第3話

刺殺された長谷川美佳子の顧客リストの調査が始まっていた。


事件の担当刑事の小山田は昨夜珍しく酒を飲まなかったので、朝から調子が良かった。飲んだ暮れて帰らなかったせいで、女房に気持ちよく送り出されたせいでもある。


顧客リストの大半は女性であった。ひとりづつ被害者との関係、アリバイなどを詰めていく作業が最盛期を迎えていた。捜査本部のこれまでの総括では、家族関係、友人関係、押し込み強盗などの線は消え、客がらみでの怨恨が濃厚との方針が出されていた。


「一発で刺し殺すんだからプロの可能性もありますよね。でも、客のなかには男はいませんよ」相棒の若手刑事窪坂が小山田に聞いた。

小山田は、よくそんなふつーな質問が出来るなという顔をしながら「客本人が星とは限らんだろ。雇われたのかも知れないし、星の友人、知人、親族にやくざとか、その手のヤバイ奴がいるかも知れんしな」「そうですよね、そうだー」窪坂は何か新発見をしたような声を上げた。「まあ、これからだよ、これから」


今日は、事前にアポをとった客を三人回ることにしている。ひとりは銀座のクラブのママ。自宅に訪問することになっている。

ママのマンションは代官山の瀟洒な一角にあった。ママはまだ眠たいのにという顔をして小山田たちを迎えた。

「美佳子さんが殺されたなんてショックすぎて言葉も出なかったわ」

確かに、ママの目には恐怖の色が浮かんでいた。そういうところを見逃さないのが、ベテラン刑事の触覚だ。アリバイも確認し、被害者の噂も聞いた。

「ママは関係なさそうだな」「そうですねー」「どうして分かる」「えっえー、それは,,,」「分からなければ経験を積め!」そう一喝した。窪坂の目がみるみる丸くなっていった。


その日訪ねた客からは犯人に繋がるものは出て来なかった。一度署に戻って顧客リストの中から新たに話を聞きに行くものにアポを取り、その日会える奴は会い、次の日以降になりそうな奴のアポを取る作業をする。


顧客リストには延べ150人近くの名前があり、それを小山田たちを含め20人の刑事が洗うことになっていた。それでも相手が捕まらなかったり、都合が合わなかったりで一週間は掛かる。


その結果、アリバイの無いものが5人が出た。5人とも専業主婦で家で家事をしており、午後三時という犯行時間には家族はまだ帰宅しておらず、訪問した人もいないのでアリバイが無いということになるのだが、捜査本部のほとんどの刑事が彼女たちが本星だという思いを抱くものはいなかった。人思いに人を刺し殺すという極めて残忍な手口、急所を狙って刺す手並み、冷酷な殺意などから、普通の主婦が実行できるかどうかは大きな疑問だからだ。だが、決め付けるわけにはいかない。誰か他の人間に殺人を依頼したことも充分考えられるからだ。


捜査本部は、アリバイのない主婦たちの周辺を洗う作業に入っていった。




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