第5話 異界の術

 リンジを蘇生召喚した時より辺り一帯は焦げ臭く、嫌な色をした煙が立ち上る。

 ボクは腰が抜けそうだったけど、なんとか震える脚に力を入れて立っていた。


 一体ボクは何を呼び出してしまったのだろうか?異界の王レジ・アダマよりも末恐ろしいモノではないのか?


「はひ?」


 ゴブリン達の死体を目の当たりにしてマレッティオ兄弟の兄の方が間抜けな顔をして変な声を上げる。


 間抜けな顔になるのも仕方のない事。一瞬だった。一瞬、数えて一秒で、ざっと二十体のゴブリン達は跡形もなくなり、いなくなった。彼らの戦力は一気に減って二人となってしまったのだから、そんな阿保面になるのも致し方ない。


 魔物使いには掟があり、その掟はボクでも知っている。魔物使いは魔物がやられてしまえば、ほぼ無力であるためにマナを残していなければ戦場では命を落とす。そうならないようにマナを温存していなければならないのだ。

 そんな彼らはどうだろうか?残りのマナはあるのだろうか?二十体もゴブリンを使役していれば相当なマナを食われるはずだ。戦えても下級魔術程度しか使えないはず。どうやら勝機はこちらにあるようだ。


「兄ちゃん、どうする?殺す?」


「愚問だ、愚問だ弟よ!あいつを殺さずにはいられるか!殺す、絶対殺す!殺すったら殺す、死んでも殺す!跡形もなく殺してやる!」


 自分の誇るゴブリン軍団が一瞬にして消滅したので語彙力低下の御乱心である。


 圧倒的力を見せつけられてもまだ引かずに戦う気らしい。ボクだったら危機を感じて一旦仲間の元へと戻るけど、リンジを一般市民と先入観で捉えているせいで自分達山賊が優位な立場にいると思い込んでいるのだ。


 マレッティオ兄は腰につけている短剣を抜き、こちらへ向かって駆け出してくる。それに続き弟は石斧を持ってのっそのっそと鈍足でやってくる。


 魔術系列の弱点は詠唱がある事だ。詠唱している最中に斬り捨てられれば元も子もない。そのために体には防御魔術をはっているのだが、リンジにはそれがない。肉眼では捉えにくい防御魔術だが、明らかにない。無詠唱が出来るから防御魔術を張っていないのか?


 マレッティオ兄もその事には気づいているはずだ。ボクより学はないが、ゴブリンを初めてみたようなリンジよりかは学がある。だからこそ突貫してくるのだ。


 リンジに教えたいが、もうマレッティオ兄弟が迫って来ている。


 マレッティオ兄はブツブツと詠唱しながら突っ込んでくる。

 鞭を媒体にして下級氷魔術ブリザをリンジの両脇に作り出す。ブリザは氷を創造する魔術だ、マナが枯渇すれば消えてしまうが、逆に言うとマナが枯渇するまで解けない氷を作り出すことが出来る。


 どうしてブリザをリンジの両脇に作り出したのかを考えていると、突貫してくるマレッティオ兄の攻撃をリンジはまた避けようとはしない。


 あっ、いやこれは避けられないのだろう。後ろにいるボクはブリザをどうして両脇に詠唱したのかを理解した。ブリザを両脇に詠唱したのはリンジの足を固定するためだ。両脇にあるブリザから氷の枝が伸びて、リンジの靴を固めてしまっていた。

 靴を脱いでいる時間も無いし体を逸らしただけで避けられる訳がない。なのにリンジは慌てずにマレッティオ兄を見据えている。


「死ねやーーーー!!!」


 奇声に近い雄たけびにを上げてマレッティオ兄は短剣をリンジの胸へと突き刺した。


 刺したはずだった。


 今の今までブリザに捕らわれていたはずのリンジが消えてしまっていた。


「どこにぶ!」


 マレッティオ兄が刺した感覚が無い事を不思議に思いつつもリンジを探していると、リンジが急に空中に現れてマレッティオ兄の顎を膝で蹴り上げた。マレッティオ兄は縦に長い、身長は約百八十はある。そんなマレッティオ兄の顎を膝で蹴り上げたのだ。


