#094:恩恵かっ(あるいは、アッシュドA.O.高みまで)

 徐々に、追い込まれ感を肌で受け取ってしまっている私がいる。五角形の「対局場」の上は、格闘やらDEPやらで、異様な熱気と、混沌たる空気に包まれていた。


 しかし、私の中では妙に達観した、冷めた感覚が広がり始めている。これ、今のままでのんびり構えてたら、勝ち抜くのは無理なんじゃないの? ジリ貧にも程がある。


 向こうが二人組のタッグで、私だけ孤立無援の状態。その時点で相当に厳しいだろ。


 ひとまず今しがた先制コンボを入れるのをしくじった、相手イブクロから後ろ跳びに飛んで間合いを取るけれど。でも、こうして漫然と時間を消費してしまうことも、いい事だとはとても思えない。


 左方向に立ち尽くしている、チギラクサとその後方のセンコはずっと静観の構えだ。「造反元老」が私を潰せば良し、逆もまた良し、みたいな感じなんだろう。というよりは、センコ……何かやる気自体が無さそうだけど。予選でのあの気迫はいったいどうしたの。


 いやいや、余計なことはいま不要。今は「右方向」に集中だ。イブクロ&シギ。持ち金は1億2000万に6500万。かなりの余裕層だ。迂闊に仕掛けて、二人がかりで「ダブル」「トリプル」を出されると、「格闘」でもあっさりねじ伏せられる可能性は高い。


 ……であれば、こちらも「トリプル」かまして、後先は考えずに突っ込むしかないのかしら。


 くいと左腕の「ホルダー」に表示された数値を見やる。<5300万><60秒>という赤く光る文字が見て取れた。初期6200万からはだいぶ減ったな……ここからさらに「トリプル」をぶっ込むとなると、「40秒」を三倍に変えるから、「1200万」を加算することになるの? うーん、もう麻痺してきたとは言え、とてつもねー額だわ。


 だが、やる。


 トリプル!! と叫び左腕に設置されてる「青いボタン」を連打しつつ告げると、私は「40秒間、通常の3倍の速度で動ける」という権利を得るわけであって。赤い<60秒>の隣の隣に青い<40秒>の表示が灯る。


 オッケー、これで対する相手も「3倍」をかまそうが、それは要はイーブンってこと。単純に「格闘でのやり取り」の優れている方が最後まで立っているって寸法よ。


 ダブルで屠ってやる。あ、「ダブルで」っていうのは、相手らをってことね。


 トリプルでダブル……だからぁぁぁぁっ、「6倍」だぁぁぁぁぁっ!!


 謎の計算式が頭に浮かんできたのはご愛嬌か。それよりも精神にもいい感じに入ってきてる?


 私は呼吸をするたびに、研ぎ澄まされて周りが鮮やかに見え映っていく感覚を味わいながら、あ、これ来た、と「訓練」のいちばんキツい時間帯の時に突入した「ハイ」なモードへシフトしていく。……これはさすがに「トリプル」の効果じゃないよね。脳にまで干渉するとなったら、このプロテクターは、イケない代物ってことになっちゃうもんね。


 ちょっと冷静になってしまった瞬間、私の体を包むスーツとプロテクターが、推進力を持ったように感じた。……と思った時には、私の突進はコンマ数秒の速さで為されている。


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