第39話 駄女神の事情を聞かされた


 ポチの背中に乗ってアンファがふらりとどこかへ行ったと思ったら、駄女神シャルハラートを拾って戻ってきた。


 ふらりとどこかへ行ったのは、ダンジョンに侵入者が現れたのを感知したかららしい。


 で、様子を見に行ったら、シャルハラートがいたという。


「偉いぞ、アンファ。きちんとダンジョンの管理ができてるじゃないか」


「むふー」


 田助がアンファの頭を撫でて褒めれば、満足げに鼻息を漏らすアンファである。


「じゃあ、次にやることはわかっているな? そのばっちいのを外に捨ててくるんだ。うちには駄女神を飼う余裕はないからな」


「たーう!」


 ぷにぷにの手を上げてアンファが返事をする。


 そして来た時と同じようにポチがシャルハラートを咥えて出て行こうとすると、


「ちょっと待ちなさいよ!? 飼えないって何よ!?」


「うちのダンジョンはペット禁止なんだ。悪いな」


「ペット禁止って、犬は飼ってるじゃないのよ!」


「ポチはペットじゃなくて大事な家族だ。あと、スカーレットフェンリルだからな」


「え?」


「フェンリル。つまり、神殺しの獣だ」


 ポチに目配せすれば、


「わふぅっ!」


 と吠えた。


 するとシャルハラートがガクガク震え出す。


「わ、私は食べてもおいしくないから! だから食べないでぇ!」


 今のポチはちょっと大きな犬くらいの大きさなので、はっきりいって怯えすぎである。


 というか、絶対に食べさせたりしない。


 ポチにアホがうつる――じゃなくて、ポチが変な病気になったらどうするのか。


「ていうか、私、ペットじゃないんですけど! 女神なんですけどぉ!」


「は、何言ってるんだお前。駄女神の間違いだろ?」


 人の人生を狂わせておいて女神を名乗るとか、烏滸がましいにも程がある。


「というかお前はここで何やってるんだよ?」


「え、えっと……お散歩?」


「……よし、ポチ。捨ててこい」


「待って待って待って! 話すから! ちゃんと話すから!」


「いや、もう面倒だから聞きたくない」


「何でよ!? 聞いてよ! 私の話を聞いて同情してよ!」


 その場で大の字になって両手両足をバタバタさせて騒ぎ始めるシャルハラート。


 どこかで見たことがあると思ったら、オモチャ売り場で駄々をこねる子どもだった。


「……聞くから早く言え」


「どうしても聞きたいって言うなら、話してあげないこともないけど……」


「ポチ?」


「話します! 話させていただきますから食べないでぇ!」


 というわけで、シャルハラートが身の上話を語り始めた。




 駄女神が語った話を要約すると、こういうことだった。


 召喚されるはずじゃなかった人間――つまり田助の人生を狂わせておきながら、二階級降格させられたり、駄女神だという情報をネットに拡散させられたことを根に持って田助に呪いをかけたことが上司にバレた。


 で、神としてのレベルを最低の1に落とされ、神の世界から追放された。


 神の世界に戻るための方法は地道に善行を重ねることだが、他にも裏技的方法があって、


「それがモンスターを倒すことなのよ! で、モンスターの気配を感じてやってきたらダンジョンがあったというわけ!」


「へぇ、神にも上司がいるんだな」


「ええ、そうなのよ――って違うでしょ!? 私の話で大事なところはそこじゃないでしょ!?」


 それ以外、特に必要な情報はなかったと思うが。


「まあ、話はわかった」


「それじゃあ……!」


 シャルハラートの顔が希望で輝く。


「ここ以外でがんばってくれ。ここは俺たち専用ダンジョンなんだ」


「この世界に、他にダンジョンなんてあるわけないじゃない!」


「なら、地道に善行を重ねればいいだろ?」


「それが面倒――じゃなくて、大変だからダンジョンでモンスターを倒したいのよ!」


 面倒って。神様としてそれはどうなのか。


 シャルハラート、本当に駄女神すぎる……。


 さて、どうしたものかと考えていたら、ウェネフがぶつぶつ呟いているのが聞こえてきた。


「こ、これは夢……だって、神様がこんなのってあり得ない……」


 真実はいつだって残酷なものだ。


 ウェネフには強く生きて欲しい、なんてことを思っていたら、


「田助様」


 衣子に呼びかけられた。


「どうした?」


「ダンジョン、利用してもらえばいいのではないですか?」


 正直、その提案は予想していなかった。


「たーう!」


 しかもアンファまでだ。


「――――……」


 正直、シャルハラートにいい感情はない。


 救済措置として与えられたスキルには感謝している。


 そのおかげでこうしてダンジョンを堪能できているわけだし、衣子という嫁と出会うこともできた。


 だが、それとこれは話が別だ。


 田助はシャルハラートに人生をめちゃくちゃにされた。その事実は変わらない。


「田助様、誤解しないでください。別に彼女を救済しようとか、そういう意図ではないのです。彼女は田助様の人生をめちゃくちゃにしました。つまり、私にとっても不倶戴天の敵なのですから」


 衣子が田助の手を握る。


 そのぬくもりがささくれ立った田助の心を慰めた。


 救済ではないのだとしたら、どういう意図があるのだろう。


「彼女は自分がミスをしたのに田助様を逆恨みしました。なのでこのまま放置したら、またどんなことをしでかすかわかりません。だからこそ私たちの監視下において、徹底的に洗脳――いえ、教育し直すのです。田助様こそ最高の存在であると」


 途中までは「おお、なるほど。その発想はなかった。だが、悪くない。むしろいい!」とさえ思ったのだが、


「洗脳とか聞こえたんだけど。あと、最後がちょっとおかしくないか?」


「え? ああ、そうですね」


 よかった。気がついてくれたようだ。


「田助様は最高に留まらない、究極にして至高の存在でした。私としたことが。ふふっ」


 何ということでしょう。もっとあれになってしまいました。


「ちなみにアンファ様も私とまったく同じ意見です」


 衣子の言葉にアンファを見れば、


「たーぉ!」


 大きく頷いていた。


「……あー、うん。わかった。じゃあ、駄女神のことはふたりに任せるから」


 田助が言えば、


「え、何? 私、ダンジョンを利用してもいいの?」


 シャルハラートが暢気に聞いてくる。


 この後、洗脳――じゃなくて、教育し直されるというのに。


 何も知らないというのは、ある意味しあわせなものなんだなー、と遠くを見る眼差しをしながら田助は思った。

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