第58話 駄女神を餌にタコ釣りをしてみた


 いつもの田助ならば廃病院ダンジョンからスタートして、それぞれのダンジョンを堪能しながら進んでいた。


 だが、今回はしっかりとした目的がある。


 なので、ダンジョンコアであるアンファに頼み、海底ダンジョンからスタートすることにする。


「それに、海底ダンジョンは他のダンジョンと違うからな」


 海底ダンジョンという名前が示すとおり、海の中なのだ。


 最初はスキューバダイビングをするみたいな感じでタンクやら何やらを、こちらの世界で買うことを考えた。


 イルカやクジラ、あるいは魚の群れと一緒になって泳ぐのを楽しむのであれば、それでいいのだろうが……。


 田助が潜るのはダンジョンだ。


 当然、モンスターが出現する。


 命綱であるタンクを守りながら戦うなんてのは、きっと田助が考える以上に大変だろう。


 ただでさえ動きにくい水の中なのだから。


 では、どうすればいいか。答えは異世界ストアにあった。


 というか、何かないか検索してみたら、見つかったのだ。


 一見するとただのシュノーケル。


 装備することで水中での呼吸が可能になり、さらに動きにくさも緩和してくれるという優れもの。


 本当にただのシュノーケルにしか見えないのに、そんな便利な機能まであるとは……。


 さすが異世界だと田助が興奮したのは言うまでもない。


 ちなみにこのシュノーケルは魔導具と呼ばれるもので、そういった便利機能は魔石を使用することで可能になるらしい。


 さらに言えばこの魔導具も普通の冒険者が簡単に購入できるようなものではないようで、


「どこまで非常識を突き進めば気が済むのよ!?」


 ウェネフに呆れられた。


「おいおい、そんなに褒め――」


「てないからぁ!」


「照れ――」


「る要素はどこにもないからぁ!」


 相変わらず気持ちのいいツッコミである。


「……ねえ、ご主人様。もしかしてあたしにこんなツッコミをさせるために、わざとこんなことをしでかしてるとか、そんなことないわよね?」


「何を言ってるんだ。当たり前だろ?」


「笑顔がめちゃくちゃ胡散臭いんだけど……」


 ひどい言いぐさである。


 それはさておき、海底ダンジョンだ。


 海底神殿がスタート地点になっているのは趣があるというか、田助的にポイントが高い。


 雰囲気はドイツにあるヴァルハラ神殿みたいな感じだ。


 海底神殿の中には普通に空気があり、水が入ってくるようなこともない。


 そういうところもファンタジー要素満載で燃える。


 こんな素晴らしいダンジョンを作り出してくれたアンファには本当に感謝しかない。


 田助はアイテムボックスからシュノーケルに似た魔導具を取り出して、衣子とウェネフ、それにシャルハラートに配った。


「みんな、準備はいいか?」


 田助の言葉に三人がうなずく。


 アンファとポチは留守番だ。


「じゃあ、行くぞ!」


 シュノーケルに似た魔導具を装備して、田助たちは海底神殿の外、海底ダンジョンを泳ぎだした。




 海底ダンジョンも他のダンジョン同様、アンファのレベルアップによって新要素が追加され、バージョンアップしていた。


 以前は海底だけだったのが、海上が追加され、島に上陸することができるようになったのだ。


 白い砂浜。


 打ち寄せる波。


 夕日が海に沈んでいく。


 そんなロマンチックなシチュエーションで、モンスターを倒す。


 最高である。


 海底ダンジョンに出現するモンスターは魚類系モンスターが多いが、他にも海の中や海辺で見かける生物に似たモンスターもいる。


 たとえばアザラシだったり、クジラだったり、カメだったり、ペンギンだったりだ。


 海上に出て島に上陸すれば、そこでも独自の生態系(?)を築き上げたモンスターたちが生息している。


 田助はそこをガラゴパス・・・・・島と名付けた。


 本当に最高である。


 思わず海底ダンジョンをいつもどおり堪能したくなる田助だったが、ぐっと我慢する。


 今日の目的はたこ焼きパーティーのための食材を取り。


 タコに似たモンスター――深海大蛸ディープシー・オクトパスだ。


 普通のタコは岩礁と岩礁の隙間だったり、砂地に体を潜り込ませて隠れていることが多いが、深海大蛸も同じような生態をしている。


 なので、深海大蛸が好んで生息しているような場所に向かった。


「よし、ここだ」


 目的の場所に着いた。


 ちなみにシュノーケルに似た魔導具は、水中でも地上と同じように会話ができる機能も備わっているので、普通に話すことができる。


「おい、シャルハラート。ちょっとこっちに来てくれ」


「何よ。私、本当なら今頃、テレビを見て優雅にくつろいでいたはずなのに。あんたがどうしても来て欲しいって言うから、仕方なくこうして来てあげたんだから、最大限の感謝を示しなさいよね!」


