第30話 ゴミに話しかけられた


 ポチのおかげでレベリングが捗った。


 巨大化してモンスターを威嚇してくれることもそうだが、モンスターがどこにいるか、その嗅覚はなで探し出して教えてくれるのだ。


 そのため必要最低限のダンジョン探索でモンスターを倒すことができるのである。


 ダンジョンの隅から隅までもれなく探索するのも好きだったりする田助にしてみれば、ちょっと効率に偏りすぎている気がしないでもない。


 だが、レベリングのためということを考えれば、これほど助かることはなかった。


 そのおかげもあって田助たちのレベルは順調に上がった。


 そして同時にアンファのレベルも上がった。


 10になったのだ。


 なので、アンファといろいろ相談して、新しいダンジョンを作り出してもらった。


 ざっとこんな感じである。


 密林ダンジョン。


 海底ダンジョン。


 天空ダンジョン。


 氷雪ダンジョン。


 砂漠ダンジョン。


 火山ダンジョン。


 以上、6つ。


 レベルが上がっていることもあって、田助たちはそれらのダンジョンを素直に楽しめるだけの余裕があった。


「まるで遊園地みたいですね」


 とは、各ダンジョンを田助とともに堪能した衣子きぬこの言葉だ。


 あながち間違ってはいないと衣子の言葉に田助も同意する。


 そして今、田助は新たな問題に直面していた。


 いや、問題というと語弊がある。


 レベル10になったアンファに新しいスキルが発生したのだ。


 そのスキルというのは――。




 田助の腕の中で、アンファが興奮していた。


「たー! たー! たーぅ! たー!」


 無理もない、と田助は思った。


 何せ、アンファの願いがようやく叶ったのだ。


 田助にアンファ、それに衣子がいるここは、ダンジョンの中ではなく外だった。


 そうなのだ。ずっと出たがっていたダンジョンの外に、アンファは出ることができるようになったのだ。


 すべてはレベル10になったことで発生したスキルのおかげである。


「囮でしたよね、アンファ様に発生したスキルは」


 衣子の言葉に田助は「ああ」とうなずく。


 どれだけレベルアップしても田助や衣子にはスキルが発生しないのに、どうしてアンファだけスキルが発生したのかはわからない。


 あるいはモンスターであればレベルアップすることでスキルが発生することがあるのかもしれない。


 そこら辺は今後、ポチで検証できるだろう。


 今はアンファの囮スキルだ。


 このスキルは文字どおり、アンファの囮――いわば、ダンジョンコアとしての権限を持たない分身を作成することができるのだ。


 おそらく本来の使い方は、レベルアップに伴って増やすことができるダンジョンにダンジョンコアのダミーとして設置、冒険者を騙すのだろう。


 だが、ここは異世界ではなく現代日本。


 ダンジョンを堪能する田助はいるが、ダンジョンを攻略しようとする冒険者はいない。


 なので無用の長物になるかと思ったのだが……。


 よくよく詳しく調べてみれば、この囮スキルで作成した分身は、本体と感覚を共有することができるのだ。


 そして本体にあるような制約を受けることがない。


 なら、外にできることができるのではないか?


 田助が思いついて、試してみようとなったのが小一時間ばかり前。


 そうして実際に試してみれば、外に出ることが可能だった。


 ならば外出しない理由はないと、田助たちは準備してこうして外に出てきたのである。




 アンファは見るものすべてが珍しいのだろう。


 あれはなんだ、これはなんだと、ぷにぷにの指で示して田助を質問攻めにする。


「えっと、あれは自動車で。あっちのは自動販売機。で、向こうにあるのは――」


 アンファによる怒濤の質問攻撃にタジタジになる田助だったが、それでもこの時間はとてもしあわせだった。


 隣には衣子がいて、腕の中にはアンファがいて。


 大事な人に囲まれていたから。


 だというのに、そんなしあわせな時間をぶちこわす人物が現れた。


 最初、そいつは普通に横を通り過ぎていく通行人Aだと思っていた。


 だが違った。


 立ち止まり、振り返ると、田助たちを追いかけてきて、衣子の肩を掴んで言ったのだ。


「お前、衣子か……!?」


 と。


 馴れ馴れしい奴だと田助は思った。


 茶色の髪はさらさら。目元は涼しげ。鼻筋はとおり、口許近くにほくろがある。


 どこから見ても、誰が見ても、イケメンだ。


「衣子、知り合いか?」


 田助が尋ねれば、


「いいえ? まったく知らない人です」


 衣子が答えた。


 その顔は嘘をついているようには見えない。


 なら、どうしてこのイケメンは衣子のことを知っている?


