第8話 村の英雄と副騎士団長

 ボクが次に目を覚ましたら目の前に見たことのある純白の制服を着た女性の顔が至近距離にあった。

 女性はエルフ族だった。人間とよく似ているが耳が尖っていて神秘的な雰囲気を纏わせて、人間より五感が優れているのがエルフ族。巷では人間の進化体なんて言う人もいるけど真相は解明されていない。

 そんなエルフ族の女性の顔を観察する。凛々しい目つきに鼻は高く、艶だった唇。白く長い髪の毛を後頭部でまとめていた。

 ボクは彼女を知っている。

 彼女の名前はキュリア・キサラギ。年齢二十四歳。名門キサラギ家の長女で王国騎士団副騎士長だ。ユージュアリー王国で知らない人物はいない、いるとすれば田舎者か世間知らずだ。二十四歳と言う若さで騎士団副団長になった者は彼女しかおらず、噂で聞くところによると、上級武術を連続して出すことが出来たり、魔術と武術を組み合わせた攻撃を得意とする。そしてなんと、巨乳。

 いや、噂で聞いただけだし、やましい気持ちは何もないし、ボクが胸の大きな女性が好きだって訳じゃないからね。

 そんな彼女の膝の上でボクは目を覚ましたのだ。うん、絶景だ。噂にきく以上のものだ。


「うむ?起きたようだな」


 誰かと話していた様子の彼女がボクの厭らしい視線に気づかれたか。ボクが目を覚ましたことに気づいた。


「お、おはようございます」


 ボクは彼女の膝の上から起き上がろうとするが、体に全く力が入らずに首だけが起き上がる形になった。


「あぁ・・・動かない方が良い、マナ欠乏症だ」


 彼女はボクの額を軽く押さえて、柔らかな膝へと戻した。すごくいい匂い。女性特有の甘い匂いだ。


 彼女が言うマナ欠乏症は単純に体の中にあるマナを全て使い切った人間がなる病気の事だ。言わば貧血と同じだ。まぁ、症状が重度なのはマナ欠乏症なのだけど。でもマナ欠乏症のおかげで、あのキュリア・キサラギさんの膝枕を堪能できるなんて、マナ欠乏症万歳!

 と、呑気な事を思っている場合じゃない。どういう状況なんだ?


 確か、ボクはバルドレの後方に上級炎魔術ラ・フレアを撃った。それから気を失ったんだ。なんで撃てたんだ?あの魔術が撃てるはずないのに・・・。そこの疑問は今すぐには解決できなさそうなので、その後の事が気にすることにした。


 首だけが動くようなので軽く下を向く。するとここがどこか解った。

 ここは馬車の中だ。小窓から見える景色が流れていく。それに体に伝わるこの振動、舗装された道を通っているんだろう。腰には来ないし、体にも響かない。頭も柔らかい膝のおかげで振動を感じない。


「安静にしてくれカーウィン君。君は今王都へと向かっているんだ」


「王都へ?」


 キサラギさんはボクを優しく撫でてくれる。恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまった。


 こうやって介抱されるのって、久しぶりだなぁ。母さんがいなくなって以来だろうか。って、どうしてキサラギさんに母性を感じ、そして求めているんだ!


「そうだ。どうして王都へ行く事になったのかを順に話そうか」


 そう言ってキサラギさんは話し始めた。


 数時間前、ボクがラ・フレアを撃った直後からの話し。


 ボクがラ・フレアを撃った時、キサラギさんは私用でクルペン村から一つ離れたナミス村にいたらしい。異様なマナの気配がして、その方角を見たらナミス村からでもボクのラ・フレアを視認でき、クルペン村が何かの危機に陥っていることを理解したようだ。


 武器だけを持って、数十分でクルペン村に辿り着いたが、山賊達は全員縄にかけられていて、バルドレだけがいなくなっていた。村人達はやっと来た助けに感謝はしなかったらしく、事の顛末だけをキサラギさんに伝えた。

 どうして感謝しなかったかと言うと、もう感謝はしきっていたから。その場に居た騎士と魔術師と、得体の知らない男と気絶している男に。


「そこで出会ったのが彼だ」


 キサラギさんの視線を目で追うと、向かい側の席にリンジが座っていた。キサラギさんに注目しすぎているのが気づかなかったや。いやぁリンジ君は気配を殺し過ぎだね。


 程なくして疑問が生まれる。


「なんでリンジがいるの!?」


 驚きのあまり首だけが飛び跳ねる。いったい!筋違いだ。


 どうして!どうして三十分でマナが尽きたら異界へと帰るリンジがここにまだいるんだ!?魔術本の効力は切れているはずだからここにいるのはおかしい事だ!


