第6話 人質

 ボクの家からクルペン村の中心の広場へと向かうにはまずは丘を駆け下りないといけない。それから雑木林を抜けて、商店通りへと入って行き、そこを先に進むと噴水がある村の広場へと辿り着く。 


 武術に長けているスレイブならば、そこで戦闘を行うはずだろう。態々追い詰められる路地へと行くわけがないからね。


 雑木林を駆け抜ける。ここだけは時が止まったように和に見える。見えるが近くの家が燃えているのが視界に入ると、ボクはボク自身の心を焦らせる。


 商店通りに出ると、より一層酷い現実がボクを襲った。商店通りの道は血にまみれ、数人の男女が横たわっている。動きはしない、死んでいるのだろう。小さな村だ、倒れている人は見知った人物のはずだ・・・だから見るのも嫌だった。実際に死人を見るのは初めての事で。


「うっ」


 ボクは胃から何かが逆流してくるのが解った。咽かえるような血の臭い、焦げ臭い家の焼けた臭い、そしてボクの深層心理にあるものが吐き気の原因だ。口を抑えて何としてでも耐える。

 ここで立ち止まる訳にはいかない。ここにはもう山賊の姿が見えない。それはこの村が制圧完了してしまった証拠か、制圧完了まで秒読みのどちらか。皆は広場に集まっているか、集められている。抵抗しているか、抵抗する人間がいなくなったか。どちらにせよ時間が惜しい。


 再度ボクは駆け出す。広場まではもう少し。もう少ししたら見えてくる。この角を曲がれば!

 ボクが角を曲がろうとした時、持っている袋をグッと掴まれて、曲がり角を曲がれずに元の通路へと戻される。袋を掴みボクを戻したのは誰でもない、リンジだった。


「何するンググ」


 声を出そうとしたが手を当てて口を抑えられる。握手した時も思ったがリンジの手は大きい。


 リンジは曲がり角の奥を黙って指さす。つまり広場を指している。なにやら静かにしろと言わんばかりの目で見つめてくるので、ボクは了解したと頷く。すると手を離してくれた。


 吸いたくない空気を小さく吸ってから広場をこっそり覗き見る。

 広場には四十人くらいの村人が集められていた。山賊は村人たちを取り囲み、下賤な笑みを浮かべていた。

 ボクは捕らえられている人達の中を見る。

 村長一家に鍛冶屋の親父、魔導具研究家夫妻にボクを弄りにくるガキンチョ数人。隠れて見えない人もいるが。美味しい料理をお裾分けしてくれるおばあさんがいない。生きていればいいが・・・。


 そんな村の人達に背を向けて二人の男性がバルドレと対峙していた。だけど、武器は一切構えずに、膝をついて正座をしている。一体どういった状況なんだ?王国騎士と魔術師二人でも敵わない相手だったのか?


 ボクは状況観察を続ける。


 バルドレは一人の女の子の首に手を回して逃がさない様にしていた。彼女は道具屋の看板娘ミンフィリアだ。バルドレは彼女を人質に取って二人の王国師団兵を地へと屈服させているのだ。村の英雄は既に侵略者に敗北していた。


「はっ!民の命を救うのが王国師団の務めだものなぁ!」


 卑怯な手を使い、勝利を確信しているバルドレがスレイブを見下しながら言う。


 ボクがいる位置は丁度出来事を側面から見れる場所だった。だからスレイブが俯きながら下唇を血が出る程に噛んでいるのも見えた。


「くそ!俺はどうなってもいいから村の人を解放してくれ!」


 悔しさで何も話せないスレイブを見てから、ミルディオットが叫んだ。


「青い、青いねぇ。貴様一人とこの村の価値、どちらが高いか考えて物事を言え」


 ミルディオットはバルドレの心を逆なでしたと思い、押し黙ってしまう。


「さて、この村はもう乗っ取らせてもらったな。それにしても丘の上に行ったマレッティオ兄弟が遅い。報告は?」


 バルドレが訊ねると隣にいた小さな山賊が答えた。


「へい、未だ兄弟からの連絡はありません。ここから丘の上を見ましても何も変化ないようですし、いつもの癖で甚振って殺しを楽しんでいるんじゃありませんかね?」


「・・・ッチ、これだから山賊など使いたくなかったのだ。時間が押せば王国師団が来てしまうではないか」


 そうだ。こんな火災まで起こしているんだから、近くにある他の村の人が気づいて王国師団を呼んでくれるかもしれない。


 あれ?でも王国師団が来たら、こいつらに勝ち目はないぞ?略奪するために来たのならまだしも、侵略をしにきたのだ。王国師団と事を構えた場合、どう事の始末をつけるつもりだ?


