ゲーム
軽く混乱している俺を見て、嘲笑に似た笑みを浮かべながら、少女は言う。
「あなたが先に私の記憶を盗んだんですよ。まあ、正確に言えば私の記憶ではないですけど」
「……いつから、その能力が使えるようになった?」
「たしか、1ヶ月前くらいですかね。余命3ヶ月と言われた直後だったような」
少女は顎に手を当てて思い出すように中空を見つめた。
この子も余命宣告を受けた後に能力を得たということは、やはり死が間近に迫っているというのが記憶泥棒になる条件なのだろうか。少し冷静さを取り戻した俺は、続けて質問する。
「この能力についてどれくらい知ってる?」
「多分あなたと同じですよ。突然使えるようになっただけで、この能力がどういう仕組みなのかとか、なんで私が使えるのかとか、そういうのは全く分かりません」
「他にこの能力が使える人を知ってるか?」
「いいえ。私以外に記憶を盗める人を見たのはあなたが初めてです」
「今までどれくらい記憶を奪った?」
「数え切れないくらい」
「……何がそんなにおかしい?」
「え?」
喋っている間少女はずっと薄ら笑いを浮かべていた。この反応を見るに、無意識だったようだ。彼女は口元に手を添えて言った。
「私、笑ってました?」
「気持ち悪いくらいに」
「すいません。仲間を見つけてちょっと嬉しかったんです」
「勝手に仲間にするな」
「まあそう言わず、泥棒同士仲良くしましょうよ」
少女はやはり笑顔を浮かべて、俺の隣の椅子に移動してきた。彼女はずっと笑っているが、その笑顔は顔に張り付いて取れなくてなったお面のように見えた。
「あなたは、いつからこの能力が使えるようになったんですか?」
「2週間前。俺は余命半年と言われた後だった」
「もうすぐ死ぬのも一緒なんですね。運命の出会いってやつですね」
「バカバカしい。この能力がもうすぐ死ぬ奴だけが使えるってだけだろ」
「冷めてますね」
「君が熱苦しいだけだ」
仕事以外で人とまともに会話するのは随分と久しぶりだった気がする。いつもなら人と目を合わすだけで嫌悪感しか湧かないのに、この少女とは普通に会話ができている。何故かは分からないが。
俺はずっと気になっていた事を聞いてみた。
「そういえば、さっき俺が奪った記憶は君のじゃないんだよな?」
「そうです。他人の記憶です」
「内容を確認せずにテキトーに盗んだのか?」
「いいえ、ちゃんと確認して盗みました」
「じゃあなんであんな不愉快な記憶を盗んだんだ?」
少女はうーん、と唸って数秒考えてから言った。
「私、この能力は神様からの罰だと思うんですよ」
「罰?」
「そう。この能力を得た人は普通、幸せな記憶を盗むと思うんですよ。それで自分が幸せになったと錯覚するんです。でもその内、自分が人と比べて惨めな人生を歩んできたと思うようになって、自己嫌悪に陥るんです。それが罰」
「だから君は逆に不幸な記憶を盗んだのか」
「そうです。あの人の人生よりは私の方がマシだな、と思うために記憶を盗んでます。ささやかな抵抗です」
なるほどな、と素直に納得した。罰としてこの能力があるなら、神様も少しは頭が使える奴かもしれない。そうすると、もう一つ疑問が湧いてくる。俺はその疑問を、すぐに彼女にぶつけた。
「君は、罰を受けるような覚えがあるのか?」
少女は一瞬硬直した後、またお面のような笑顔で言った。
「ありますよ。生きる事を楽しいと思えなかったことです」
彼女と話すのが苦痛にならない理由が分かった気がする。俺たちは少なからず似ているところがあるらしい。
「なるほど。それなら俺がこの能力を使えるのも納得できるな」
「やっぱり、あなたも私と同じ罪人でしたか。なんとなくそうだと思ったんです」
「まあ、そのくらいで罰を受けるのは納得いかないけどな」
「いや、これ結構大罪ですよ。きっと人生を楽しむのって、権利じゃなくて義務なんです。その義務を果たさないと、神様は怒っちゃうんです。せっかくこの世に生んでやったのにって」
「生んでくれと頼んだ覚えはないけどな」
「それは同感です」
少女は相変わらずヘラヘラ笑っていたが、この笑顔の裏には俺と同じような虚無感を持っているのかもしれない。もしそうなら、仲間と言われるのも少しは分かる。
「そういえば名前聞いてませんでしたね。お名前はなんて言うんですか、泥棒さん」
迷子の子供に言うような言い方がムカつく。
「涼川洋介だ。お嬢様はどんなお名前で?」
「黄島ユリです。どうぞお見知り置きを」
丁寧に頭を下げた後、大笑いしだした。よくそんなに笑えるな。作り笑いが苦手な俺には理解できない。
「さて、涼川さん」
黄島は、改めて俺に向き直って言った。
「私とゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「そう。ゲーム。罰でも何でもいいですが、せっかく常人ならざる能力を得たんです。この能力で遊びたいじゃないですか」
その考えは分からないでもなかった。ちょうど退屈していたし、ゲームとやらに付き合ってもいいだろう。
「別にいいけど、どんなゲームをするんだ?」
「簡単です。記憶の奪い合い。私は涼川さんの記憶を奪いまくって、涼川さんは私の記憶を奪いまくるんです」
「勝敗はどうやって決まるんだ?記憶のストックが無くなったたらか?」
「そうですね。先に記憶を全部奪われて空っぽになった方が負け」
「俺は元々空っぽなんだけどな」
少し感傷的に言ってみた。空っぽの中に、他人のものを無理やり入れている状態。それは、ある意味何もないより虚しい。黄島は俺の感情なんてお構いなしに話を続ける。
「それ言ったら私もですよ。あ、先に死んだ方も負けっていうことにしましょう」
「……それはちょっと俺に有利なんじゃないか?」
彼女は余命3カ月と言っていた。しかもその宣告を受けたのは、1ヶ月前だ。俺より残された時間は短いはずだ。
「これくらいハンデがないと面白くないじゃないですか」
「舐められたもんだな。まあ、いいだろう。さっさと全部奪って終わらせてやるよ」
「おお。やる気ですね。やっぱりゲームは本気でやるから楽しいんですよね」
また、黄島はお面のような笑顔浮かべた。この笑顔を見るたび、彼女の人生に何があったのか気になるが、それを聞いたりはしない。奪えばいい話だ。
こうして、俺と黄島ユリの奇妙なゲームが始まった。
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