第38話 ダンジョンを堪能しすぎていたみたいだった
田助は
道本にモンスターからドロップしたアイテムを引き渡すためだ。
ただ生きていくだけならば、今、手元にある金で充分である。
というか、ぶっちゃけサラリーマン時代より、ずっといい生活を死ぬまで維持することができる。
無職なのに。
だが、それでは駄目だ。
田助の目的は、ただ生きていくだけではない。
ダンジョンを堪能すること。
アンファがレベルアップすることで作り出すことができる新しいダンジョンを、これからも思う存分、楽しみたい。
そのためには、今ある金ではまったく足りない。
ダンジョンは楽しいが、命の危険もある。
実際、初めてのダンジョン探訪はギリギリだった。
あの時、死んでいてもおかしくなかった。
なんて幸運。
運の数値はゼロだったのに。
というか、レベル100になった今も、運の数値は1のままだったりするのだが。
断ち切り丸を装備しているからだというのはわかっている。
異世界ストアで呪いを解くアイテムを購入すれば、それで終わることも理解している。
だが、田助にそのつもりはなかった。
断ち切り丸は、すでに田助にとってダンジョンを堪能するのに欠かせない相棒なのだ。
どれだけたくさんのモンスターを倒しても刃こぼれ一つせず、切れ味もまったく衰えない。
メンテナンスも一切必要ない。
……まあ、刃物を研ぐのは一度やってみたかったりしたのだが。
刃物を研いだり、そういう系の動画って、見始めると止まらなくなるんだよなぁ……と思考がズレた。
とにかく、ダンジョンの堪能は危険と隣り合わせなのである。
自分一人なら気にせず、今後もテンションが高いことをいいことに無茶も無理も押し通しただろうが、今の田助は一人ではない。
衣子、アンファ、ポチ、それにウェネフ。
大事な人ができた。
その人たちとの健やかな生活も守りたい。
そのためには自らの安全を確保するのはとても重要なことだった。
ダンジョンをより安全安心に、かつ快適に堪能するために必要なものを異世界ストアで購入する。
ポーションやエリクサーといった回復薬。
防具や護符といった装備品。
他にもスキルオーブ、それ以外でも面白そうなものがあれば、是が非でも積極的に購入していきたい所存である。
……最後、思わぬ邪念がポロリしてしまったが、大事な人たちのために安心安全を確保したいという田助の想いは本物だ。間違っても疑ってはいけない。
そのために自分自身もそうだし、衣子にもレベルアップしてもらっている。
とにもかくにも、諸々そういったわけで、金はいくらあっても困らないのだった。
「これはこれは山田様、お待たせしてしまいましたか」
約束した時間ぴったりに道本が姿を現した。
本来ならここで田助は正和が用意してくれた別の部屋に向かう予定だった。
アイテムボックスから品物を取り出し、道本に引き渡すためだ。
だが、田助はそうしなかった。
横に置いておいたちょっとくたびれた感じの鞄を、そのまま道本に差し出した。
「山田様、これは……?」
「マジックバッグです」
WEB小説ではお馴染みのあれだ。
田助が所有するスキルのアイテムボックスには遠く及ばないが、コンテナ3個分くらいは余裕で収納することができる。
当然、入れたものの状態や品質を保ち、重さは普通のバッグと変わらない。
道本との取引がこれからも続くことを考えれば、毎度、部屋を用意してもらって、アイテムボックスからいちいち取り出すというのは実に面倒だ。
なので、異世界ストアを検索して、その中でも性能のいいものを購入したのである。
だが、道本にはお馴染みではなかったようで、
「はぁ……?」
と首を傾げている。
なので、田助はマジックバッグについて説明した。
すると、道本の顔色が変わった。
「ちょ、ちょっと待ってください! 山田様の言葉が本当なら、この中には山のように品物が詰まっているというのでございますか!?」
「ですね」
「確認しても?」
「もちろん」
というわけで、確認してもらった。
結果、道本が固まった。
「ど、道本、儂にも見せてくれ」
正和も気になったようで、道本からマジックバッグを受け取って確認した。
そして同じように固まった。
田助は二人が落ち着くのを、出されたお茶でものんびり飲みながら待った。
10分くらいで、二人は再び動き出した。
「こ、これはとんでもない代物でございますよ、山田様……!」
道本が興奮した様子で詰め寄ってくる。
美女や美少女ならまだしも、糸目でオールバックのおっさんにそんなことをされても恐いだけだ。
「山田様、自分は感動いたしました!」
「え、感動?」
どこにそんな要素が?
「このような素晴らしくもとんでもない代物が存在していることを、自分のようなものに打ち明けていただけたのは、それだけ自分を信頼していただけているという証でございますよね……!?」
違います。
取引の際、いちいち、アイテムボックスから品物を取り出すのが面倒くさかっただけです。
「この道本、山田様のため、身を粉にして、今まで以上に尽くす所存でございます! つきましては預かった御品物、これまで以上の高値で売り捌いてみせましょう……!」
「え、あの、道本さん!?」
「山田様……自分のことは呼び捨てで。いえ、むしろ下僕と」
「断る……!」
「なら、犬ではいかがでしょう……!?」
「さらに悪くなってる……!」
結局、普通に呼び捨てで落ち着いた。
「それでは山田様、成果を期待していてくださいますれば……!」
道本が去って行った。
田助はそれを呆然と見送ることしかできなかった。
今日は道本に、金貨やアクセサリーだけでなく、異世界ストアで購入した加護が付与されたものも預けてみようと考えていたのだが。
たとえばそれは幸運値が上がる指輪。
体力値が上がるブレスレット。
魅力度が上がるネックレス。
だが、マジックバッグだけでこれだけの反応になると、そんなものを見せていたら、さらにとんでもないことになっていただろう。
なので、道本に預けるなら、あまり効果のない、むしろ微妙なものばかりの方がいいだろう。
ということで後日、それらを道本に見せたところ、
「こ、こんな素晴らしいものを自分に預けていただけるとは……! まさに恐悦至極でございます……!!」
めちゃくちゃ感動されてしまった。
なぜ!? と思って廃病院ダンジョンの奥、住居部分に戻って衣子に話したら、
「田助様、普通のアクセサリーにはそういった効果がないのが普通なのですから、道本さんの反応は当然だと思いますよ?」
「そ、そうだったぁ……!」
どうやらダンジョンを堪能しすぎて、根本的な部分がすっかり抜け落ちていることに気づかなかった模様である。
「田助様、うっかりさんですね。そんな田助様もかわいらしくていいと思います」
そして衣子の田助への愛が留まるところを知らない。
「そ、そう言われると照れるな」
まんざらでもない田助である。
「……もう好きにして」
とは、そんなふたりを見ていたウェネフの反応だ。
さて、そんなことをやっていたら、ポチの背中に乗ってどこかへふらりと出掛けていたアンファが戻ってきた。
で、ポチが薄汚れた何かを咥えている。
「おい、ポチ。そんなばっちいものを咥えるのはやめなさい」
田助が言えば、ばっちいものがうめき声を上げた。
「ちょっと! 私はばっちくなんてないわよ! 何せ女神なんですからね……!」
「お、お前は……!? ……誰だっけ?」
「なんで忘れてるのよ!? 私よ! 女神シャルハラートよ!」
薄汚れたばっちい姿だが、確かにシャルハラートだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます