#095:舞踏かっ(あるいは、プレイス=エンド/プラス=仕儀)

 突っ込む、「場」の中央付近へ。


 「トリプル」発動をした刹那、私の体は無重力感を捉えたと思ったが捉えきれておらず、斜め上方へと、激・不屈両生類が如く、胸から突き出すように跳ね飛んでいくばかりなのであった……


「……!!」


 切羽詰まると割と声の出ない私は、上唇から上だけが顔面中央に収縮していく感覚だけを、同じく収斂していく前頭葉で正面から吹き付けて来る風と共に感じている。


 しかし予想以上のその生物学的にありえない動きに、イブクロも完全に対処を忘れたかのように、中空を滑空してくる私の姿を目では追えてるけど、頭では追えきれてないみたいな中途半端な表情で立ち尽くすのであった。


 よって、私が空中でバランスを取ろうと折り畳んだ左膝が、驚愕の表情のままのイブクロの、その柔らかき右頬に吸い込まれるが如く撃ち込まれていくのを、どこか他人事のように俯瞰する私がいるのであって、全体重と意味わかんない推進力による加速を上積みさせたその破壊衝撃が、可憐な、と表現して可笑しくはない、イブクロの小作りな顔貌を歪め果てさせていくのを、どこか他人事のように俯瞰する私がいるのであった。


 いや、あかんな、この「トリプル」。


 何というかこの初体験に近い「加速感」が、思考をも走馬燈がごときに吹っ飛ばしてしまくってるわ。何回「どこか他人事のように俯瞰」してるんだよ。


 しかし、苦し紛れに放った割には、うまいこと行ってくれた。それは正にラッキー。


 開幕直後の飛び膝KOだなんて、これはもう、神の子ってる。これはもう、行くしかない。


 足元に沈んでいくイブクロの姿を一瞥もせずに、「トリプル」状態のまま、私はさらに先を目指し、その力無くくずおれた体をまたいで突いた右足を捻じり込むように踏み込むと、体全体を時計回りに回転させ、速度が乗った頂点で、右肘を引き気味に右拳を投げ振るように放つ。


 奥面に位置していたシギまでの間合いは正確には測れなかったものの、そこはそこまで正確じゃなくてもいい。裏拳が入らずとも、この速度で突っ込んでいったのなら、体当たりでさえ強烈な一撃になろうから。


 回る舞台。回る観客たちを、何とかあっちこっちに視線が飛んでしまうのを堪えながら、どこか、ダンスを踏むかのように軽やかに楽し気に、いま「ここ」にいる自分を認識している。


 いいね、この感覚。いいね、この雰囲気。


 私はちょうど拳の硬いところに当たった、シギのヘッドギアの感触すら心地よく感じながら、その激突衝撃を意にも介さず、自らの身体を大きく一回転させきった。


 この間、何秒くらいだったんだろう。


 イブクロとシギ、「造反元老」から、立て続けにダブルダウンを奪った私は、「五角形リング」の「右の三分の一」くらいを制したと言ってもよく、一気に盤面を御していく感触に、自分でも驚くほどの充足感に満たされ始めている。


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