第45話 駄女神を捜しに行ってみた


 ダンジョンに潜ったシャルハラートが戻ってこない。


 腹が減ったら戻ってくると思って唐揚げをかなり用意しておいたのに。


 洗脳されていても食欲旺盛なのだ、あの駄女神は。


 その唐揚げがすっかり冷めてしまった。


「まったく。何やってるんだよ、あいつは」


 そんな田助の呟きを聞きつけ、衣子きぬこが首を傾げる。


 どうしたのか尋ねれば、


「田助様は彼女のことを心配しているのですか?」


 と逆に聞き返された。


 その言葉に田助はハッとする。


 シャルハラートは美しい。


 たとえ残念な駄女神であっても、その事実は曲がらない。


 だが、だからといって、そんな外見目当てで田助がシャルハラートに惹かれるかといえば、答えは「NO」だ。


 シャルハラートは田助の人生をめちゃくちゃにした。


 救済措置としてスキルを与えてくれたことには感謝しているが、逆恨みして田助のことを呪っていたから、むしろマイナスかもしれない。


 だから衣子に洗脳されても、かわいそうとは思わなかった。


 まあ、ざまあとも思わなかったが。


 それなのに……これはどういうことだろう。


 衣子に指摘され、自覚した。


 確かに今、田助はシャルハラートのことを心配していた。


「お、おかしいだろ!? あり得ないだろ……!?」


 同意を求めて、衣子を見る。


 うなずいてくれるはずだ。


「そんなことないと思いますよ」


 うなずいてくれなかった。


 だが、まだ大丈夫だ。


 きっとやさしいからだとか、そんなことを言われるに違いない。


「ペットだって何日か一緒に過ごせば、愛着が沸くものですから」


 駄女神はペット枠だった。


 いや、まあ、ダンジョンに不法侵入しようとした時、ペット扱いしたけども。


 だが、衣子の指摘は当たらずといえども遠からずかもしれないと田助は思った。


 田助の作る料理をうまそうに頬張る姿はまったく女神らしくなかったが、うれしくはあった。


「一度拾ったなら、最後まで面倒みなくちゃいけないんだよな」


 仕方ない、と立ち上がる田助。


 シャルハラートを捜しに行くことにした。




 ダンジョンのことならダンジョンコアであるアンファに聞くのが一番である。


 というわけで聞いた。


「たー! たー、たー、たーう、たーぉ!」


 うむ。相変わらずさっぱりわからない。


 だが、そんなことはどうでもよかった。


 なぜなら伝わらなくても一生懸命伝えようとしてくれるアンファが、ぷにぷにでとても愛らしかったからだ。


「ありがとな、アンファ」


 それだけは伝えきれないと思い直して、抱きしめもした。


「た~っ」


 照れてぷにぷにの手で顔を隠すアンファが途轍もなくかわいすぎてさらに頬ずりまでしようとしたが、ウェネフが冷たい眼差しを向けてくるので死ぬ気で我慢した。


「……ふぅっ」


 我慢しきったら、


「さすが田助様ですね!」


 衣子に褒められた。照れる。


「いやいやいやいや!? 褒める要素はどこにもないから!?」


 ウェネフがわけのわからないことを言う。


 ともあれ、衣子にアンファの言葉を通訳してもらう。


 今、シャルハラートがどこにいるのかがわかった。


 何と驚くべきことに、本格的ダンジョンにいるらしい。


 石作りの、ダンジョンと聞いて真っ先に思い浮かべるあそこだ。


「けど、あそこって」


 たどり着くためには廃病院ダンジョンと草原ダンジョンを抜ける必要があるはずなのに。


 しかもふたつともそれぞれバージョンアップしたことで、攻略難易度も上がっている。


 現在、レベル1になっているシャルハラートがどうがんばっても普通なら無理なはずだ。


「なあ、アンファ。本当にそこにいるんだな?」


 アンファを疑ってはいけない。


 だが、にわかには信じられなくて、もう一度確認する。


「たー!」


 ポチの上に乗って、ぷにぷにの手を元気よく突き上げて肯定するアンファ。


 本当なのか。


「……たぶんだけど、何も考えないまま、とにかく突っ走ってたらたどり着いちゃったとか、そんな感じじゃないかしら」


 ウェネフの言葉が一番ありそうだった。


 しかし、それは本格的ダンジョンには通用しない。


 あそこもバージョンアップして、攻略難易度は相当高くなっているからだ。


 出現するモンスターは完全にランダムで、アンファも制御できない。


 レベル1のベビースライムが出てくる一方、レベル100以上のオーガロード、レベル200以上のエレメンタルドラゴン、他にもヤバいモンスターがうようよ出現する。


 さらに死ぬほどえげつない罠の数々。


 どんな光も完全に遮断する罠が発動した時は伸ばした手の先すら見えなくなって、しかもモンスターと遭遇までして、本気で死ぬかと思った。


 また、草原ダンジョンの迷路と同じで、入る度にマップ配置が完全に入れ替わる激ムズ仕様。


 正直、楽しみしか感じない!


