡かせる少女は飛空挺の発地から地上を見下ろす。


 身体のラインを強調する白いボディスーツは発地の天井とプラグで繋がれており、完全に宙吊り状態であった。


「余裕だなクレア二等兵、女性らしからぬとても勇猛な発言だ」


 対面する黒髪の優男はクレアの小さな胸を見ながら嫌味を言う。


「いえいえショルツ上等兵殿、私はただの竜を殺す兵であります」


 クレアがそう言って笑みを浮かべるとショルツは地上を一瞥する。


「この作戦が終わったら……」


 ショルツ上等兵が何かを言おうとしたがその声は艦内音声で断ち切られる。


『――投下ポイントに到達、バルムンク58小隊の投下を開始します』


 スピーカーからノイズ混じりの音声が流れると発地にいるもの全員が垂直に飛空艇から投下される。


 激しく風を切り裂きながらクレアは上空で地上と水平になる様に体勢を変える。


 螺旋を描く様に一人ずつ竜蔓延る戦地へとその身を堕とす。


 先行して降り立ったニッキー・ポップ軍曹が残るクレアとショルツ上等兵を見上げて叫ぶ。


「――直上にリントヴルム!!」


 その叫びとともに巨大な影が降下中のクレアとショルツを覆う。


 無数の棘と鋭利な爪と牙、巨大な翼をもつそれは地を這うワームとは違い、まさしく竜であった。


「くっ、空中交戦準備!」


 ショルツ上等兵がそう叫ぶとボディスーツの腰椎の辺りから細長くしなったプラグが飛び出す。


「抜剣!!」


 それを右手で掴むとプラグの先から血の様に赤く禍々しい杭が形成される。


「――ショルツ上等兵殿、それでは間に合わ無い!」


 クレアの叫びも虚しくリントヴルムの鰐の様に恐ろしく巨大な口はショルツ上等兵の体を二つに分かつ。


 鮮血が雨の様に降り注ぎ降下するクレアを置いてその亡骸は先に地面へと堕ちる。


 リントヴルムはクレア目掛けて旋回し、戦闘機の様な速さで風を裂く。


「チッ! あの優男一人では満足しなかったか!」


 クレアはリントヴルムと対面し体勢を起こす。


「全身に竜鱗を展開!」


 クレアのその言葉に相槌するかの様にボディスーツは脈打ち、表面を鱗の様に変形させていく。


 リントヴルムの牙がクレアを捕らえ、その身を裂こうとするがクレアの身は既に竜の牙では断てぬほどに硬くなっていた。


 撃鉄響く様な音を立て反発するようにクレアは牙から弾かれ、またリントヴルムもその衝撃に体勢を後ろへ崩す。


「良い子だ」


 クレアは優しい声で身に纏うボディスーツの胸の辺りを手で撫でる。


 そしてショルツ上等兵の様に腰椎の辺りからプラグを伸ばし血の杭を形成する。


「――血晶杭とはこう使う!!」


 その杭を仰け反るリントヴルムめがけ投擲する。


 プラグはリールの糸の様に真っ直ぐと伸び、リントヴルムの心臓へ杭を突き刺す。


 心臓を突かれたリントヴルムは激しく巨体を揺らし暴れ狂う。


 クレアはリールで糸を巻き取る様にプラグをボディスーツに収集させ自らリントヴルムに近づく。


 冷たい笑みを浮かべ心臓を突く杭をパージし、新たな杭を形成させる。


「――もう一本いっとくか?!」


 2本目の杭を心臓へ突き刺し、クレアはリントヴルムと共に地へ墜ちる。


 激しい土煙と地響きを巻き起こし、リントヴルはやがて動かなくなった。


 その亡骸の上に立ち、曇天で血と煙の匂いがする空を見上げる少女がいた。


 白いボディスーツは竜血により深紅に染まり、尾の様に動くプラグは鮮血の杭を引き抜く。


 ――竜血の女神。


 その異名がついたのは私の初陣の日であった。


 そう、日本の田園風景広がる片田舎で一人暮らしていた私はクレア・ラ・フライシャーという女に転生し、竜を殺していた。


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