これは三角関係

伊介弥太郎

第1話 これは三角関係

「あ、健吾。おはよー。」

 振り向かなくても分かる。亜樹の声だ。後ろから駆け寄ってくる音がする。立ち止まらずに後ろに目をやる。

「うーっす。」

「今日も寒いね。今朝の最低気温二度だって。」

 亜樹は、白いモコモコとした可愛らしい耳あてをしていた。朝の寒さは堪えるが、この季節は嫌いではない。

「昨日よりは暖かいぞ。」

「寒いものは寒いの。それより健吾、三限目の数学の宿題やった?」

「そりゃあ宿題だからやるさ。」

「良い?」

 手袋をした両手を合わせて、俺を見ている。亜樹の方が十数センチほど背が低いため、自然と上目遣いになる。

「何が、良い?だお前は。」

「お願い!後生の頼みでござる!」

「何時代だ、お前は。」

「後でお菓子あげるからさ。だめ?」

 結局俺は、この目には逆らえない。ため息をつく。

「写してるってことが、分からないようにしろよ。」

「任せといて、そういうの得意だから。」

「それは自慢することじゃねえ。」

 話しているうちに、高校の正門が見えてきた。

「あ、奈美だ。じゃあ健吾、後で見せてね。」

「はいはい。」

 そう言うと亜樹は、正門を抜けようとする隣のクラスの奈美に駆け寄っていった。何やら楽しそうに話している。身体が寒さを思い出したのか、ブルッと震えた。

「おっす、健吾。相変わらず今朝も夫婦してんな。」

「誰が夫婦だアホ。」

 声をかけてきたのは、クラスメイトの裕太。入学式後に案内された教室で、席がたまたま隣だったことがきっかけで、高校で初めてできた友人だ。

「え、お前らって付き合ってないの?」

「お前、分かってて聞いてんだろ。」

「まあ、けど付き合ってるって言っても、誰も意外には思わないだろうけどな。」

「あっそ。」

 下駄箱に着いた。亜樹はもう履き替えたのか、そこにはいなかった。

「あー、今日もラブレターは入ってないかー。」

 裕太は下駄箱を覗き込んで言った。

「今どき下駄箱に入れるやつなんていないだろ。」

「いやけどさー、こういうのって何か憧れるじゃん?開けたらキレイに折り畳まれた手紙が入っててさ、可愛らしい丸文字で書いてあんのよ。今日の放課後、校舎裏で待ってますとか。」

