第40話 奴隷と一緒に買い物に行ってみた


 田助はウェネフとともに、近所のショッピングモールに買い物に来ていた。


 衣子きぬこやアンファも誘ったのだが……。




 廃病院ダンジョンの住居部分。


 これから出掛けるため、ダンジョン攻略用の装備ではなく普段着を着込んだ田助の声がけに、衣子が謝る。


「申し訳ありません、田助様。私にはやらなければいけないことがありますので」


「たーぅ」


「それってあれだよな?」


「ええ。洗脳――ではなく、調教です」


 そう言って衣子が見つける先にいるのは、言うまでもなく駄女神シャルハラートである。


「ねえ、まだ行かないの? 私、準備できてるんですけどー?」


 これから洗脳――ではなく、調教されるとも知らずに。


 ……いや、待て。


 教育し直すという話が調教になってしまっているのだが。


「どうかしましたか、田助様?」


 衣子が穏やかに微笑んでいる。


「何でもない」


 田助は答えて、シャルハラートに向かって言った。


「強く生きろよ……!」


「当たり前でしょ! ていうか、さっさとレベルアップを果たして神の世界に戻ってやるんだから!」


 衣子とアンファに連れられ、ダンジョンに向かうシャルハラート。




 その時のことを思い出した田助は、


「あれが俺が最後に見たあいつの無邪気な姿だった、なんてことにならなければいいんだけど」


 ぶるりと身震いした。


「どうかしたの、タスケ?」


「いや、何でもない」


 そう? と首を傾げるウェネフは、衣子に借りた普段着を身につけていた。


 ダンジョン攻略用の装備で外出させるわけにはいかなかったからだ。


 緑色の髪を目深にかぶった帽子で隠しているため、傍目には普通にかわいい美少女にしか見えない。


 そのウェネフは見るものすべてが珍しいようだ。


 初めて外に出た時のアンファと同じように、あれこれ田助を質問攻めにした。


「ま、待った待った、落ち着けウェネフ。お前の質問すべてに答えてたら日が暮れても追いつかない。今日は買い物に来たんだ。先にそっちを片付けさせてくれ」


「あ、ごめんなさい」


「また今度、ちゃんと時間を作るから。な?」


「うん」


 何てことをやっていたら、声をかけてくる者たちがいた。


「俺たちなら、そこのおっさんと違ってまた今度なんて言わず今すぐ時間を作るけど? 君みたいなかわいい子のためならね」


 ナンパである。


 ウェネフがどんな反応をするのかと思って見てみれば、


「タスケ、早く買い物にいかないと」


「まさかのスルー!? もしかしてナンパされるのに慣れてるとか?」


「何言ってるの? あたし、人間とオークのハーフなのよ? ナンパなんてされるわけがないじゃない」


「あー、そうか。まあ、異世界でならそうかもしれないけど……」


「けど?」


「この世界だと、ウェネフは普通にかわいい美少女だから」


「タスケ……」


「ん? どうした?」


「大丈夫? 早くポーションを飲んだ方がいいわよ。あ、でも、頭の病気にポーションって効くのかしら……?」


 変な心配をされてしまった。


「いやいやいや、俺は正常だから! ウェネフはマジで普通にかわいいんだって!」


 だからこそ、ナンパ野郎どももウェネフに声をかけてきたのである。


「…………本当に?」


「誓って本当だ」


「……………………そっか。そうなんだ。ふーん」


 何だか意味深な表情で田助を見つめるウェネフ。


「なんだよ?」


「……別に。何でもないわ」


「何でもない顔してないだろ。言えよ」


「ご主人様としての命令? それなら言いますけど」


 つんと澄ました言い方が憎たらしいが、そういう感じも様になっているからたちが悪い。


「命令じゃない」


「なら、秘密。それよりほら、早く行きましょ。買い物するんでしょ?」


「だな」


 と歩き出そうとしたところで、


「無視するなよ……!?」


 ナンパ野郎どもが切れて、掴みかかってきた。


 彼らにしてみれば完全にコケにされたようで怒りたくなる気持ちも理解できる。


 だが、ちょっと沸点が低すぎないだろうか。


 スケルトンと同じか、ちょっと弱いくらいだろうか。


 騒ぎにならないように収めるには、どう動くのがいいかと考えていたら、


「うるさい。失せなさい」


 ウェネフがそう言った途端、ナンパ野郎たちは白目を剥いて失神した。


 なんだこれ。


 何をしたのかウェネフに聞けば、声に魔力を乗せてぶつけたらしい。


 格下のモンスター程度なら、これで追い払うことができるんだとか。


「何それ、詳しく!」


 威圧だけで敵を圧倒するみたいな感じで格好良すぎる。


 ぜひやってみたい。


「今は買い物が先でしょ」


 ウェネフが田助を質問攻めにしていた時と立場が逆になっていた。


 そのことに気づいて苦笑する。


 だが、逆転したのはそれだけではなかった。


「そういやここは俺がウェネフを助けて、さすがって言われる流れだったんじゃ……?」


 WEB小説のお約束では間違いなくそうだ。


「わけのわからないことを言ってないで。ほら、行くわよ」


 田助の腕を取って、ウェネフが歩き出す。


「おい、腕を取る必要はないと思うんだが……!?」


 嫁はできたが、元々女性に免疫のない田助である。


 動揺が顔に表れる。


「あたしはこの世界のことをよく知らないのよ? はぐれたら大変でしょ?」


「な、なるほど……?」


 そう言われればそうなのかもしれないが。


 何だろう。ウェネフの顔を見る限り、それだけじゃない気がするのだ。


「何?」


「……いや、何でもない」


 やぶ蛇になってもあれなので、そういうことにしておいた。




 ちなみに今日の買い物はトイレットペーパーなどの消耗品に加え、アンファのためのタブレット端末である。


 アンファは以前から田助がスマホを弄っていると、近寄ってきて一緒に画面を覗き込み、


「たー! たーぅ! たーぃ!」


 と楽しそうにしていたのだ。


 そんなに興味があるなら弄ってもいいと言ったのだが、アンファは絶対に触ろうとしなかった。


 田助のものを、万が一にでも自分が壊したらいけないと思っているらしい。


 何とも健気な幼児である。


 なので今回、思い切ってアンファ専用の端末を購入することに決めたのだ。


 アンファが弄ることを考え、スマホではなく大きめのタブレット端末にした。


 アンファは喜んでくれるだろうか?


「たー!!!!」


 めっちゃ喜んでくれた。


 アンファにタブレット端末をプレゼントしたことで、アンファがダンジョンにいろいろなあれこれを引き起こして事件に発展するのだが、それはまた後日。


 今はこちら。


「タスケサマ、オカエリナサイマセ」


 まったく感情のこもっていない感じで告げたのはシャルハラートだ。


 どうやら無事に洗脳――いや、調教が終わったみたいである。


「田助様、私、がんばりました」


 衣子、がんばりすぎである。


 とはいえ、衣子は褒めて欲しそうだったので、頭を撫でておく。


 嫁を労うのは夫の大事な仕事だからだ。


 決して変わり果てたシャルハラートから目をそらしているわけではない。

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