第37話 フロアボスと戦ってみた


 田助の誘いに乗って一緒にダンジョンに同行していたウェネフが、田助がモンスターを倒す度に驚きの声を上げた。


「ねえ、今のゴブリンキングよね!?」


「まさかドラゴンを……劣等種とはいえ一刀両断って……!!」


「メタルバジリスクを無傷で瞬殺とか聞いたことないんだけど……!?」


 どうやらダンジョンでも田助はいろいろとしでかしてしまっているらしい。


「いやあ、照れ――」


「る要素はこれっぽっちもないから!」


 やはり最後まで言わせてはくれないようだ。


 それでもウェネフとダンジョンを堪能するのは楽しかった。


「これからもいいリアクションを期待しているからな!」


「……つまり、これからも自重するつもりはないと?」


「当然!」


「……とんでもない人の奴隷になっちゃったわね、あたし」


「最高だろ?」


「ええ、そうね」


 まさか肯定されるとは思ってもいなかったので驚く。


「最高に最低だわ」


「何だよそれ」


 だが、そんなことを言いながらもウェネフは楽しそうに笑っていた。


 だから田助も同じように笑った。




 そんな感じで、ダンジョン探索に新しいメンバーが加わった。


 田助が期待したとおり、その後もウェネフは田助が何かする都度、驚き、衝撃を受け、時に白目になって気絶したりしながらも、


「もうっ、本当に非常識っ!」


 飽きることなく、ツッコミを入れまくっていた。


 そうやってダンジョンを堪能しながらも、順調にレベルアップし続け、


「よっし! ようやくレベル100になった!」


 田助の言葉に、


「何も言わない! 何も言わないんだから! 何なのよレベル100って!? 意味がわからない……!」


 ウェネフが頭を抱えていた。


「何も言わないんじゃなかったのか?」


 田助がツッコミを入れれば、


「がるるぅ!」


 吠えられた。


 ちょっと恐い。


 その後、ぶつぶつと「これは現実じゃないわ、夢よ、夢なのよ!」と呟き始めたので、そっとしておくことにした。


「放置ぷれいですね? 奴隷に対する、適切な処置だと思います」


 衣子きぬこの変な勘違いもスルーする方向で。


 実は挑戦してみたいことが田助にはあったのだ。


 というか、本当はもっとずっと前から思っていたことで。


 それが何かと言えば、


「フロアボスに挑戦してみたいんだよ!」


 田助の言葉に、


「ふろあぼす、ですか?」


 かわいらしく、はてなと首を傾げる衣子に、田助はフロアボスが何なのかを説明した。


「簡単に言えば、ダンジョンの階層ごとに存在する一番強いモンスターだ」


 WEB小説では、次の階層に進む前に立ちはだかる存在として描かれていることが多い気がする。


「なるほど」


 ダンジョンを堪能する上で、これまでも充分すぎるほど、田助はダンジョンを楽しんできた。


 モンスターを倒すこと。


 ポーションの材料になる薬草の収集――は、ポーションを作成するスキルを持つ者がいないので、その雰囲気を味わうだけだが。


 新しい宝箱を発見して、開ける時はドキドキするし。


 アンファがレベルアップしたことで作り出される新しい階層は、未知なるものとの遭遇が期待され、いやがうえにも期待が高まる。


 そしてレベル100に到達した今ならば、いよいよフロアボスに挑戦してもいいのではないかと思うのだ。


「普通に出現するモンスターはだいたい苦戦しないで倒せるようになったしな」


「……ねえ、苦戦っていう単語の意味、ご主人様はご存じですか?」


「え、えっと、ウェネフ? ちょっと落ち着こうか?」


「落ち着いているわよ? ただ、あたしの知っている苦戦という単語の意味と、ご主人様の言っている苦戦という単語の意味があまりにも違いすぎるものだから、そこのところを激しく追求しないと気が済まなくなってしまっただけ。普通、パーティーを組まないと攻略できないモンスターをことごとく簡単に倒してしまうご主人様の苦戦って、どういうことを言うの? ねえ、さっさと白状してよ、ご主人様?」


 ずんずん迫ってくるウェネフが恐い。


「も、申し訳ございませんでしたぁ……!」


 頭を上げると、「……別に謝って欲しいわけじゃないんだけど」と言いながらも許してくれた。


「ま、まあ、なんだ。そういうわけだから、アンファ、頼むよ」


 ダンジョンのことなら、ダンジョンコアであるアンファに任せれば大丈夫。


 ――と思っていたのだが。


「アンファ?」


「……たー?」


 返事はするものの、アンファは微妙に田助と目を合わせようとしなかった。


 それどころか、目を合わせようとすれば、あっちを向いたり、こっちを向いたりと、あからさまに視線を逸らすではないか。


「あやしい」


「たー?」


 田助が腕を組んで呟けば、アンファが「そんなことないよ?」と言わんばかりに天使の笑みを浮かべる。


 そのあまりのかわいらしさに、


「あともう少しで骨抜きになりそうだったぜ。危ない、危ない」


 流れてもいない汗を拭う仕草をしていると、


「……ダンジョンコアを思いきり抱きしめてニヤニヤしている時点で、その言葉には何の説得力もないと思うんだけど」


 ウェネフに突っ込まれてしまった。


「こ、これは違うから! そう言うんじゃないから!」


 ウェネフだけでなく、衣子にも、ポチにも、生温かい眼差しで見つめられる。


「そんな目で見ないでくれぇ!」


 ごほんげほんと咳払いをして誤魔化す。


「なあ、アンファ。俺とお前の仲だろ。だから隠さないで教えてくれ」


「……たぁぅ」


 しょんぼりと落ち込むアンファの言葉を、衣子が通訳してくれたところに寄れば。


「実はもう、田助様はふろあぼすを倒しているそうです」


「は? マジで?」


「たーぅ」


 アンファがうなずく。


 聞けば、廃病院ダンジョンに最近新しく登場した、ちょっとだけ強い吸血鬼。


 草原ダンジョンは体長10m近くの漆黒の巨大熊。


 本格的ダンジョンのフロアボスは紫色した蜘蛛の下半身を持った牛頭のキメラ。


「おおう、マジか……。本当に倒してたよ、俺……」


 しかもポチの助けを借りずに一人で。


「よかったですね、田助様」


 衣子は本当によかったと思っている表情で、


「おめでとうございます、ご主人様」


 ウェネフは呆れたような表情で、それぞれ祝福してくれた。


「ありがとう、ふたりとも……!」


 お礼を言いつつも、微妙に悔しくもあって、何とも複雑な気持ちになる田助だった。

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