「今どきフィクションだろ、そんなの。」

 そう言って、自分も下駄箱を開ける。うん、入ってない。

「お前、今ちょっと緊張してたろ。」

「可能性はゼロじゃないからな。」

「誰からのを、期待していたのかなー?」

「うざいな。」

「今度俺が、入れといてやろうか?」

「マジでやったら、二度と宿題写させないからな。」

「すみません、反省しています。」

「分かればよろしい。」

「で、今日の三限の数学のやつなんだけど……。」

「別に良いけど、亜樹にも見せるって言っちまったから、その後でな。」

「ははー、ありがたき幸せー。」

「後でお前ら、絶対苦労するぞ。」

「大丈夫、大丈夫。俺、要領良いから。」

 要領良いなら、宿題も要領良くやってこいよとは思ったが、それは口にしなかった。裕太と俺は、二階にある一年B組の教室へと向かった。

 教室に入ると、亜樹がニコニコしながら近づいて来た。

「裕太くんおはよー。」

「おはよう、宿題先を越されちまったな。」

「幼馴染特権ってやつかな。」

 鞄を下ろして、数学のノートを取り出す。

「他の女友達に借りろよ。友達いないのか?」

「失礼な、今日の宿題難しくって、最後の問題解けてる人がいないの。健吾なら解けてるでしょ?」

 そう言って、両手を賞状を受け取るように出してきた。片手でノートを渡した。

「亜樹ちゃん、それ終わったら俺に回してね。」

「うん、早めに渡すようにするね。」

 裕太と俺の席は窓側の後ろの方で、亜樹の席は廊下側の真ん中あたりにある。席に着くと裕太がニヤニヤしながら、話しかけてきた。

「いやあ、さっきのは何か面白かったな。」

「何がだよ。」

「亜樹ちゃんにノート渡してるときの光景が、うちの親父がお袋に給料の明細を渡しているときにそっくりだったぜ。」

「貸さないぞ。」

「悪い、悪い。あ、先生来たぜ。」

 裕太は、教室の前方入り口の方に目配せした。一限目は国語。退屈でしょうがない授業の一つだ。

 一限目が終わり休み時間に入ると、亜樹がノートを持ってやって来た。

「健吾ありがとう、さっきの授業中に写し終わった。」

 そう言って、チョコレート菓子を俺の机の上に置いた。

「ちゃんと写しながら問題の解き方、頭に入れたか?」

「もちろん!」

 きっともう何も覚えていないだろう。

「はい、裕太くん。これどうぞ。」

「早くて助かる、サンキュー。」

 ノートを受け取ると、裕太は早速自分のノートに写し始めた。こいつに至っては、全く宿題を解いてこなかったようだ。

 亜樹は席に戻った。受け取ったチョコレート菓子を鞄にしまおうと、手に取ったときだった。心臓の鼓動が早くなった気がした。小さな袋の反対側に、これまた小さい付箋が貼られていた。

『一緒に帰ろ 校門の外で』

 そう小さく可愛らしい文字で書かれていた。


 帰りの会が終わると、裕太はすぐに部活に行った。テニス部でレギュラーではないものの、一年生の中では有望株らしいと聞いたことがある。普段のあいつしか知らないからか、とても違和感を感じる。

 今日は亜樹から渡された付箋のせいで、授業に全く集中できなかった。何かやらかしたのだろうか。亜樹の方を見ると、帰り支度を終えて教室を出ようとしているところだった。目が合う。小さく頷く。そして亜樹は教室から出ていった。あくまで一緒には出ずに、外で待ち合わせようということだろう。亜樹が出ていってから五分ぐらい経った後、一度トイレに寄ってから外へと向かった。

 校門を出て、朝来た道を帰る。少し歩いて、同じ高校の生徒がほとんどいないところで、亜樹が待っていた。

「やっほー。」

「おう。全然いないから、てっきり先に帰ったかと思った。」

「さすがに他の生徒が多いところだとね、とりあえず歩こうよ。」

 亜樹はなかなか話し出さない。無言の気まずい空気が流れる。行き交う車の音が、やけに大きく聞こえた。

「で、何か話があるの?」

 耐えきれず、こちらから切り出した。

「うん……。」

 亜樹には珍しく、か細い声だった。

「あのね、本当にこれは他の人には内緒にしてほしいんだけどね……、健吾には知っていてほしいの。」

「ああ。」

 俺はこのあと、亜樹が言うことを知っている。

「私ね……、裕太くんのことが好き。」

 知っているとも。

「最近、裕太くんのことばかり考えてしまうの。」

 裕太のこと、チラチラいつも見てるしな。

「けど……、私こんなんだから、アピールとか出来なくって。」

 それは、お前の良いところの一つだよ。

「どうやって距離を縮めたらいいか、わからなくて。」

 不器用だもんな。

「こんなこと、健吾にしか頼めなくて。」

 他に適任は居ないだろうな。

「裕太くんとの距離を縮めるのを、手伝ってほしい。」

 分かっている。分かっているさ。俺もお前と一緒だ。好きな人のことは、つい目で追ってしまうんだ。だから知っていた。昔からの仲だ、なおさらさ。

 亜樹が打ち明けてから、電柱三本ぐらいが横を通り過ぎた。亜樹は俯きながら歩いている。ようやく俺も、冷静に話す準備ができたようだ。

「やっぱりそうか、薄々そうじゃないかとは思ってたんだがな。お前、裕太のことチラチラ見すぎなんだよ。」

 軽く笑いながら、そう返した。笑ったのは亜樹のためだろうか、俺のためだろうか。

「バレてたか。そんな私って分かりやすい?」

「うーん、まあほとんどのやつは気づいてないんじゃないかな、多分。」

 おそらく、普段一緒に過ごしているクラスメイトの女子たちには、バレているだろう。

「そっか。裕太くんって、彼女いないでいいんだよね?」

 心配そうにこっちを見てくる。大丈夫、安心しな。

「聞いたことないし、居ないと思うけど。あいつなら彼女できたら、周りに言いまくりそうだしな。」

 亜樹は顔を赤くしている。彼女になったときのことを、考えたのだろうか。乙女なもんだ。しばらく妄想の世界に旅立っていたのか、戻ってくるのに時間がかかった。

「健吾、協力してくれる?」

「もちろん、まああんまり出来ることは、ないかもしれないけどな。」

「ありがとう、本当にありがとう。」

「何で泣いてんだよ。忙しいやつだな。」

 あやすように笑いかける。

「そうだね……、そうだよね。これからだもんね。本当に健吾が幼馴染でいてくれて……。」

 俺もお前が幼馴染で幸せだ。そうに違いない。しばらく無言で歩き続けた。

 小学校の頃、亜樹や級友たちと遊んだ公園で、作戦会議を開くことにした。高校の同級生たちは、様々な学区から集まっているが、この公園にわざわざ放課後訪れるような人は、ほぼいないはずだ。ベンチの一つに並んで座る。