 しかしそれは田助のレベルが100を越えて110になっているからだ。


 ちなみに今の田助を鑑定するとこんな感じだ。


――――――――――――

名前:山田田助

性別:男

年齢:30歳3ヶ月

職業:無職

レベル:110

HP 908

MP 485

力  597

体力 708

知力 719

俊敏 527

器用 701

運  1

スキル:異世界ストア++

    アイテムボックス

    鑑定+

    火属性魔法

    水属性魔法

    土属性魔法

    風属性魔法

    光属性魔法

    闇属性魔法

――――――――――――


 能力値は軒並み上がっているのがうれしい。


 相変わらず運は『1』のままだが、それは相棒断ち切り丸を装備している以上、割り切るしかないだろう。


 あと職業。


 いつまで無職なのだろうか。


 いや、まあ、今の田助は何の職にも就かず、日がな一日ダンジョンを堪能しているだけだから、当然といえば当然なのだろうが。


「冒険者とか、ダンジョン探索者とか、そういった感じの職業になってもいいと思うんだけどなぁ」


 ちなみに道本のおかげで食っていくことに困らないだけの金は持っているが、


「いざという時は私を頼ってくださいね?」


 衣子は田助を養うことを未だに諦めていない模様。


 それはさておき、シャルハラートだ。


 レベル1のシャルハラートにしてみれば、本格的ダンジョンは最悪以外の何ものでもないだろう。


「よし。それじゃあいくか」


 アイテムボックスから装備を取り出し、身につける。


 そのままダンジョンへ向かう――わけではなく。


「頼む、アンファ」


「た!」


 ダンジョンコアであるアンファは、ダンジョン内であれば自由に転移することが可能なのだ。


 これを利用すれば毎回、目的のダンジョンに赴くために他のダンジョンを通過する必要はなくなるのだが、そこはダンジョン堪能勢である田助。


 そんなの駄目だろうと、これまではアンファの提案を断腸の思いで断ってきた。


 だが今はそんなことを言っている場合ではない。


 どれだけ田助がレベルが上がっていても、ダンジョンを通過するのには時間がかかる。


 その間にシャルハラートが大変な目に遭ったら、


「まあ、別にそんなに気にはならないんだけど」


 それでもちょっとくらいは後悔する。


 だから今回だけ特別だ。


 転移するためにはアンファが触れている必要がある。


 ポチにまたがったアンファが田助に近づき、その足に触れる。


「たー!」


 アンファがそう言ったと思ったら、田助の視界がぐにゃりと歪み、


「お、おおっ」


 気がついたら本格的ダンジョンの中にいた。


 転移は成功したようだ。


 アンファは転移に失敗はないと言っていたが、


「それでももしかしたら『いしのなかにいる』みたいな状態になることも想像してたんだけど」


 そんなことはなかったようだ。


「ありがとな、アンファ」


 田助はアンファへの感謝を口にした。




「さて、シャルハラートはどこだ?」


 アイテムボックスから頭に装着できるタイプのLEDライトを取り出し、点灯する。


 近くにいるはずだと周囲を見回し、


「見つけた」


 行き止まりで、膝を抱えて座っていた。


 ボロボロの傷だらけ。


 ダンジョンに不法侵入した時よりもずっとひどい有様だ。


 おそらくここまで勢いのみでやってきたのはいいものの、モンスターにまったく太刀打ちできずに途方に暮れていたのだろう。


「おい、駄女神。帰るぞ」


