第7話 アンデッドモンスターに聖水を使ってみた
田助は再びダンジョンに向かう決意を固めなければいけなくなった。
ダンジョン攻略に目処が立ったからではない。
単純にヤバくなってきたのだ。
田助がアパートを退去しなければならない日時が迫っていることもそうだし、電気水道ガスといったライフラインが止められる日も刻一刻と迫っているし。
何より一番ヤバいのが、ゾンビが徘徊していると噂になっていることだった。
「ダンジョンから溢れ出ちゃってる……!」
いい加減、腹をくくって、現実から目を背けることをやめなければ!
というわけで、ダンジョン攻略である。
だが、このままダンジョンに向かったところで返り討ちに遭って、モンスターの仲間入りするだけだ。
「くそっ、これが俺のお気に入りのWEB小説なら、ここで俺のチートスキルが火を噴くはずなのにっ」
その気配はまったくない。
いや、まあ、鑑定も、アイテムボックスも、そして異世界ストアも、現実世界においてはチートスキル以外の何ものでもないのだが。
「……そう言えば廃病院ダンジョンに出るのって、アンデッドモンスターが多かったよな」
アンデッドモンスターに有効な攻撃手段と言えば、
「銃? いや、それより火炎放射器か?」
スマホで検索してみれば、
『家庭で簡単に作れる火炎放射器! ※よい子は真似しないでね!※』
とかいう動画がヒットした。
「……なるほど。一応、自作することもできるんだな」
だが、今の田助には軍資金がない。
「火炎放射器以外だと……にんにくとか十字架は吸血鬼にしか効かないだろうし」
まあ、本当に効くかどうかはわからないが。
「それ以外、それ以外……あ、聖水とか?」
聖水をスマホで検索。
「……なるほど。聖水というのもなかなか奥が深いんだな」
途中、ちょっと禁断の世界に入りかけたが、そんな場合ではないと戻ってきた。
よい子のみんなは決して聖水に他の意味があることを検索してはいけない。
「けど、聖水か……」
田助にはある考えがあり、
「試してみる価値はあるかもしれない」
そうして再びやってきたダンジョン。
「あれ……? なんか廃病院……綺麗になってないか……? 見間違い……じゃないよな?」
最初に訪れた時はあからさまに廃墟っていう感じになっていたのに、おどろおどろしい雰囲気はそのままに、何だか新しくなっている感じがする。
「WEB小説とかだと、ダンジョンには自動修復機能があったりするよな……」
もしかしてそれかもしれない。
何にしても、気持ちを引き締めていこう。
というわけで、廃病院ダンジョンに足を踏み入れた。
やはり、ダンジョンには自動修復機能があるようだ。
真新しいとまでは言わないが、壊れていたはずのドア、割れていた窓ガラス、そういったものが修復されている。
「けど、完全に修復されているわけでもないよな。何か理由があるのか? ……っと、考え事をして進むのはマズいか」
ここはダンジョンの中なのだ。
油断は禁物。余計なことを考えていると命取りになる。
気を引き締め直して、モンスターの気配がないか慎重に確認しながら進んでいく。
いた。
廊下を曲がった先に、ゾンビだ。
ゾンビが渋滞している。
乗車率で言えば150%に近い。
そりゃあ外にも溢れ出すのも当然だ。
「「「「「う゛う゛ぉ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」」」」」
「『肉だ、肉を寄越せ! 俺たちは肉が食いてえんだ!』とか言ってるんだったら嫌だなぁ」
なんてことを考えている場合ではない。
考えていたことを実行に移すチャンスがやってきたのだ。
ゾンビに気づかれないよう、ゆっくりと足を進める田助。
そうしてゾンビまであと2mというところまで近づいたところで、
「食らえ! 俺の必殺技! ホーリーウォーター!」
手を突き出し、呪文を唱える。
だが、それに特別な意味はない。
ただ単に雰囲気を出したかっただけだ。
実際に田助がしたことは、アイテムボックスに収納していた水をゾンビにぶちまけること。
アイテムボックスから放出された水がゾンビにぶち当たる。