「それで私は、どうすれば良いと思う?」

 歩いているうちに、腹をくくったのか意志に溢れた目をしていた。

「そうだなあ、なんかあいつって適当な感じだろ?いや、悪い意味じゃなくて。」

 亜樹の目がちょっと怖かったので、すかさずフォローを入れる。

「健吾は、クラスでの裕太くんしか知らないからだと思うよ。私も最初は、何かふよふよした人だなと思ったもん。」

 好きな人のことを、ふよふよって。

「けどね、テニス部で練習してるときの裕太くんがね、もうとんでもなくカッコよかったの。何だか本当にテニスが好きで、全力でやっているんだなってのが、テニス素人の私にも伝わってきて。」

「それで普段とのギャップも相まって、好きになったと。」

 亜樹は頷く。

「あいつと恋愛絡みの話って、そう言えばあんました記憶ないな。」

「それじゃ参考にならないじゃん。」

 少し冷たい目線を向けられる。いやいや、俺が悪いのか。

「何でもいいの。どういう芸能人がタイプとかでもいいから。」

「うーん、そういうのも話さないよなあ。」

 記憶を辿る。

「あ、そういえば今日の朝のことなんだけど。」

「なになに。」

「下駄箱あるだろ?あれを開けるときに、今日もラブレター入ってなかったわー、みたいな感じでガッカリしてたぜ。そういうベタな感じのが、意外と好きなのかも。」

「下駄箱にラブレター?ちょっと古くない?」

 さすがの亜樹も、首を傾げる。

「まあ冗談だとは思うけど。」

「ちょっと情報無さ過ぎじゃない?」

 頭を捻って考える。何かあっただろうか。

「ああ、そう言えばいつだか野郎連中で、彼女欲しい欲しくないみたいな話になったとき……。」

 亜樹が近づく。

「なったとき?」

 近い。近いけど、遠い。

「今は部活に集中したいみたいなことを言っていたような、いなかったような。」

 あからさまにガッカリした様子の亜樹。

「けど、いずれは欲しいって言ってた気がする。」

 亜樹の顔がパッとする。分かりやすいやつだ。

「要するに今は部活が忙しいかもしれないけど、落ち着いたときに、あいつの側に入れる存在になれればチャンスはあるんじゃないか。」

「なるほど……。忍耐勝負ってわけね……。」

 亜樹の目が、力強くなっている。完全に火がついたようだ。

「俺も明日からさ、不自然にならないように色々と探ってみるよ。」

「さっすが健吾!頼りにしてるよ!」

 そう言って背中をバチンと叩かれた。痛い。さっきのか細い声の女性はどこに行ったのだろうか。

 少し雑談をした後、今日は解散することになった。その公園からそれぞれの家へは、帰り道が分かれていた。


 翌朝、登校中に前を歩く裕太を見つけた。

「うーっす、おはよう。」

「おう、今日も寒いな。」

「確かに、今日は昨日と同じ最低気温だ。」

「何か元気なさげじゃない?」

「それは低血圧のせいだろう、きっと。」

 いや、原因はハッキリしている。昨日帰ってから、あれこれ考え始めたら寝れなくなってしまったのだ。布団に入ったものの寝れなくて、おそらく朝の四時から五時ぐらいにようやく眠った気がする。睡眠時間は三時間弱ぐらいだろうか。

