第7話 燃え上れ正義の上級魔術

「ちょっと待ったああああああああ!」


 大きく息を吸って叫ぶと、噴水の周りにいる全員が何事かとこちらへと振り向いた。


「なんだぁ?もしかしてあいつがヨシュアとか言う奴か?英雄気取りで登場か?おい!お前!マレッティオ兄弟はどうした!」


 ボクを視認したバルドレが声をかけてくる。


「倒した!ついでにオーガも!」


 またどよめきが大きくなる。村人たちは期待のどよめき、山賊たちは畏怖するどよめき。マレッティオ兄弟も自称であったが、山賊の中でも恐れられていた存在だ。主にオーガだと思うけど。

 その兄弟を倒したとあらば、慌てふためくのも無理はない。だがバルドレだけは慌てふためかずに静かに怒りを見せた。


「倒した?つまり、お前・・・我に嘘を付いたな?」


 バルドレが見やる先はミルディオット。


「いや、嘘はついていない!あいつがオーガなんて倒せるはずもない!そうだよな!ヨシュア!」


「そうだよ!ボクは下級魔術しか使えない!だからこれで勝ったんだ!」


 ボクは袋の中から一つの魔術本を出して見せつける。


「魔術本・・・なるほどな、そんな財宝を隠し持っているとはこの村に来た甲斐もあったものだ。だがしかし!一人で住んでいると嘘を付いた。あいつは何だ?村の者ではないないな」


 さっき一人でと言ってしまっていた。素直にリンジを死霊魔術で蘇えらせたと言えば、言い訳が通用するかもしれないが、そうなれば脅威であるリンジを消滅させる為に時間を使われ、リンジがいなくなってしまう。残り時間は五分もないだろう。


 ボクが答えに迷っているとリンジが前へと出た。


「あー、俺はレ・・・レジ・・・。あ、そうそう。レジ・アダマ。今からヨシュアの命でお前達を倒すから」


 ボクの迷いを断ち切るかのようにリンジは言い放ってしまった。


「ハッハッハッハ、そんなハッタリは通用しない。倒すだぁ?貴様この状況が見えていないのか?俺の腕の中にいる小娘が見えないのか?いいか?一歩でも動いてみろ、こいつを殺すからな」


 レジ・アダマがこんな青年な訳がないので、土壇場のハッタリとしか聞こえない。それにレジ・アダマの魔術本は絶版なのだから、こんなちっぽけな青年が持っているとは思ってもいないのだ。だから信じない。


「ねぇ?一歩以上動いたけど、どうなるのかな?」


 ボクの目の前にいたリンジは瞬く間にバルドレの懐へと移動していた。彼のヨウ術。誰も見抜けない術を発動して移動していた。高速移動の術なのだろうか?


「なんだ!」


 バルドレは咄嗟に突き付けていたナイフをリンジに刺そうとするが、リンジが肘でバルドレの手首を打ち上げた。強い反動でバルドレは仰け反り、その隙にミンフィリアを持っている右肩に正拳突きを入れた。

 痛みに体が反応してミンフィリアを掴む手が緩み、リンジは強引にもミンフィリアを奪い返して、ミンフィリアを取り戻した。抱きかかえたと思ったら、またリンジはヨウ術を使い、ボクの目の前へと帰って来た。この出来事僅か三秒。


 誰もが事の成り行きを見ているだけだった。助けられたミンフィリアもポカンとしていて自分の身に何が起こったのか解っていない。


「さぁ、やろっか」


 リンジは開戦の合図を告げた。


「殺せぇ!全員殺せぇ!」


 緊張していた場が緊張の糸を切って一気に戦場へと変わる。


 リンジはどうする気なんだ!このままじゃ村人までもが戦いに巻き込まれてしまう。これじゃあ十五人どころか皆殺しだ。いくら高速移動や無詠唱雷魔術が使えると言っても限度があるぞ!


 リンジは抱きかかえているミンフィリアを優しく地面へ置いてから、そのまま地へと手をつけた。


 スレイブとミルディオットは剣と杖を持ち既に襲い掛かって来る山賊達と戦っていた。だけど彼ら二人では抑えきれずに村人たちの方へと山賊が漏れて向かっていく。


 ボクも手に持っていた魔術本を開き、詠唱を始める。この本には中級範囲付加魔術ダラカカータが記載されている。効力は自分が指定した人達の物理的傷害の軽減。服や鎧などに付与する魔術だから、素肌には一切効果がない。でも布の服が革の鎧程度になるのだ、致命傷は避けられるはずだ。


「いやっはあああああ!!」


 山賊の一人が子供に斬りかかろうとした時だ。地面から光が一線飛び出て来た。その光が山賊の肩を掠めた時に、山賊が二十メートル後方へと吹き飛ばされていって民家の屋根に頭から落ちて行った。何かが、あった。

 得体の知れない何かに怖気づくことなく、一人の山賊がまた村人に斬りかかろうとする。だけど光の一線が邪魔をして同様に吹き飛ばされていく。


「なんだ!地面に何かいるぞ!」


 誰かが言った。絶対リンジの仕業だ。

 リンジを見るとリンジの臀部から神々しく光った尻尾のようなものが九つ生えていた。もう、驚かないぞ!