「あ、お邪魔だったかな?」


 ニヤニヤとボクを見る。なんだ?そんなに鼻の下を伸ばしていたか?それとも幸せそうな顔をしていたのか?ボクは顔でバレやすいと言われた事があるが、それほどまでとは。


「違う!魔力が切れたのになんでいるのかって事!」


「カーウィン君。レジ・アダマは蘇生召喚後も自分の意志で残ることができるようだぞ。彼自身がそう言っていた。これは新しい発見だ。知らなくても無理はない」


 キサラギさんは下級水魔術ウォーターで濡らした絹をボクの額に置いてくれる。


 リンジがレジ・アダマ?どういう事だ?死霊魔術を使った時は違うと断言していた。それが嘘なのか?本当は死霊魔術は成功していてボクはレジ・アダマを召喚していたのか?ううう、どっちが本当なんだ?リンジはどうしたいんだ・・・。


「話を続けようか」


 キサラギさんはボクの疑問が解消したと捉えて話を戻す。

 クルペン村の人々はこの村を救ったのはこの四人だと口を揃えて言ったようだ。そして騎士二人はボクとリンジがいなければこの村は今頃なかったと言った。だからリンジを蘇生召喚したボクが勲章授与と事情聴取の為に王国へと召喚されている。

 スレイブとミルディオットは中傷しており、今はクルペン村で療養をしているらしい。

 良かった。リンジがちゃんとボクのラ・フレアから救ってくれていた。あの時の光景は幻覚じゃなかったんだ。

 しかしバルドレは姿を消した。まさかラ・フレアに巻き込まれたのか?敢えて威嚇する位置に撃ったのにボクの想像以上のラ・フレアで骨も残さぬくらい消し炭にしてしまったのか?

 だとしたらボクは・・・


「バルドレはラ・フレアに紛れて逃げて行ったよ。俺がこの目で見た」


 リンジからの救いの手が差し出された。だけど今、リンジの言葉は信じるには難しかった。


「そうだ。自己紹介がまだだったな。上からで申し訳ないが、私の名はキュリア・キサラギ。ユージュアリー王国騎士団副騎士団長を務めている。そして順序が逆になったが、この度はクルペン村を救ってくれてありがとう。君がいなければギド帝国の手に落ちていた。不甲斐無い私を許してくれ」


 深々と頭を下げる。顔も近いけど、一番近いのは胸。当たりそうだ。


 もう頭を上げてもいいのにキサラギさんは頭を上げることはない。目を強く瞑って眉を顰めている。直ぐに駆けつけれなかった自分を戒めているのだろうか?それとも村で何か言われたことを思い出しているのだろうか?


「も、もういいですよ、頭を上げてください」


 何にせよ、見かねたボクが声をかける。胸も見ていたかったが、キサラギさんの表情は見ていられない。


「今度はボクの番ですね。下から出申し訳ないです、ボクはヨシュア・カーウィン、職業は・・・ないです・・・」


 そう、ボクは本当は無職なのだ。仮召喚士と言う肩書は無いに等しい。日々の生活は村での仕事を手伝って、もらった手間賃とお裾分けで生活している。毎年王国魔術師団に入る為に試験は受けてはいるが、結果は現状だ。


「あははは、君達面白いね。こんなに謝ってばかりの自己紹介なんて初めて見るよ。まぁでも俺はこの世界に来てから初めての出来事ばかりなんだけどね」


 そう自嘲気味にリンジは言った。


「レジ・アダマ殿もお疲れでしょう。王都へは半日以上かかります。一度カジフへ寄って一夜を過ごしてから王都へと向かいたいと思っています。ですので、王都への到着は翌日の午前中となるでしょう」


 カジフと言えばギルド、バカラ・スネークが造った王都とクルペン村の中間位置に存在する街の事だ。たまーに足を伸ばして利用している。


「カジフ?」


 ゴブリンも知らないリンジは勿論カジフも知らない。


「私が説明致しましょう。カジフとはギルド・バカラスネークが造った街です。ギルドはご存じで?」


 リンジは首を振る。ボクも説明したいが、何分疲れている、ここはキサラギさんに任せよう。


「ギルドとは国を超え、種族を超え、如何なる場合も中立な立場でいる事を確約した職業別組合です。冒険者・商人・手工業と言ったギルドが地方各地に多々あります。この王国の元締めであるギルド、バカラスネークは冒険者ギルドとして有名ですね。力の強いものやダンジョンを攻略する者が多く集まります。そのバカラスネークが七十七年前に造ったのがカジフという訳です。簡単に言うと自治団体が造った街です」


 うんうん、とボクとリンジは頷く。


 キサラギさんはボクが説明したいことをほぼほぼ言ってくれた。リンジも理解したようだし、後はカジフに着くまでボクはこの快適な時間を過ごそうじゃないか。


「そうだヨシュア君。これを飲めるかい?」


 キサラギさんが取り出したのは体内のマナを回復するための薬剤。マナポーションだった。


「えっと、この状態では厳しいかと」


 寝転がっていて、しかも手足が動かないとなるとどうやっても飲むことはできない。


「だろうな。嫌では無かったら私が飲ませてあげる事もできるのだが、どうする?私としてはマナポーションを飲んでほしい所存だが」


 キサラギさんに膝枕をされながらマナポーションを飲ませてもらう?何だかけしからぬ妄想をしてしまいそうだ。


「お、お願いします」


「では」


 きゅぽんとマナポーションの蓋が開く音がした後に、キサラギさんがボクの後頭部を辛くない程度まで持ち上げてボクの口にゆっくりとマナポーションを注いでいく。


 これは医療行為であって、更にはキサラギさんのご厚意である。決して母性を感じてなどいない。


 マナポーションを飲みつつ窓の外を見ると日が山に顔を隠し始めていた。

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