第79話 何やら事件に巻き込まれた

 衣子たちの買い物を終えた直後のことだった。


 女性の悲鳴が聞こえてきた。


 一瞬だったことから空耳を疑う田助だったが、衣子たちを見れば、緊張した様子でこちらを見てくる。


「田助様」


 田助は衣子に最後まで言わせなかった。


「いこう」


 そう告げた時には、すでに走り出していた。


 悲鳴が聞こえてきたのはこっちの方だったよなと、そう思いながら。


 そんな田助の後ろ姿を、衣子たちが頼もしそうに見つめながらついていく。




 そうして田助たちがたどり着いたのは、小さな通りだった。


 呆然と立ち尽くす男とアスファルトに倒れ伏す女性がいて、他に人気はなく、悲鳴は彼女のものに違いない。


 髪は短くベリーショート。


 太い眉とはっきりした目鼻立ち。


 気が強い、そんな印象を受ける。


 実際、倒れ伏してなお、立ち尽くす男を強く睨みつけるその姿は、田助が抱いた印象は、決して間違いではないと告げているようだった。


 それに対して男はどうか。


 第一印象は熊だった。


 大男ということもある。


 だが、それだけじゃない。


 伸び放題の髪や髭が、その印象をより強いものにしていた。


 着衣は汚れ、すり切れ、あちこちがボロボロになっている。


 おそらくホームレス。


 その顔には、やっちまったと書いてあった。もちろん、実際に文字として書かれていたわけじゃない。だが、はっきりとそうわかるほど、後悔を強く滲ませていたのだ。


 この男が何かをしでかして、女性が倒れ、悲鳴に繋がったのだろう。


 いったい何をしでかしたのか。


 その時、田助の視界に入ったのは、電柱に貼られたポスターだった。


『痴漢被害、多発中!』


 なるほど、これか。


「衣子、警察に通報してくれ」


 衣子がうなずき、バッグの中からスマホを取り出すのを見る。


「タスケは?」


 ウェネフの問いかけに、


「俺はあの男を捕まえる。ウェネフとシャルハラートは――」


 女性の身を守るように告げようとした時だった。


「逃げて……!」


 そう叫んで、田助の前に立ちはだかる人物がいた。


「何で……!?」


 倒れていた女性だ。


 立ち尽くしていた男は彼女の言葉で我に返り、自分が置かれている状況に気づいたのだろう。


 一歩、二歩と後じさった。


 そのまま田助たちに背中を向けて一目散に逃げ出すかと思いきや、なかなか立ち去ろうとしなかった。


 口を開いたり、閉じたりを繰り返して何かを言いかけるが、


「早く……!」


 彼女の言葉で覚悟を決めたように唇を噛みしめ、ようやくこの場から逃げ出した。


 田助が追いかけようとするが、彼女がそれをさせなかった。


 男の姿がようやく見えなくなると、女性はその場にうずくまってしまう。


 いったい何が起きたのか。田助たちは何も理解できなかった。


 襲われたはずの女性が、男に逃げるように促した。


 しかも、追いかけようとした田助の邪魔までした。


「私の悲鳴を聞いて、それで助けにきてくれたんですよね?」


 そのとおりだったので、田助はうなずく。


「ありがとうございます。でも、すみません。あの人は痴漢とか、そういうんじゃないんです」


 女性は苛立ちともに、憎しみともつかない、眉をしかめ、唇を歪めたそんな表情で告げた。


「あの人は私の兄なんです。10年前に失踪した――」


 どうやら田助たちは、とんでもない事態に自分たちから飛び込んでしまったようだった。




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【WEB版】異世界に召喚されなかったから、現実世界にダンジョンを作ってやりたい放題 日富美信吾 @hifumishingo

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