「あんまり無理すんなよ。朝飯ちゃんと食ったか?」

「いや、なんか今日は食べる気になれなかった。」

「完全に体調不良じゃねえか。とりあえずガムでも噛むか?」

 そういうと裕太は胸ポケットからガムを取り出した。それと同時に二つ折りになった紙が、ひらひらと落ちた。

「おい、なんか落ちたぞ。」

「お、悪い。」

 裕太はすぐにその紙を拾って、胸ポケットにしまった。

「ほらよ。」

「サンキュー、助かる。」

 裕太がくれたガムは、刺激が強いタイプで目を覚ますには最適だった。

「これかなり辛いな。」

「そうか?慣れると物足りなくなってくるぜ。」

「なにそれこわ。」

 下駄箱に着くと、裕太が昨日と同じことをしていた。

「今日も無いなー。」

「そんな都合よく入ってるかよ。」

 そう言いつつも、昨日亜樹に付箋を渡されたときのことを思い出してしまう。

「分からんよ。健吾のには入ってるかもしれないぜ。」

「そんなまさか。」

 下駄箱を開けると、そこには上履きしか入っていなかった。

「な。」

「さいで。」

 階段を登って、教室に向かう。途中の踊り場に差し掛かったときだった。

「あ、悪い、テニス部の顧問に朝来いって言われてたんだ。」

「なんかあったの?」

「うーん、怒られるとかではないと思うけど。ちょっとパッと行ってくるわ。」

「おう。」

 裕太は階段を下りていった。教室に向かう。教室に入ると、亜樹がクラスメイトの女子たちと、輪になっておしゃべりをしていた。目が合う。会話の途中だったのか特に挨拶もしなかったが、アイコンタクトで、分かってるよな、と言われた気がした。

 十分もしないうちに、裕太が教室に入ってきた。亜樹が裕太には挨拶していた。嬉しそうだ。どこか周りの女子たちも協力的に見える。もしかしたら、彼女たちにも協力をお願いしたのだろうか。裕太が席に着いた。