「はいはい、ありがとうございます」


「ふふ、わかればいいのよ! わかれば!」


 最大限の感謝が今のでいいのか!? こいつ本当にチョロいな! と田助は衝撃を受けた。


「で、何よ?」


「俺に背中を向けてくれるか?」


「こう?」


 と言って背中を向けたシャルハラートに、田助はアイテムボックスから取り出したロープを巻き付ける。


「ちょっと、何してるのよ。私、こういう趣味はないんですけど?」


「安心しろ、俺にもそういう趣味はねえ」


「だったら」


「お前は餌だ」


「……………………はい?」


「以前、このダンジョンを堪能していた時、深海大蛸を見かけて鑑定した結果、深海大蛸の好物が判明した」


「あ、なるほど。わかったわ。絶世の美女が大好物なのね!」


 違う。


 無類の女好き、と出たのだ。


 衣子やウェネフ、アンファを餌にするわけにはいかない。


 なら、どうすればいい?


 答えは簡単だ。


 シャルハラートを餌にすればいい。


「ああ、そうだ。というわけで、囮になってくれ」


「ふふふ、仕方ないわね! そういうことならこの私、シャルハラート様が一肌脱いであげようじゃないの!」


「よっ、さすが駄女神!」


「今なんて? 駄女神って聞こえた気がするんだけど」


「気のせいだ」


「あら、そう」


 シャルハラート、本当にチョロい奴である。


 さて、シャルハラートを餌に深海大蛸を釣り上げることにしたわけだが……。


「ねえ、タスケ。ちっとも現れないんだけど?」


 ウェネフの言うとおり、30分近く待っても、深海大蛸は現れなかった。


 仕方ない。


 鑑定した時、肉食という表示もあったので、オーク肉を試してみることにする。


 アイテムボックスから取り出したオーク肉にロープをぐるぐる巻き付けて、適当に放り投げる。


 その瞬間、鞭のようにしなる触手が伸びてきて、オーク肉に絡みついた。


 深海大蛸である。


 25mプールを余裕で満たすほど大きい。


「ちょっと!? 美女が大好物じゃなかったの!?」


 駄女神が何か言っているが、深海大蛸を倒すのに忙しいためスルー。


 八本の腕というか、足というか、触手というかを器用に操り、田助たちを翻弄する深海大蛸。


「相手にとって不足なし!」


 むしろ強い相手であればあるほど、燃えるというものだ。


 斬りつけてもすぐに回復し、触手を落としてもすぐに新しい触手が生えてくる。


「どうしますか、田助様?」


 衣子が聞いてくる。


「決まってる。俺の気力が尽きるのが先か、それとも触手が生えなくなるのが先か、俺と深海大蛸の根比べだ!」


 真・断ち切り丸を構えて、田助は深海大蛸に斬りかかっていった。




 それから一時間後、勝利を収めたのは田助だった。


「私を選ばないでオーク肉を選ぶとか、あのタコ、見る目がなさ過ぎるんですけど!?」


 ぶちぶち文句を言うシャルハラートを筆頭に引き上げようとした田助たちの前に、リーゼント――いや、ポンパドールっぽいトサカを持つ、緑色のペンギンが現れた。


 ちなみにリーゼントではなくポンパドールと訂正したのは、俗にリーゼントだと思われている頭頂部の凸がポンパドールと呼ばれるからである。


「かわいい……!」


 とウェネフは言うが、鑑定すればワイルドペングルというモンスターだった。


 瞬時に臨戦態勢を取る田助たち。


 だが、ワイルドペングルは両手(?)をぱたぱたと上げ、その様子は敵意がないことを示すようで。


「ここにアンファがいたら、何を伝えたいかわかるのに……!」


「それなら私がわかるけど?」


「本当か?」


「当たり前よ! 私を誰だと思ってるの? 女神なのよ?」


 女神であるという一言で、一気に信じる気持ちがなくなった。


「ちょっと!? あからさまに信じてない顔しないでよ! 本当なんだから!」


 悔しいことに、シャルハラートの言葉は本当だった。


 ワイルドペングル曰く、田助たちの強さを見込んで助けて欲しいらしい。


 というのも、自分たちの巣を恐ろしく強いモンスターに襲われ、雛が連れ去れてしまったというのだ。


 モンスターは倒すべき存在ではあるが、ポチだったり、この前のスライムだったりみたいなこともある。


 ワイルドペングルも見た目こそワイルドだが、鑑定結果によれば見た目で相手を威嚇するだけの大人しいモンスターという。


 それに、雛はめちゃくちゃかわいいともある。


 正直、見てみたい。


「田助様?」


「どうするの?」


 衣子とウェネフに聞かれた。


「助けよう」


 そういうことになった。

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