「伝達ゴブリンを一つ要請しろ!」


「へい!」


 小さな山賊が鞭を地面に叩きつけた。叩きつけた鞭の音が鳴り響く。それだけ。


「どうした?伝達ゴブリンを出せないのか?」


「へ、へい、そのようでして。マレッティオ兄弟が全て使ってしまったのかと」


「代わりのゴブリンはいないのか?」


「へぇ・・・従えてたゴブリンが一匹もいやしません」 


 バルドレは舌打をしてから丘の上にあるボクの家を見据えた。数秒後に前を向き直して、声を上げた。


「おい、本当にお前達二人だけが今ここにいる王国師団兵なのだろうな?」


「あぁ・・・そうだ・・・」


 隠し事をすれば人質の命がない事を解っているのだ。ミルディオットは悔しそうに言葉を返した。


「じゃあ、あの家には誰が住んでいる?」


 ドキッと心臓が跳躍した。ボクの事だ。 


「あそこには、魔術師見習いのヨシュアが一人で住んでいる」


「魔術師見習い?・・・そいつはお前達より強いか?」


「まさか・・・強かったらあいつは王国魔術師団に入っている」


 ミルディオットはせせら笑う様に言ってみせた。世間様の評価を間近で聞くと心と耳が痛いね。


「嘘・・・ではなさそうだな。はぁ・・・参ったな。これでは約束が果たせそうにない」


 バルドレは申し訳なさそうな演技をして片手で頭を抱えた。約束とは何の事だろう?


「おい!話が違うじゃないか!」


 黙っていたスレイブが片膝を上げて立ち上がろうとするも、ミンフィリアの頸部にナイフが強く押さえつけられる。少しだけ皮膚に触れたか、傷ができて白い肌から紅い血が漏れ出して肌を伝っていく。


 スレイブは怒りを堪えながら片膝を戻した。


「良い子だ。話が違う?約束は村の誰もが抵抗しなければ、誰も死ぬことはない。ただし、抵抗すれば一分おきに一人殺すと。そうだったな?まぁ、その言葉も聞く耳持たずにお前たちが抵抗したことで何人死んだかな?どうでもいいことなので我は覚えていないがね」


 なんだって!あいつらがやって来て直ぐに家に戻ったボクは勿論そんな約束は聞いていない。これから村を救おうにも村人を人質に取られていれば手を出す事ができない。抵抗できたとしても、この場に居る人間を護りながら戦う術はボクにはない。


 これって詰みに近い状況ではないか?


「そして、マレッティオ兄弟があの丘に行ってから十五分程度は経つな。意味解るな?」


 バルドレはニタリと口角を吊り上げて笑う。ボクは察した。あいつらは約束を破棄して十五人殺そうと言うのだ。初めに今手元にある人質から手を下そうと言っているのだ。悪党の考えだ、直ぐにでも察しがつく。


 だから直ぐにその場から出て行こうとした。奴らの前に行って、ボクの身を差し出す。それで事がどう転ぶかは分からないけど、全てはボクのせいなのだ。ボクがけじめをつけたいんだ。


 だけど体が前ではなく、後ろへと引き寄せられた。まだリンジが袋を掴んでいるのだ。


「駄目だよ、今行ったら確実に無駄死になる」


 小声でリンジがボクを行かせまいと止めた。


「今行かなきゃ行けないんだ」


「ヨシュアのせいだから?」


「そうだよ。ボクのせいでこれから十五人も死ぬんだ」


「でも、ヨシュアがいてもいなくても十五人は死ぬと思うよ?」


「そんなこと分からない!」


 もしかしたら、もしかしたらボクが死ねば十五人分は許してくれるかもしれない。約束を守らないと前例があるのに、そんな淡い期待を抱いている。


「俺はヨシュアと半刻も過ごしていないけど、ヨシュアを理解できないよ。ヨシュアは死にたいの?死にたくないの?どっちなのさ」


 リンジは首を傾げる。ボクは冷静になったと思う。誰も死にたい訳じゃないんだ。死ぬなら人の為に死のうと言う思いが強く前に出過ぎていて、死にたがりになっていたんだろう。考えを改めてからボクはリンジに答えた。


「死にたくないよ。だからさ、一緒に来て。そして村を救おう」


 リンジはボクの言葉を聞いたら袋から手を離してくれた。


「最初からそのつもりだよ。行こうヨシュア。村を救って、君も生きるんだ」


「うん!」


 決意を新たにボクとリンジは広場へと駆け出した。

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