「何だったの?」

「完全に雑用だった。」

「雑用?にしては、すぐ終わったね。」

「まあちょっと荷物運ぶくらいだったからな。」

 頼まれた役目を果たすとしよう。

「今日親が寝坊しちゃって、弁当なくてさ。お前いつも学食だろ?一緒に食おうぜ。」

「あ、オッケー。俺も少し話があったし。」

 裕太が俺に話って、改めて何だろうか。それから少しして先生が教室に入ってきて、授業が始まった。


 午前の授業は、今日も退屈だった。昼休みを告げるチャイムが鳴る。

「終わったー、健吾行くか。」

「おう。」

 学食はそれなりに広く、そこまで混雑はしていなかった。

「いつもこんなもん?」

「この時間じゃこのくらいかな。もう少しすると増えてくると思うよ。」

 食券を買い、学食のおばちゃんに渡す。しばらくすると、俺のたぬきうどんと、裕太のスタミナ定食が運ばれてきた。

 特にどちらが言い出したわけでもなく、人が少くて、少し離れた席に着いた。

「腹減ったー、いただきまーす。」

 裕太は余程、腹が減っていたのか、がっついて食べ始めた。一方俺の食欲は、朝よりもあるものの、あまり箸は進まない。

「それで、話って何だよ。」

 裕太の食べるスピードが、少し落ち着いたところで話しかける。

「健吾が聞いてるかどうか分かんないんだけどさ、亜樹ちゃんのこと。」

「亜樹のこと?なにそれ?」

 とぼけてみる。裕太が何を知っているか分からない以上、下手なことは言えない。

「あれ、お前ら仲いいから何か聞いてると思ったんだけどな。まあいいや。健吾に頼みたいことがあるんだよ。」

「頼みたいこと?」

「ああ。本当かどうか分からないんだけどさ、クラスのやつから聞いたんだけど、亜樹ちゃんが俺のことを好いてくれているって噂があるらしいんだ。何か聞いてないか?」

 変な汗が出ている気がする。寝不足のせいだろうか、悪寒がする。

「特には聞いてないな。ただ、うーん、まあ普段の感じからして、お前のこと嫌いではないだろうな。好きかどうかは置いといて。」

「俺もそうさ。亜樹ちゃんは明るくて良い子だし、むしろ好きなくらいだ。」

 おお、これは何とかなるか。

「けどさ、万が一だよ。万が一、噂が本当だったとしたら、すごい困った状況になる。」

「困った状況?」

「ああ、まず俺は亜樹ちゃんとは付き合いたいとは思わない。」

「……それはあれか。今は部活に集中したいとかの理由か?」

「まあそれも無くはない。確かに部活は楽しいし、もっと上手くなりたいと思ってる。けどそれは理由じゃない。」

「っていうと、他に好きな子が居るとかか?」

「そのとおり、隣のクラスの奈美ちゃんっているだろ。亜樹ちゃんと仲が良い子。」

 奈美ちゃん?奈美ちゃんって言ったかこいつ。

「そういうことか……。」

「それにな、それだけじゃない。」

「他に何かあるか?」

「ああ、こっちも俺にとっては重大な問題だ。健吾、お前、亜樹ちゃんのこと好きだろ。それもとんでもなく。」

「……。」

「分かるさ。毎日一緒に居るんだからさ。」

「……それで頼みたいことって何だ。」

 聞きたくない。だけれど予想できてしまう。こいつは、そういうやつだ。

「そうか…、やっぱり噂は嘘じゃなかったんだな。」

 裕太も察したようだ。

「亜樹ちゃんが好いてくれていることは、すごく嬉しい。けどもし亜樹ちゃんが俺に告ったりしたら、俺たち三人は誰も幸せにならない。それを避けたい。」

「だから亜樹の告白を阻止しろってことか……。」

 裕太は無言で頷く。確かに亜樹が告白しなければ、表面上は丸く収まるかもしれない。本当にそうか?それは亜樹が望むことか?亜樹なら玉砕覚悟でも、気持ちを伝えることを選ぶんじゃないか。その告白が失敗した後に、裕太が奈美に告白したらどうなる?亜樹は耐えられるだろうか。友だちに、自分の好きな人が告白するという現実に。

「けど裕太、お前の気持ちはどうなる。奈美は、多分まだ亜樹がお前のことを好きとは、直接は聞いていないはず。気づいてはいるかもしれないけどな。」

「亜樹ちゃんは優しい子だ。俺が奈美ちゃんに告白したからと言って、奈美ちゃんと距離を置くなんてことはしないだろう。」

 それは自分勝手すぎるだろう。亜樹の気持ちはどうなる。

「それはエゴだ。お前のエゴだよ……。」

 かろうじて言った。少し間をおいてが裕太が答える。

「確かにこれは俺のエゴだ。けどな健吾、亜樹ちゃんのために自分の思いを隠して、亜樹ちゃんともこれから変わらずに接するなんてことは、俺にはできない。それにそんなこと亜樹ちゃんに対して失礼過ぎないか?」

「それは……。」

「亜樹ちゃんがもし俺に告白してきたら、その時点で俺と健吾と亜樹ちゃんの三角関係が成り立っちまう。そうなったら俺は奈美ちゃんにアタックすることはできない。奈美ちゃんを苦しめちまうからな。時間をおいて、ほとぼりが冷めるのを待ってアタックすることになると思う。けど、俺は今伝えたいんだ。」

「……。」

「頼む健吾、これは三角関係じゃない。健吾は、亜樹ちゃんが好き。俺は、奈美ちゃんが好き。矢印が二本描かれるだけだ。これが一番丸く収まる。」

「俺は……。」

 もう戻れない。


 昼飯が終わって、遠回りして教室に戻るよと言って、裕太とは別れた。トイレの個室に入り、息を吐く。俺はどうするべきだろうか。亜樹のためと言いつつ、自分のことを考えていないだろうか。悩んで、悩んで、悩んだ末に、亜樹のスマホにメッセージを送る。

『裕太のことだけど、あいつ今気になってる人がいるらしい。詳しくは言えんが、亜樹じゃなさそうだ。』

 下手に隠すこともできない。しばらくすると返信があった。

『そっか』

 やはりショックだろう。

『ありがと』

 続けて送られてきた。


 一日を終えるチャイムが鳴り、裕太くんは部活へ行ってしまい、健吾は気まずかったのか、チャイムが鳴るとすぐに教室から出ていってしまった。自分も帰ろうと思い、教室を出る。隣のクラスを覗くと、奈美がまだ残っていた。

「奈美、一緒に帰ろ。」

「うん、帰ろー。」

 並んで階段を下りる。

「亜樹、なんか元気ないね。」

「やっぱり分かっちゃうか。」

「そんなにあからさまなら、誰でも分かると思うよ。」

「ちょっと奈美に相談があって……。」

「相談?」

 下駄箱に着く。下駄箱を開く音が辺りに響く。

「なんていうかな、恋愛相談ってやつ。」

 奈美が答えない。

「…奈美?」

「え、ああ、ごめんね。多分、裕太くんのこと?」

 小声でそう問い返す。

「やっぱりバレてたか。校門出てから話そ。」

「そうだね、ここだと誰に聞かれてるか分からないし。」

 亜樹は靴に履き替えようとしている。奈美は、亜樹に気付かれないように、キレイに二つ折りされた手紙をポケットへとしまった。

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これは三角関係 伊介弥太郎 @isukeyatarou

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