第18話 モンスターを助けてみた
ぱんっ!
田助は自分の頬を両手で思いきり叩いた。
この先、階段を下りたところはダンジョンの新階層。
アンファがレベルアップして、田助のために作り出してくれたフィールドだ。
果たしてどんなダンジョンなのか。
胸が高鳴り、興奮が抑えきれない。
だが、ダンジョン探索は冷静にならなければいけない。
一瞬のミスが致命的となり、命を落としてしまうことにも繋がりかねないからだ。
田助は極めて冷静に言った。
「ヒャッハー! 今行くぜ新階層!」
まったく冷静になりきれていなかった。
「マジか……!」
田助が絶句し、その隣に並ぶ
階段を下った先で田助たちを待ち受けていたのは、どこまでも続く草原だったのだ。
階層ごとに異なるフィールドが展開されるというのは、ダンジョンを扱ったWEB小説でのある意味お約束の展開ではあるのだが。
そしてあるいはその展開も頭の片隅では想像していたのだが。
それでも実際、こうして自分の目で、耳で、鼻で、体すべてで感じてみると、叫ばずにはいられない。
「これだよこれ! こういうのを俺は待っていた!」
廃病院ダンジョンも楽しかった。
アイテムボックスと手水舎の水を駆使することで簡単に攻略できたところも気に入っている。
だが如何せん、廃病院という舞台がダンジョンというよりホラーゲーム染みていて、もったいない感じだったのだ。
だが、ここはどうだ?
当初思い描いていた異世界感が満載ではないか。
見渡す限りどこまでも続く草原。
ところどころに生えている木は緑一色ではなく、カラフルな葉を茂らせている。
それに空。
ここには空があったのだ。
だが、太陽は出ていない。
なのに明るい。
ファンタジー感満載だ。
このフィールドに出現するモンスターはWEB小説の異世界転生、召喚、転移のド定番、スライムやらゴブリンといった奴らに違いない。
「マジでありがとな、アンファ! 俺のためにこんな素敵フィールドを作り出してくれて!」
「たーぅ!」
どういたしまして。そんな気持ちがとてもよく伝わってくる、満点の笑顔だった。
「次にアンファのレベルが上がったら、どんなダンジョンを作ってもらうか考えるだけで丼飯3杯は軽くいけるなぁ」
田助、ダンジョン好きすぎである。
「さーてと、それじゃあ早速、新階層を堪能させていただきますかね……!」
というわけで。
アンファを衣子に預けて、田助は新階層のフィールドを強く踏みしめた。
新階層である地下1階のフィールドは見た目どおり草原だった。
深呼吸をすれば胸いっぱいに草の何とも言えない匂いが広がる。
「けど、やっぱり現実世界とは違うよな」
空気の乾き方も、踏みしめている土も。
そして足元に咲いているタンポポも。
見た目はタンポポなのに、目が覚めるようなどぎつい水色をしているのだ。
「はっ!? もしかしてお約束だったりする可能性も……!?」
お約束――初心者冒険者が冒険者ギルドで受ける定番の依頼、薬草集めだ。
これが薬草ならその気分が味わえるとワクワクしながら鑑定した結果、
「ただの雑草でした! 残念!」
「でも、田助様」
そう言ったのは衣子だ。
「とても残念そうには見えませんよ?」
「そうか?」
「ええ、とても楽しそうです」
「ああ、人生で今が一番楽しいからな!」
本当に何をやっても楽しかった。
それはモンスターとの戦闘もそうだ。
この階層で最初に現れたモンスターはスライムだった。
バスケットボールより一回り大きく、色は青。
ベビースライムと同じで、とても弾力がありそうだ。
「目と口はないが、中心部分に何やらぷかぷか浮いている。間違いなく核! そこがお前の弱点だ!」
というわけで断ち切り丸で切った。
スライムは、
ぱしゃっ!!
と間の抜けた音を上げて弾けた。
相変わらず魔石もアイテムもドロップしない。
だが、楽しい。本当に楽しい。
こんな素敵すぎるダンジョンを作ってくれたアンファには感謝しかなかった。
そうやってこの階層を堪能していたら、耳障りな音が聞こえてきた。
違う。それは声だ。
「向こうからだ!」
田助は衣子やアンファとともに、声のする方に走った。
丈の長い草に隠れ、見つからないように身を潜ませる。
そこで起こっていたのは、ゴブリンによる集団暴行事件だった。
ただし、暴行を受けているのはモフモフのコボルドだったりするのだが。
「まさか……モンスター同士で争うこともあるのですね」
「弱肉強食、なんだろうな」
コボルドは犬のような顔をしたモンスターで、その顔と同じ習性も犬に近く、集団で行動することが多い。
だが、ゴブリンに暴行を受けているコボルドは一匹。
おそらく群れからはぐれてしまったのだろう。
最初の頃にアンファに聞いた。
モンスターの管理もアンファがしているのかと。
答えは否。
作り出したダンジョンによって、発生するモンスターが変わってくるらしい。
つまり、制御することはできないのだ。
ちなみに廃病院ダンジョンでスケルトンとゾンビしか出てこないのは、レベルが足りないから。
レベルが上がった今、発生するモンスターの種類も増えるようになっている。
なので、廃病院ダンジョンも、今後、まだまだ堪能できるというわけだ。
「グギャッ!」
田助が考え事をしている間もゴブリンたちの攻撃は続き、コボルドが傷ついていく。
モフモフの毛並みはすっかり血に濡れている。
コボルドが倒されるのは時間の問題だろう。
モンスター同士の争いだ。関わるべきではない。
行こう、と声をかけようとした時、田助は見た。
コボルドが何かを守っているのを。
それは小さなコボルドだった。
子どもを庇っているのだ――そう思った時、気がついたら田助は飛び出していた。
「お前ら、一匹に対して大勢で殴る蹴るとか、ちょっと弱いものいじめが過ぎるんじゃないか!?」
叫びながら断ち切り丸を全力で振るって、ゴブリンたちを蹴散らしていく。
散々スケルトンやゾンビを倒してレベルアップしておいたおかげで、難なくゴブリンたちを倒すことに成功。
コボルドが新手の登場だと思い、田助に牙を剥く。
田助は断ち切り丸を鞘に収め、衣子たちの元に戻っていく。
何か言いたそうな衣子が口を開く前に、田助の方から言った。
「自己満足だってのはわかってる」
モンスターとして対峙したのなら、田助も迷わず倒していたからだ。
だが、
「子どもを見たら……なんか体が勝手に動いて」
「私はいいと思います」
「たー」
衣子とアンファは田助の行動を受け止めてくれた。
立ち去り際、最後に田助は振り返る。
「次あった時はきっと戦うことになると思うけど……その時は恨みっこなしだ」
血まみれのコボルドは田助が本能的に敵だとわかっているのだろう、田助を睨みつけていたが、子どものコボルドは「わふぅ!」とうれしそうな声で鳴いて、無垢な瞳で遠ざかる田助の背中をいつまでも見つめていた。
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