第6話 人助けしてみた
アパート前で起こった自動車による人身事故。
被害者はアパートのオーナーの孫娘だった。
田助の通報が迅速で一命を取り留めることができたと、救急車で一緒に病院まで付き添った田助は、病院の待合室でオーナーに感謝された。
そう言われて悪い気はしないが、孫娘が助かったのは彼女の運によるものだと田助は思った。
どれだけ早く通報したとしても、助からない命だってあると考えたからだ。
「何にしてもよかったですね、オーナーさん」
「ああ、本当だ。孫娘は来月、婚約者と結婚するんだ。ふたりとも本当に愛し合っていてね、人目をはばからず自分たちはお互いに運命の相手に出会った、どんなことがあっても一緒になるのだといちゃついて。ああ、だから本当によかった」
めでたしめでたしで終わると田助もオーナーもこの時は思っていた。
その翌日。
田助がオーク肉を使ったオーク肉丼を食べようとしていたら、玄関ドアを叩く音がした。
「誰だ?」
家族とも数少ない友人たちとも今生の別れみたいなことをした田助である。
尋ねてくる人物に心当たりがまったくない。
いや、そんなことはなかった。
「駄女神なら間に合ってるんで、よそに行ってください」
「駄女神? 何のことだい?」
聞こえてきた声はオーナーのものだった。
慌てて玄関ドアを開ける。
「あ、すみません。つい最近、女神を自称するダメな奴に人生をめちゃくちゃにされたので」
「そ、そうなのか。君みたいな若者でもそういう詐欺に引っかかってしまったのだね」
どうやら振り込め詐欺みたいなものに騙されたと勘違いされてしまったみたいだ。
あながち間違っていない。
「若者って、俺、もう30ですけど」
「儂からしてみたら、君は充分若者だ」
オーナーは80歳を越えているという話を以前聞いたことがあった。
「今日、こうして来たのは改めて礼をさせてもらうためだ。つまらないものだが受け取ってくれるかな」
そう言って差し出されたのは、お高そうな果物の詰め合わせだった。
「俺は通報しただけですから、こんなことしていただかなくてもよかったのに」
「いやいや、君が通報してくれたおかげで、孫娘は一命を取り留めることだけはできたんだ。本当に感謝している。だから遠慮なく受け取ってくれ」
「では、遠慮なく」
高級果物詰め合わせを受け取った田助。
オーナーが立ち去ろうとしなことを不審に思った。
……そう言えば表情もなんか暗いな?
それに、気になることを言ってなかったか?
一命を取り留めること
どういう意味だ?
「あ、すまんね。山田くん。ちょっとぼーっとしてしまった。食事の途中だったのだろう?」
オーナーが部屋の中を覗き、言う。
「儂はこれで失礼するよ」
「ちょっと待ってください。何かあったんですか?」
立ち去ろうとしたオーナーを田助は呼び止めた。
オーナーの話を聞き終えた田助は絶句した。
「そんな、ひどすぎる……」
孫娘は確かに一命を取り留めることはできた。
だが、自動車にはね飛ばされ、その後、何メートルか引きずられてしまったことで、アスファルトがおろし金となって孫娘の顔をズタズタにしてしまったというのだ。
「整形手術を受けたとしても……」
元通りにはならないのだろう。オーナーの暗い表情を見ればわかった。
最悪なのはそれだけじゃない。
来月、結婚するはずだった婚約者が、そんな孫娘とは結婚できないと婚約破棄を言い出したらしい。
その結果、孫娘は今朝、自殺しようとした。
「で、孫娘さんは!?」
「鎮静剤を打たれて眠っているよ……」
自殺自体は看護師が気づいて止めてくれたらしいが。
「……なんだって孫娘がこんな目に遭わなければいけないんだ」
ひき逃げした犯人は今朝方、自分がしでかしてしまったことが恐ろしくなって警察に出頭したらしい。
だが、高齢ドライバーだったこともあって、それほど重い罪にはならない可能性もあるとか何とか。
まるでどこぞの上級様みたいである。
オーナーは一気に老け込んでしまった。当然だろう。
現代医療では孫娘が元に戻れる可能性はまったくない。
だが、田助には、何とかする方法が一つだけあった。
「あの、オーナー。孫娘さんの顔を元に戻す方法があると言ったら……どうしますか?」
「悪魔にだって魂を売る! その覚悟が儂にはある!」
思いきり詰め寄られて、思わずのけぞる。
「い、いや、悪魔に魂を売る必要はないです。ですが、ちょっとお金が必要で」
異世界ストアを発動。
【ポーション・薬草】のカテゴリーにそれはあった。
エリクサー。
ポーションでは心許なく、あるいはハイポーションでもいいのかもしれないが、完全に回復させることを考えるなら、エリクサー一択だろう。
ただし、これがめちゃくちゃ高い。
「5000万円ほどかかるんですけど」
「払おう! 現金の方がいいのかな!?」
「え、本気ですか!? ……って、自分で言うのも何ですけど」
「本気だ! 言っただろう、元に戻してくれるのなら悪魔にだって魂を売ると! その覚悟があると! だから払う。ちょっと待っててくれ!」
「あ、オーナー!?」
呼び止める間もなく、オーナーは出て行ってしまった。
それから小一時間くらい経った後、再び田助の前に現れたオーナーはアタッシェケースを田助の前に差し出した。
「これでいいかな?」
開けてみれば、そこには5000万円が入っていた。
「頼む、孫娘を救ってくれ!」
「わかりました。ちょっと待ってくださいね」
エリクサーの購入手続きを進める。
オーナーには異世界ストアのウィンドウが見えていないようで、きっと今の自分は変な奴に映ってるんだろうなと田助は頭の片隅で思った。
現金を半透明のウィンドウにぶち込む。
「持ってけ、泥棒!」
忽然と形をなくした現金に、オーナーが驚いていた。
購入手続きを終えると、いつものように、ぴんぽーん♪ となって、エリクサーが届いた。
「これを孫娘さんに飲ませてあげてください」
「わかった!」
オーナーは大事そうにエリクサーを抱えて、去って行った。
それからさらに数時間後、オーナーが田助の元を訪れて涙を流しながら感謝してくれた。
孫娘は見事に元の美貌を取り戻したらしい。
「ありがとう! 本当にありがとう! 君にはどれだけ感謝してもしきれない! 本当にありがとう!」
抱きつかれたせいで、服がオーナーの涙と鼻水でぐしょぐしょになったが、悪い気はしなかった。
あと、エリクサーの値段を告げる時、一瞬、嘘の値段を教えてぼったくろうと考えたのだが、やらなくてよかったとも思った。
そんなことをしていたら、この感謝を素直に受け取ることができなかっただろう。
結果的にはプラスにもマイナスにもなっていないが、とても満足だった。
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