 立ち上がるように手を差し出せば、シャルハラートはぷいっとそっぽを向いて言った。


「嫌」


「……今、何て言った?」


「嫌って言ったのよ! どうせ戻ったところで衣子様にまた洗脳されるんでしょ!?」


 シャルハラートは洗脳された時、よほど恐い思いをしたのか、衣子のことを様付けで呼ぶようになっていたのだ。


「あんな生活、もう嫌なの! 私はみんなにただひたすらちやほやされて生きていたいの!」


「お前は本当に駄女神だな!?」


「元はといえばあんたが紛らわしい名前をしてるのがいけないのよ!?」


「人のせいにするな。お前が間違わなければよかっただけだろ?」


 そんなふうに騒いでいたのがマズかったのだろう。


 ゴブリンの集団が現れた。


 素早く鑑定した結果、レベル30前後。


 そこそこ強いが、今の田助ならば苦戦はしない。


 だが、それはこいつらだけの場合だ。


 背後に控える奴がいて、そいつが厄介な奴なのだ。


 ゴブリンメイジ。


 魔法を使うゴブリンである。


 しかもレベル70越え。


 他のダンジョンだったならボスモンスター扱いされているだろう。


「くそっ」


 ここは行き止まり。


 こいつらをどうにかしないと、戻れない。


 しかも最悪なことに、今の田助はシャルハラートを護りながら戦わなくてはならないのだ。


 それは正直きつい。


 だが、やるしかない。


「おい、シャルハラート! 俺があいつらの相手をするから、お前はそこでできる限り息を殺しているんだぞ!?」


「た」


「た?」


「助けてえええええええええええええええええええええええええええええ!」


「ちょ、おまっ!? 言ってるそばからなんで大声出してるんだよ!?」


 ゴブリンたちにシャルハラートの存在が気づかれてしまった。


「もう嫌! 何で私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!? あああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 ぶわぁっ! と涙を流しながら、シャルハラートが壁を床を激しく叩く。


 ゴブリンたちが迫ってくる。


 ゴブリンメイジも杖を構え、魔法を放つつもりのようだ。


「ああ、くそっ! マジで最悪だ……!」


 だが、もっと最悪なことがこの直後に起こった。


 カチッ。


 シャルハラートが床を叩き続けていたら、そんな音が聞こえてきた。


「おい、シャルハラート、今の音はなんだ? 何だか罠が発動したっぽい音のように俺には聞こえたんだが」


「わ、私には全然ちっとも聞こえなかったわよ!? う、嘘じゃないからね!? 本当よ!?」


 汗をだらだら流しながら言っても、まったく説得力がない。


 そして田助が口にしたとおり、実際それは罠が発動した音だった。


 田助たちは別の場所へと強制的に転移させられてしまう。


「ここは……?」


 という田助の呟きに反応したのかどうかはわからない。


 だが、周囲に突然、人魂みたいな揺らめく光が出現し、それを浮かび上がらせる。


 ガーゴイル――見た目だけなら、おそらくそう呼ぶべきだろう。


 背中にコウモリのような翼を持った、悪魔の像。


 だが、大きさが普通じゃない。


 20メートル以上はある。


 ダンジョンを堪能する上で半ば癖になっていた鑑定を試みた田助は、示された結果に愕然とする。


「レベル……300!?」


 デーモンキング・ゴーレム。


 それがこのモンスターの名前だった。

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