ソンビの肌がぶくぶくと沸騰し始め、嫌な匂いのする蒸気を放ち始めた。
「「「「「こ゛か゛ぉ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」」」」」
倒れていくゾンビを見て、
「ま、まさかの効果ありだと!?」
誰よりも田助が一番驚いていた。
ゾンビにぶちまけた水は、近所の神社にある手水舎からもらってきたものだ。
日本人なら信心深くなくとも元旦には神社にお参りして、その際、手水舎で手や口を清めるだろう。
その『清める』という点に着目し、あれも聖水の一種なのではないかと田助は考えたのだ。
しかも田助が選んだ神社の手水舎は、昔、何とか上人とかいうめちゃくちゃ偉い人が見つけた源泉から引いているという伝説があるものだった。
「伝説がまさか本物だったとかいうオチか!?」
何にしても、
「効果があるなら最大限活用するだけだ!」
というわけで、ゾンビやスケルトンを見つける度にアイテムボックスから水を放出して、倒していく。
すると、なぜだかどんどん体の動きがよくなっていくではないか。
「お、もしかしてこれはあれか? 俺、レベルアップしてるのか!?」
自分を鑑定。
――――――――――――
名前:山田田助
性別:男
年齢:30歳2ヶ月
職業:無職
レベル:4
HP 27
MP 23
力 29
体力 27
知力 23
俊敏 23
器用 15
運 0
スキル:異世界ストア/アイテムボックス/鑑定
――――――――――――
見間違いを疑い、何度も目をこすって、目の前に浮かんでいる半透明のウィンドウを確認した。
だが、間違いなかった。
「してるじゃないか、レベルアップ! しかもなかなかいい感じに成長してるし!」
運の数値だけが未だにゼロなのは見なかったことにした。
その後はアイテムボックスからの水だけでなく、棒きれによる肉弾戦も試みてみた。
意外といけた。
「けど、水の方が楽だな」
というわけで、水をメイン武器にダンジョンを進んでいく。
そうしてあらかたモンスターを倒し終えると、最終的にはレベルが5まで上がっていた。
この調子でモンスターを倒していけば、俺TUEEEEEEができるようになる日も、そう遠くないだろう。
無双する自分を想像して、頬を緩ませてしまう田助である。
「んじゃ、モンスターもだいたい退治したし、帰るか」
最初はこんなにモンスターはいなかったから、しばらく経てばまた増えるだろう。
その時が楽しみである。
「っと、その前に、一応、ダンジョンコアも確認してみるか」
ダンジョンコアを設置した、一番奥の広間に向かう。
「何じゃ、こりゃ」
そこだけ、他と明らかに趣が変わっていた。
以前にはなかった重厚そうな両開きのドアが設置されているのだ。
「まるでこの先にボスが待ち構えているみたいな雰囲気だぜ……」
もしかして本当にボスがいるのかも?
田助がお気に入りに入れているWEB小説だと、ダンジョンコアを護るダンジョンマスターとかがいたりするのが定番だが。
「いや、待てよ? それを言うならダンジョンコアを設置した俺がダンジョンマスターになるのも定番だよな?」
だが、自分を鑑定したところ、職業欄がダンジョンマスターにはなっていなかった。
「……まあ、入ってみればわかるか」
万が一を考え、慎重にドアを開ける。
果たしてそこに待ち受けているのはスケルトンキングか、リッチか、あるいは――。
「ぱー!」
「赤ちゃんとか意味がわからない!」
そこに待ち受けていたのは赤ちゃんだったのだ。
しかも田助を父親と勘違いしてるようで、田助の元まで這いよってくると、
「ぱー! ぱー!」
とうれしそうに手を伸ばしてくるではないか。
「かわいい! って違う! 『ぱー』はやめてくれ。なんか頭が残念みたいに聞こえるから。俺の名前は田助だ。た、す、け」
「たー?」
「お、やればできるじゃないか。お前、すごいな!」
「たー!」
「よしよし、すごいぞ! 偉い偉い!」
などと和んでいる場合ではない。
果たしてこの赤ちゃんの正体はいったい――。
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