 ボクは目も頭も疑い始めた。今、現れたリンジはどう見ても空中から出現した。ついさっきまで地上にいてブリザで足を拘束されていたリンジが、今度は空中から現れてマレッティオ兄に脳を揺らがす一撃を与えていたのだ。もう何が何だかわからん。


「兄ちゃん!」


 リンジの膝蹴り一発で吹っ飛んだマレッティオ兄は丘をゴロゴロと転がっていく。そこへやっと追いついたマレッティオ弟に止めてもらい、焦点の合っていなかった目を元へと戻して、こちらを睨み付ける。


「兄ちゃん!あいつやべぇよ!魔人かなんかだよ!」


「んなわけあるか!くそが!防御魔術を張らなくても俺達に勝てるってか!虚仮にしやがって!弟よ!奥の手だ!」


「あれだね!あいつを出すんだね!」


「応とも!俺達兄弟が仲間達から恐れられている理由!言ってみろ!」


「それは俺達が誰も手懐けていないオーガを手懐けているから!だよね!兄ちゃん!」


 二人はペラペラと聞いてもいないことを話している。残虐性は置いておいて、山賊とはこんなに呑気なのものなのか?


 二人が詠唱を始める。いや!大変だ!呑気に見ている場合じゃない!オーガなんて魔物を連れてこられたら一溜りもないぞ!止めなければ!

 まだ体内に残っているマナを攻撃魔術に変換して吐き出そうとするとリンジがこちらへと振り向いた。


「ねぇねぇ、オーガってオークと何が違うの?」


 こちらも結構呑気だった。ボクはリンジに訊きたいことがあったが、取りあえず問いに問いで返すのも無粋なので答えることにする。


「オーガとはオークが突然変異で出来る魔物のこと。オークは知能が低いけどオーガは人間の言葉を理解し、意思疎通ができるくらい知能が高いんだよ。そのために扱える武器が人間に近くて、強靭な体に強力な武器が合わさってとても厄介な魔物なんだ。あ、派生に魔術を使うメイジオーガもいるよ」


「ふぅん・・・色々いるんだなぁ。てかヨシュア、君って図鑑みたいだね。訊ねたら何でも返って来そうだ」


「まぁ知っている事ならば?」


 少し鼻高くして言ってみたが、リンジは既に戦闘態勢に入ったようだった。聞き流されると恥ずかしいぞ。


 リンジが見据える先には詠唱も終盤に差し掛かったマレッティオ兄弟。呑気に説明何かしている場合じゃなかった。


 突然、地面が揺れる。ボクは納谷の扉を支えにして揺れに耐える。それほど大きな揺れなのだ。揺れは治まることなく、次第に丘の地面を隆起してゆく。その隆起した地面から手が生えた。その手は地面を割いて、手の下に続く巨体を顕にした。


 体長は二メートルは超えるだろうか。朱色の肌をして鉄製のメイルを着込み、鋼の剣を持ったオーガが地面から生まれた。なるほど、こうやってゴブリン達を村の中へ侵入させたのか。土属性の魔物ならば穴を掘って地面から侵入など朝飯前だしな。


