第31話 魔法を使ってみた


 廃病院ダンジョン、その住居部分にて。


 ずっと前から田助には試してみたいことがあった。


 試してみたいというより、願望といった方が正しいかもしれない。


 それは魔法を使ってみたいということだった。


 レベル50になっても田助が魔法を覚えることはなかった。


 それはレベル64の衣子きぬこも同じだ。


 だが、田助には異世界ストアがある。


 そして異世界ストアには、魔法を使えるようになるスキルオーブが存在する。


 スキルオーブは、自身が本来持っている才能を目覚めさせることができる。


 裏を返せば、才能のない者がスキルオーブを使ったところで意味がない。


 それは衣子が料理のスキルオーブを使うことで、図らずも証明してくれた。


 魔法に関するスキルオーブは最低でも億を超える値段がつけられている。


 これまでは資金に余裕がなく、購入することができなかった。


 スキルオーブを購入し、使ってみたが、魔法を使うことができなかった――なんてことになったら、損失が大きすぎて泣くに泣けないからだ。


 だが、今は違う。


 道本のおかげで、あれからさらに資金は増えてとんでもないことになっている。


 試して、そして失敗したとしても、惜しくはない。


「というわけで、魔法のスキルオーブを購入するぞ! ……ポチッとな」


 ぴんぽーん♪ といつものように玄関チャイムに似た音が響き渡って、何もないところから荷物が現れる。


 いつ見ても不思議な光景だし、いつもより何だか豪華な気がするのは、この中に魔法のスキルオーブが入っているからだろう。


 しかも全属性。


 WEB小説でよく見る、土、水、火、風、光、闇という属性魔法だ。


 他にも精霊魔法や召喚魔法、時空魔法など、心躍る魔法のスキルオーブもあったが、どれも売り切れだった。


 入荷した場合、連絡が入るようにアラート設定しておいたので、その時が楽しみである。


 衣子は特に魔法を覚える必要がないというので、今回は購入を見送った。


 だが、


「俺の使う魔法を見て、自分も使いたくなったら、その時は遠慮なく言ってくれよ?」


 そんな田助の言葉に衣子は、


「はい。その時はお願いします」


 うなずいていた。


「さて!」


 というわけで、さっそくスキルオーブを使ってみることにした。


 失敗しても惜しくないとかさんざん言ってきたが、田助には勝算があった。


 それは自分を鑑定した際、MPが表示されるからだ。


 魔法が使えないのなら、MPが表示されることもないはず。


 つまり、MPが表示されている以上、魔法は使える!


「間違いない!」


 と田助は考えていたのだが――。




 結論から言えば、魔法を使うことはできた。


 スキルオーブを使い、可能性を取り込んだ田助は衣子とアンファとポチを伴い、ダンジョンへ移動。


 住居で魔法を使い、万が一、魔法が暴走したら大変なことになるからという配慮からだ。


 だが、その必要はなかった。


 一応、全属性、どの魔法も使うことはできたのだが、


「魔法、しょぼ!」


 火属性魔法はライター。


 水属性魔法は水鉄砲。


 土属性魔法は茶碗1杯分の土の山を作って。


 風属性魔法は扇風機の微風より若干マシ。


 光属性魔法はLEDライトに劣り。


 闇属性魔法はぼんやりと薄暗くなるだけ。


「なんてしょぼいんだ……!」


 そう告げる田助に、衣子が声をかける。


「田助様、気を落とさないでください」


「気を落とす? 何で?」


「え? だって魔法の威力が思ったほどではなくて、落ち込んでいるのでは?」


「確かに思った程じゃなくてびっくりしたけど、落ち込んではいないぞ?」


「そうなのですか?」


「だって魔法が使えたんだぞ? 見ただろ、衣子も。俺が魔法を使うところを」


「あ、はい。見ました」


「この世界で魔法を使えること自体、奇跡みたいなものだと思うんだよ!」


 普通は使えない。


 だから奇跡みたいなものというより、奇跡そのものと言っても決して言い過ぎではないだろう。


 たとえどれだけしょぼかったとしても。


「というわけで、再び魔法発動! ……我が手より出でてすべてを焼き払え! 獄炎殺陣クリムゾン・インフェルノ!」


 田助が唱える呪文は雰囲気重視のもので、意味はない。


 それでも田助は呪文を唱え、あまつさえ付けてもいないマントを翻すポーズを決めてから、片手で顔を隠し、もう片方の手を突き出してみたりする。


 なぜなら格好いいからだ。


 初めてダンジョンに潜った時と同じくらい、興奮する。


 そんな田助を、いつものことが始まったと衣子たちがやさしい眼差しで見守っていた。




 その後、田助は正和に用事があると衣子たちに告げ、正和の家にやってきた。


 いつもの応接間で待っていた正和に、挨拶も早々に要件を切り出す。


「衣子の元婚約者に会った」


 正和の顔色が変わった。


 その後、田助は衣子の元婚約者である水無瀬徹と出会った時のやりとりを、自分が覚えている限り、正確に正和に語って聞かせた。


 すべてを聞き終わった正和の反応はこうだ。


「潰す」


 まさしく正しい反応だと田助は思った。


 そもそも自分から婚約破棄しておいて、よりを戻そうとすることが田助には理解できなかった。


 しかもだ。


 徹は衣子が今も自分のことを好きだと、あの様子だと本気で思い込んでいた。


 どうしたらそんな考えに至れるのだろうか。


 やはりイケメンか? イケメンだからか?


 いや、違うだろう。


 世の中のイケメンすべてがそんなふうに考えているとは思えない。


 甘やかされて育ったに違いない。周囲からちやほやされて、自分は特別だと勘違いしてしまったのだ。


 だから自分は何をやってもいいと思い込んでいる。


 婚約破棄をしても許されるし、よりを戻すのも自由自在。


「水無瀬の方で対処しておくというから顔を立てておいたが、どうやら甘かったようだね。水無瀬にももちろん相応の報いを受けてもらうが、あのろくでなしが二度と衣子の前に現れないようにしておこう」


 その後、正和が方々に手を回して圧力をかけることで、水無瀬の家はそれまで築き上げてきた地位も、財産も、名誉も大幅に失うことになった。


 その原因を作った徹は生涯、地方にある水無瀬が所有する屋敷に監禁することが決まった。


 この程度しかできずに申し訳ないと正和は謝ったが、


「衣子の前に二度と現れなければそれでいいです。というか、これ以上、あいつに関わるだけ時間の無駄ですよ」


「確かに。山田くんの言うとおりだね」


 それなら有益な話をしようと正和が切り出したのは、いつひ孫の顔が見られるかということだったので、田助は早々に逃げ出したのだった。

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