第57話 嫁はたこ焼きを知らないらしい


 その日は珍しくダンジョン堪能を休みにした。


 特に深い意味はない。


 ないのだが――たまには、みんなでまったりと過ごすのも悪くないと田助は思ったのだ。


 いつも自分のことばかり優先していて、家族サービスとか、そういうのを後回しにしているから。


 衣子きぬこなんかは、


「田助様は田助様らしく過ごしていただければ、私はそれだけでうれしいですから」


 などとうれしいことを言ってくれるが。


 だが、それに甘えては駄目だと思うのだ。


「甘えてばかりだと、いつか衣子に愛想を尽かされるかもしれないだろ?」


「私が田助様に愛想を尽かすとか、そんなことは絶対にありません! 何があっても、どんなことがあっても、私は田助様を愛しています!」


 熱烈な衣子の告白に、照れくささのあまり全身が痒くなる。


 だが確かに、衣子の言葉は本当だろう。


 出会った時の田助は無職で住所不定。


 ……いや、今も無職のままだし、住所もダンジョンというのは、ある意味、不定みたいなものだ。


 …………そう思うと、何だか非常にマズい状況にあるような気がしてきたが、


「……うむ。まあ、気のせいだろう」


 田助の顔を冷たい汗が伝い落ちたのも、気のせいである。


 ともあれ、そんな状況にあっても、衣子は田助のことを見捨てるどころか、むしろ養いたいと言った。


 愛がなければ、そんなことを言い出せるわけがないだろう。


「だからいつでも言ってくださいね! 私に養って欲しい時が来たら! 遠慮なんて絶対にしないでください!」


 愛、なんだと思う。たぶん。


 というか、


「まだ諦めてなかったのか……!?」


「永遠に諦めません! なぜなら、それが私の夢ですから……!」


 そう宣言する衣子はなんかちょっとかっこよくて、思わず「くっ、養われたい! むしろ養ってくれ……!」とまで思ってしまい、慌てて我に返る田助だった。


 そんなわけでまったりしていたわけだが、


「あの、田助様?」


「養って欲しくなってないぞ?」


「くっ――というのは冗談で」


 冗談という割には、やけに真に迫っていたような……。


「これなのですが……何なのでしょう?」


 そう言って衣子が指さした先にあったのは、


「テレビだな」


 しかも地上デジタルだけでなく、BSもCSも見られるようになっている。


「てれび、くらいは知っています」


 微妙にあやしいと思ってしまうが、衣子の言葉を信じよう。


「私が聞きたいのは、放送の内容というか……この『たこ焼き』とかいうものです。タコとは、こんな形をしていましたか? 私の記憶の中にあるタコと全然違うのですが」


 どうやら衣子はたこ焼きを知らないらしい。


 まあ、生粋のお嬢様だし、そういうこともあるかもしれない。


「なら、今日はたこパでもするか」


「たこぱ?」


 きょとんと首を傾げる衣子がかわいい――ではない。いや、確かにかわいいのだが。


 それを真似するように、田助の膝の上で一緒にテレビを見ていたアンファも首を傾げているのが本当にかわいい。


 というのも違う。


「たこ焼きパーティー、略してたこパだ!」


「田助様、私のために……」


「当然だろ? 何せ俺は衣子、お前のことを、あ、愛しているんだからな!」


 普段、衣子に散々愛していることを見せつけられ、照れさせられているので、逆に照れさせようとかっこつけてみたのだが、吃ってしまって微妙に決まらなかった。


「田助様の愛、確かに受け止めました! 田助様、ありがとうございます! 私は田助様のことをこれからも愛し続けます! 永遠に――いえ、永久とわに……!」


 その上、むしろ逆に、衣子に返り討ちにあったみたいな感じで、照れまくる田助だった。


「……あの、私たちお腹いっぱいなんですけど。さっきから甘々ないちゃいちゃを見せつけられて、胸焼けしてきたんですけど……!?」


 駄女神が何か言っていたが、田助の耳は駄女神の言葉をスルーする仕様となっているので何も聞こえないのと同じだった。


「さて! それじゃあダンジョンに行くか!」


 田助の言葉に衣子とアンファ、それにポチが同意を示す中、一人、異を唱えるものがいた。


 ウェネフである。


「ちょ、ちょっと待って!? どうしてダンジョンに!? たこ焼きパーティーをするんじゃ……」


「そうだぞ? だから材料を取りに行くんだよ」


「なんで!? 作るのたこ焼きでしょ!? なら、スーパーとかに買いに行くのが普通だと思うんだけど……!」


 ウェネフは異世界からやってきたのに、衣子よりこの世界に精通しているようだった。


「いいか、ウェネフ。よく聞け」


 田助はウェネフの肩に手を置いた。


「ダンジョンには夢と希望が詰まっているんだ!」


「………………は?」


 おっと、間違ってはいないが、今、言うべきことはそれじゃなかった。


「モンスター食材はうまいんだ」


「まあ、それは否定しないけど」


「だろ!? だから食材を取りに行くんだよ!」


「そんなことしなくてもご主人様には異世界ストアっていう便利なスキルが――」


「さあ行くぞ! 今すぐ行くぞ! ダンジョンが俺を待っている!」


 駄女神の言葉をスルーする仕様になっているのと同様、都合の悪いことは聞こえなくなる仕様が田助の耳にはあるのだった。


「今日はまったり過ごすって言ってたのに、結局、ダンジョンに潜ることになってるとか……ねえ、キヌコはそれでいいの?」


「ええ、かまいません。田助様にとってダンジョンは空気みたいな存在ですから」


 衣子の田助に対する理解が深すぎて、田助は感激するしかない。


「というか、キヌコ、たこ焼きを知らないとか嘘よね?」


「さあ、どうでしょう? ふふふ」


「その笑い方、絶対に知ってた感じよね……」


 ウェネフと衣子が何か言っていたが、小さな声すぎて田助にはよく聞こえなかった。


 ――ということにしておいた。


 実はめちゃくちゃよく聞こえたし、理解だけでなく愛情も深すぎて照れまくることしかできなかったから。


「田助様、顔どころか耳まで真っ赤になっていますね。ふふふ、かわいいです! 最高にかわいいです! 萌え萌えきゅん、です!」


「喜んでもらえて何よりだよ」


 腕に抱きついてきた衣子の腰を抱き寄せる。


 というわけでダンジョンである。


 たこ焼きの食材を手に入れるためなので、目指すは海底ダンジョンだ。

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