「何を言ってるんだよ。俺だよ、俺。お前の婚約者だった水無瀬みなせとおるだよ」


 なるほど。こいつが事故に遭った衣子を見捨てた婚約者か。


「そんな人は今も昔も存在しませんが?」


 衣子は元婚約者をその言葉で切り捨てる。


「え?」


 まさかそんな塩対応をされるとは思っていなかったのか。


 徹が驚いたような顔をする。


 衣子は田助の手を取ると、


「さ、田助様。行きましょう。ここは空気が最低最悪にマズいので」


「ああ、そうだな」


「たーう!」


 徹を無視して行こうとしたのだが、徹はそれを許さなかった。


「なあ、待てよ。婚約破棄したことを怒ってるなら謝るから。だからやり直そう。お前と婚約破棄したせいで、両親にいろいろ言われて大変なんだ。勘当みたいな扱いも受けてるし。父さんたち、お前のことが気に入ってたから。だかさ、頼むよ。お前から父さんたちに言ってくれ。もう一度俺と婚約することにしたって」


 徹はそんなことを至極真面目な顔で言い切った。


 本当にそう思っている、そんな感じだった。


「あの、田助様。この人が何を言っているのか、私にはさっぱり理解できないのですが」


「うん、大丈夫。俺も理解できないから。たぶん、俺たちとは違う世界の住人なんじゃないかな」


「ああ、なるほど。それなら納得です」


 衣子が大きくうなずく。


「えっと、私の婚約者だったことを自称する人。申し訳ございませんが消えてくれませんか? そして今後、町中で見かけたとしても絶対に声をかけないでください。あなたの関係者だと思われるだけで虫酸が走りますので。金輪際、私に関わらないようにお願いいたします」


 ぺこりと頭を下げて、衣子は田助たちを促してその場を後にしようとした。


「ちょ、ちょっと待ってくれ衣子。お前、何を言ってるんだ? お前、俺のこと好きだろ? いつも俺のことみて、顔を赤くしてたじゃないか」


 徹が衣子の手を掴む――のを田助が止めた。


「なあ、おい。お前さ、これだけ言われてるんだから、いい加減気づけよ。お前、衣子に相手されてないんだよ」


「関係ないおっさんは黙ってろよ。今、俺は衣子と話してるんだから!」


「関係あるから言ってるんだよ。俺は衣子の夫だ」


「は?」


 徹が呆気にとられた表情で田助を見て、やがてクスクスと笑い始める。


「いやいや、ないない。お前みたいなおっさんが、俺の衣子の夫とか。絶対にないから」


「おい、ふざけるなよ……?」


 元より、こいつの存在は許せなかった。


 何せこいつのせいで衣子は自殺しようとしたのだから。


 その上、今、こいつは何と言った?


「お前が『俺の衣子』などと口走るな……!」


 普段、モンスター相手に戦っている時に発する怒気を徹に叩きつけた。


「ぁひぃっ!?」


 田助の怒気をまともに浴びた徹はそんな声を上げ、その場に崩れ落ちて失禁した。


「次に俺たちの前に現れたら……この程度じゃ済まさない。覚えておけ」


 田助は衣子の腕を取り、その場を後にする。


 しばらく歩いたところで、衣子の手を強く握りしめていることに気づいて、慌てて離した。


「悪い。痛かったよな」


「いえ、大丈夫です」


「大丈夫なわけないだろ。見せてくれ。……あー、赤くなってるじゃないか」


「そうですね。真っ赤です。ですが」


「ですが?」


「それだけ強く田助様に思われていると実感できたので。だから大丈夫です」


 そう言われてしまうと、田助は何も言えない。


「田助様、私のために怒ってくださってありがとうございます」


「本当はぶっ潰してやりたかった。あいつのせいで衣子がどんな目に遭ったか、どんな思いをしたか、わからせてやりたかった」


「田助様が手を汚す必要はありません。あの男にそこまでする価値はありませんから」


 田助は衣子の言葉にうなずきながらも、次、徹が目の前に現れたら自らの手を汚すことを厭うつもりはなかった。

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