第46話 強敵と戦う覚悟を決めてみた


 規模も様相もまるでコロッセオみたいな大広間の中。


 デーモンキング・ゴーレムのレベルに圧倒される田助。


 いや、レベルだけじゃない。


 レベルに相応しい能力値には絶望しか感じなかった。


 今の田助が真正面からやり合っても、決して勝てないのは厳然たる事実だろう。


「あまりにも差がありすぎて笑えてくるな」


 嘘だ。


 強がっているだけだ。


 ここまで絶望的な気持ちになったのは、メタルバジリスクに初めて遭遇した時以来だった。


 レベル100を越えて、自分も大分、いや、かなり強くなったと調子に乗っていたようだ。


 上には上がいる。


「これからは身の程をわきまえて冒険しようと思う! それに気づかせてくれたあんたには感謝しかない! ……んじゃ、そういうことで」


 スチャッ! と手を上げ、デーモンキング・ゴーレムの元から立ち去ろうとした田助だったが、デーモンキング・ゴーレムはそれを許さない。


 鈍重そうな見た目からは想像できない速さでその手を振るい、田助に攻撃してくる。


 魔法や特殊効果など何もない、単純な物理。


 それでも唸りながら迫り来るその豪腕は、一撃で田助を屠れるだけの威力がありそうだった。


 まともに受けたら死ぬ。間違いない。


「避けた……!」


 けど、かなりギリギリで。


 攻撃による衝撃の余波で壁際まで転がっていく田助。


 あと少しでも遅れていたら、


「……………………ミンチか」


 田助が受けるはずだった豪腕を受け止めた地面が粉々に砕け散って、粉塵が舞っているのが見える。


 ハンバーグとか、餃子とか、シュウマイとか。挽肉を使う料理は当分見たくないし、作りたくない。


 ――なんてことを思っている場合じゃない。


 こいつは思っていた以上にヤバい相手だった。


 倒すなんて本当に絶対に無理だ。


 逃げることだけに集中して何とかなるかもしれないレベル。


 攻撃の衝撃で壁際まで吹き飛ばされたせいで、デーモンキング・ゴーレムが田助の姿を見失っている。


 今がチャンスだ。


 見れば、すぐ隣にはシャルハラートがいた。


「おい、シャルハラート! いつまで座ってるんだ! 立て! 逃げるぞ!」


「こ」


「こ?」


「腰が抜けて立てないの!」


「この期に及んでそんなくだらない冗談」


「言うわけないでしょ! 本当に腰が抜けて立てないのよ!」


 マジか。


「最悪じゃねえか!?」


「お願い、助けて! 私、死にたくないの! だってまだ全然ちやほやされていないんだもの……!」


 田助の足にしがみついてくるシャルハラート。


 動機は最悪だが、死にたくないという意見には激しく同意する。


 田助一人でもギリギリなのに、動けないシャルハラートを背負って逃げ切れるかと言えば……。


「くっ」


 正直、無理だ。


「あ、謝るから! あんたにひどいことしたって本気で謝るから! だから置いてかないで……!」


 シャルハラートが田助の足をさらに強く掴んで、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして懇願してくる。


 女神が決してしてはいけない顔だし、見せてもいけない顔でもある。


 これまで本気で謝罪していなかったことに関して、正直、驚きはまったくない。


 こいつには呪われたし。


 ダンジョンに不法侵入した時の態度もそうだ。


 むしろ今回助けたところで、本当に謝罪するかといえばしない気がする。


「おい、シャルハラート。これを飲め」


 田助はアイテムボックスから取り出した小瓶をシャルハラートに渡す。


 何の疑いもなく、ぐいっと中身を呷るシャルハラート。


「今のはポイズンリザードからドロップした猛毒だ」


「ちょ!? あ、ああああんた!? 何を飲ませるのよ!?」


 地面にぺたんこ座りしたままの姿勢で、シャルハラートが田助の足をがくがく揺さぶる。


「立てるか?」


「立てるわけないでしょ!? 猛毒を飲まされたのよ!?」


「ちなみにポイズンリザードからドロップした猛毒はこっちの、いかにも毒々しい紫色をしたやつだ」


 田助がアイテムボックスから別の小瓶を取り出す。


「へ? ……じゃあ、何? 私はいったい何を飲まされたの? も、もしかして……惚れ薬!? 美人すぎる私に懸想して、でも、私が絶対にあんたなんか相手にするわけがないって知ってるから、だから薬の力を使って無理矢理……!」


「おい風評被害はやめろ! 薬を使ってお前をどうにかする!? 絶対にあり得ない! 俺には俺のことを心底思ってくれている嫁がいるんだ! お前なんかのことをどうこうするわけがないだろ!」


「あー、はいはい。そういう設定ね」


「設定じゃねえ! 事実だ!」


「モニターの向こうにしか存在しないお嫁さんは事実じゃないのよ?」


「だから違うって言ってるだろ!? ……あー、もういい! お前に飲ませたのはエリクサーだ! 最上位回復薬だ!」


「え、マジで!?」


「マジだ。で、腰が抜けたのは治ったか?」


 腰が抜けた程度でエリクサーを使うことになるとは思ってもいなかった。


 だが、背に腹は替えられない。


 今はとにかくここから逃げ出さないと――。


「む、無理みたい……」


「死ぬ気でがんばれよ!」


「やったわよ! それでも駄目なの!」


「エリクサー……なんて役に立たないんだ!」


 エリクサーに対するひどい風評被害である。


 エリクサーは使用上の注意をよく読み、用法・用量を守って正しく使えば、どんな病気や怪我もたちどころに治す、とても素晴らしい回復薬なのである。


「なら、仕方ねえ」


「ちょ、ちょっと待って。私を置いてくつもりでしょ!? そんなこと絶対にさせないんだから! 死なばもろともよ!」


 さっきまで以上に必死の形相でシャルハラートが田助の足にしがみついてくる。


 本当に女神とは思えない最低な言動だ。


「置いてかねえよ。見捨てるなら、そもそも最初から来てない。だからその手を離せ」


「……そ、そんなこと言って私が離した途端、逃げ出すんでしょ? 私、知ってるんだから!」


「置いてかねえって言ってるだろ」


「……え、本当に?」


「ああ」


「本当に本当?」


「本当だ」


「本当に本当に本当?」


「しつこい!」


 田助はシャルハラートの拘束を力任せに振り払った。


「えっ、あれっ、なんで!?」


 レベル差だ。


 やろうと思えば、最初か振り払うことはできたのだ。


 それでもしなかったのは、


「本当に置いてかねえって言っただろ。お前にしがみつかれたままだと、あいつと戦えないからだ」


「本気、なの……?」


「逃げられないなら、戦うしかないだろうが!」

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