「まぁ、これで村人は大丈夫だから。気にせず戦いなよ」


 リンジがそう言うのなら、大丈夫なのだろうし、そう言える確信を見てしまったから安心できる言葉だ。リンジが消えてしまう時間までもうすぐ、さっさと山賊を追い払わなければ。


 袋の中から攻撃系の魔術本を取り出す。中級土魔術ロックサンド。効力は岩の壁を二つ生成し、相手を挟み込んでしまう術だ。人間に使おうが、魔物に使おうが岩に挟まれたら碌な死に方はしないので、違う使い方をする。


「大地の恩恵を身に受けよ!ロックサンド!」


 ロックサンドを発動する。ボクは村人達の左右に作り上げて、村人達を囲んでいた山賊を宙へ打ち上げる。急な出来事に対応できずに飛び上がった山賊は着地に失敗して、腰や背中を強打して悶絶している。復帰しようにもかなりの高さから落ちたのだ骨折はしているだろう。

 これでまともに動ける山賊は正面にいる奴らだけになったと言う訳だ。


 正面を見ると、スレイブが鬼神の如くバルドレと剣を交えていた。ミルディオットは三人の山賊と対峙している。ただ、一度抵抗した時の疲弊や傷があるのか、思うように動けていない様に見える。


「ねぇねぇヨシュア。ヨシュアが現段階で記憶している強い魔術って何?」


 ロックサンドで撃ちあがらなかった山賊を全て九つの尻尾で処理した後にリンジは訊ねてくる。


 ボクが使える強い魔術?そんなの下級炎範囲魔術のファイロだ。と、待てよ。リンジは"使える"ではなく"記憶している"と言ったな。それだと上級炎魔術のラ・フレアだろうか。

 ラ・フレアは上級炎魔術の中でも最上位の魔術に値する。詠唱時間こそ長く手間はかかるが、それに見合った効力を発揮する。半径五メートルは土でさえも異界の炎で焼き尽くすと言ったとても人に使ってよろしい魔術ではない。それに、マナの使用量も半端ではなく、使える人間も限られてくる。


「上級炎魔術のラ・フレアかな?」


 兎にも角にも答えておくことにした。


「おー、強そうだね。よし、使ってみよっか」


「そうだね!よーし!って、使えるかぁ!」


 リンジのボケにツッコミを入れるくらいは今は心と状況に余裕があるみたいだ。


「ものは試し用じゃない?できないって思っていたら、ずっとできないままだよ?」


 リンジはボクのマナ所持量の事情を知らないから、そんな無責任なことが言えるんだ。ラ・フレアを使うには王国魔術師団でも魔術師団長相当のマナの量がないと使えない。ボクなんかが詠唱できたとしても、発動はしないだろう。


「あっ!」


 ミンフィリアが小さく声を上げて、バルドレに苦戦しているスレイブを苦しそうな表情で見ている。丁度スレイブが脇を少し切られている場面をボクも見た。ここから見てても息が上がって肩で息をしている。剣の型が素人目にも崩れているようにも見える。これじゃあスレイブが死んでしまうのも時間の問題だ。


「ほら、いいの?」


 そう言ってリンジは何もしないし、してくれない。多分村人を護る事で手一杯なのだろう。彼のヨウ術だってマナを使っているはずなのだから。


「いいのって言われても・・・上級魔術は範囲が広くて人々を巻き込んでしまうかもしれないんだ」


 例え出せたとしてもラ・フレアは民家一つ程の大きさ。使用すれば近くにいるスレイブやミルディオットも消し炭になってしまう。


「そこんとこは俺に任せてもらって構わないよ。ね」


 任せてもらってもって。確かにリンジならば任せても安心だけど・・・。


 ふと、隣を見やるとミンフィリアがボクの事を見ていた。彼女はボクの事情を知っているが、言葉にはしないものの彼を助けてと訴えていた。

 そうだよ・・・ボクはそのつもりで来たんだ!皆を助けるつもりでここに立っているんだよ!怖気づくのは誰だってできる!


「だあああああ!!!やってやる!」


 ボクが詠唱を唱えると決意した時、足元から赤く光る魔紋が現れる。


 どうして発動直前の魔紋が現れたのかは知らないけど、体から溢れ出る力を抑えていられない。


「闇から出しモノたちの為に、光へと反逆を企てんモノ達の為に、我が糧となる血潮を捧げ、揺らめく黒炎に力を与えん。開け!黒の扉!異界の業火が地を焼き尽くす!ラ・フレア!!!!」


 目標を定め、叫んだ瞬間に指定した場所に球体の形をした黒炎が空間から突然現れて、ゆっくりと落下してくる。


「んなっ!これは!」


 そして地面へ接着した瞬間に轟音をあげながら地面を削り取るように燃やし尽くしていく。オーガが出現した時より大地は震え、まるでこの轟音は空が鳴いているようにも聞こえた。五メートルほど大地を燃やした後に、ラ・フレアは消えてしまった。


「上出来」


 ボクは朦朧とした意識の中でスレイブ達を例の尻尾でラ・フレアから助けて、やりきったボクを笑うリンジの姿を見た。


 その後、ボクの記憶はない。

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