第36話 魔法の真なる力を解き放ってみた


 自分の装備を取り戻したウェネフは今にも泣き出しそうな顔で笑った。


 ――いや、実際に泣いていた。


 だが、田助はそれを指摘するようなことはしなかった。


 ウェネフがこっそりと目尻を拭う仕草も、見て見ぬふりをした。


「それで。あたしはあなたに魔法の使い方を教えればいいのよね?」


「ああ、そうだ……けど」


「けど?」


「いや、何でもない」


「何よ。言いかけてやめるなんて気になるじゃない。最後まで言いなさいよ」


 ウェネフの指摘ももっともだったので、田助は言うことにした。


「最初は割と丁寧な話し方だったのに、なんか砕けた感じになったなと思ってな」


「それは……あたしが奴隷で。あなたが主だから」


「その割には俺の襟首を掴んで激しく揺さぶってくれたじゃないか」


「あなたが非常識なのが悪い!」


「国宝だなんて知らなかったんだから、仕方がないだろ」


「じゃあ、知ってたら買わなかったとでも?」


「もちろん、買ってたさ!」


「最悪だぁ!」


「そんなに褒めるなよ。照れるだろ」


「褒めてないし……!」


 うがぁ! と吠えるウェネフに、笑う田助。


「とにかく、あたしが砕けた話し方になったのはそのせいよ。……まあ、元々、こっちの方があたしの素なんだけど。前の方がいいなら、そうするけど。いかがなさいますか、ご主人様?」


 イタズラっぽくウェネフが笑う。


 異世界出身の奴隷にご主人様と呼ばれるのは、ある意味、夢のシチュエーションではある。


「素の方でいいよ。ウェネフを買ったのはさっきも言ったとおり、魔法の使い方を教えてもらうためだからな」


「わかったわ。じゃあ、これからあたしはあなたのことを何て呼べば?」


「田助でいい」


「タスケ様?」


「呼び捨てでいい」


「そう。よろしくね、タスケ」


「こちらこそ、よろしくだ。ウェネフ」


 田助が差し出した手を、ウェネフが握った。


 その後、衣子、アンファ、ポチとそれぞれを紹介したら、


「……ダンジョンコアに、スカーレットフェンリルとか。あなたはどこまでも非常識街道を突っ走ればいいと思う」


 ウェネフに白い目で見られてしまった。


 やめて欲しい。


 癖になったらどうしてくれるのだ。




 さて、魔法だ。


 どの程度使えるのか見せて欲しいと言われたので、田助はさくっと使ってみせた。


 どの属性魔法も相変わらずしょぼい。


「まあ、ざっとこんなもんなんだけど……って、どうした?」


 なぜかウェネフが頭を抱えていた。


 もしかしてまた何かしでかしてしまったのだろうか。


「あの、ウェネフさん……?」


「本気で非常識街道を突っ走るつもりなのね、タスケは」


 やはり何かしでかしてしまったらしい。


 だが、何を?


「よく聞きなさい!」


 ウェネフの魔法講座が始まった。


 まず魔法を使うには専用の触媒が必要になる。


 わかりやすい例で言えば、魔法使いが持っている、あの杖だ。


 さらには呪文。


 それによってこれから自分が使う魔法を定義し、構成していくのだという。


 つまり、詠唱破棄というのはとても高度な技術なんだとか。


「触媒もない、呪文も使わない。普通なら魔法が発動するわけがないのに」


「スキルオーブを使っても?」


「当然じゃない!」


 それなのに魔法が使えるとは。


「確かに見た目はしょぼいけど、あなたはとんでもないことをしでかしてるの」


 しでかしてる言うな。


「しかも全属性の魔法が使えるなんて……本当ならあり得ないから」


 まさにチートだ。


 田助の胸が熱くなる。


「魔法には初級、中級、上級、特級、神級とあるの」


「じゃあ、まずは初級からだな」


「そうね」


 というわけで、初級魔法の中でも覚えるのも簡単で、扱いやすいものを習う。


「あとは魔法を発動するための触媒だったな」


 というわけで、異世界ストアの出番である。


 魔法の触媒で検索してみれば、いろいろなものが出てきた。


 やはり一番多いのは杖。


 その次に指輪、ネックレス、ブレスレットという装飾品。


 変わり種としては短剣なんてものもあった。


「触媒は何でもいいのか?」


「問題ないわ」


 普段は断ち切り丸を武器に使っているので、杖だと邪魔になる。


 だから指輪にした。


 かなりの数の中からかっこいいものを選んで購入する。


「よし!」


 武骨な感じの指輪を親指に付ける。


 衣子に見せれば、似合っていると言われた。


 照れる。


「それじゃあ、さっそくダンジョンで使ってみるか」




 田助たちは草原ダンジョンにやってきた。


 ここなら思いきり魔法を使えるという判断からだ。


 触媒、OK。


 呪文も習った。


 改めて詠唱しろと言われるとこっ恥ずかしいものがあるが、これはこれで悪くない感覚だった。


「灼熱の吐息――火炎球ファイヤーボール!」


 しょぼい魔法を使った時とは違い、自分の中から何かが抜けていく感覚がした。


 それとともに、巨大な炎の塊が出現し、勢いよく飛んでいく。


 遠くに見えていた木々にぶつかって、爆発。


 一面を焼け野原にした。


「これで初級とか、魔法すごすぎだろ!?」


 振り返ってウェネフを見れば、白目を剥いて気絶していた。


 美少女がしてはいけない顔である。


「お、おい、ウェネフ! 傷は深いぞしっかりしろ!」


 田助がウェネフを揺すると、ハッと正気を取り戻し、


「なんだ、夢か」


「いや、夢じゃないぞ? 現実だぞ?」


「何でよ!? 夢にさせてよ! 初級魔法であの威力とかあり得ないから……!」


「え、マジで……!?」


「もう本当に信じられない! 何なのこの非常識の塊は!?」


「照れ――」


「る要素なんてどこにもないからぁ!」


 せめて最後まで言わせて欲しかった。


 とにもかくにも、初級魔法を初級魔法らしく使えるようになるまで、魔法を使うことをウェネフに禁じられてしまう田助だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る