「・・・コイツラカ?」


 オーガは瞑っていた目を開けて、マレッティオ兄弟に問う。


「そうだ!こいつらを共に殺そう!」


「オーガハ、ヒトリデ、ヤル」


「んなっ!指示に従え!」


「オマエタチ、オーガヲヨブノニ、マナツカイキッタ。オーガシタガワナイ」


「ぐぬぬ!くそが!まぁいい!あいつを殺してくれればいいんだ!四肢全て切り裂いてやれ!」


 自分が置かれている立場が解ったマレッティオ兄弟は大人しくオーガに従う。どっちが使われているのか、滑稽な姿である。


 オーガはリンジに向き直る。まだリンジは元に戻った鍬を持って待機していた。


「気をつけろ!そいつは無詠唱で消えたりする!」


 多分言った本人も、もう一度言えば、あれ?っと不思議に思う事を言ったと思う。ボクも焦っていたらそんなふわっとした浮ついた説明しかできないもの。


「ねぇねぇ、君さ、生きてるって事を考えたことある?」


 あろうことか唐突にリンジはオーガと話を始める。


「ヒトヲコロシタトキダナ」


 間髪入れずにオーガは答えた。やはり魔物は魔物。人間に害を成して生計を立てていると言っても過言ではない。


「やっぱり魔物は悪か」


 リンジはそう呟いてからさっきと同じように鍬に雷を走らせる。


 やっぱり魔術が使えるではないか!どうして術者であるボクに嘘を付く必要があるんだ!?ボクを不安にさせて何がしたかったんだ!?・・・もしかして試されていたとか?


「アグッ!?」


 鎌になったところまでは見ていた。なった時にはリンジは既にオーガの目の前で鎌を縦に振り下ろしていた。まただ、またリンジは一瞬にして移動し、一撃にして中級蛮族のオーガを一刀両断してしまった。


 オーガは半分になり、その場に大きな音を立てて崩れ落ちて、二つの残骸は丘から滑り落ちてゆく。


 誰もが予想しない結末に辿り着いたせいで場は風の音だけが支配してしまう。


 リンジが鎌を肩に乗せながらマレッティオ兄弟の方を向いた。


「次はお前等ね。大丈夫、半殺しだよ」


 こちらからはマレッティオ兄弟の顔しか見れないが、兄弟の表情だけでリンジがどんな顔をしてその言葉を言ったのかは想像できた。


 マレッティオ兄弟はリンジに半殺しにされた。状態は兄は両手損失。弟は両足損失。二人は手足消失時のあまりの痛みに気を失ってしまった。これで山賊業もできまい、生きていくのがやっとだろう。ボクの思っていた撃退とは違うけど、一応二人の山賊は撃退した。


 医療魔術が使えないボクは一応兄弟の止血と応急処置だけはしておいた。死なれては後味が悪い。リンジも止血を手伝ってくれたが、その間は一言も会話はしなかった。


 リンジを蘇生召喚できている時間も残り少なってきている。まだボク達はボク達に迫った危機しか解決していない。こうやって個々の山賊と戦っていては村を救うには時間がかかりすぎる。


 リンジは強い。無詠唱で上級魔術を放てるのは利点だ。だけど、どうして自分から攻撃を仕掛けないのか。その答えは明らかだった。マナ不足になりかねないからだ。雷魔術を打ち砕く土魔術を放たれた際のマナの減少量はこちらの方が多い。だから敢えて相手から纏まった攻撃を仕掛けさせて一網打尽にしたかったのだろう。


 ボクは死霊魔術と共に置かれていた魔術本をありったけ詰め込んだ袋を手にする。死霊魔術が成功しなくても失敗してもボクはこの魔術本で山賊とバルドレに戦いを挑んだのだろう。


「ヨシュア、それを使うつもり?」


 リンジはパンパンに膨れ上がった袋を指さした。


「勿論。魔術本はこういう時の為に使うんだ、肥やしにする為にあるんじゃない。それにリンジが消えちゃったらボク一人でもこの村を助けないといけないからね」


 ボクが最初に家へと逃げ帰った理由は装備不足だったからだ。家にはこうして武器となる魔術本がある、あいつらに本を取られるのも嫌だし、死ぬのも嫌だ。

 犬死はしたくない、やれることはやろう。幸い全ての魔術本の中身は記憶しているし、手順も簡単だ。もしもゴブリン軍団がまだいるのであれば数の有利でボクはやられてしまうかもしれないけど・・・。


「ヨシュアが話してくれた時から訊きたかったんだけど、ヨシュア以外に山賊とかを撃退する人間はいないの?警察とかさ」


「けい・・・さつ?あ、警備隊の事かな?それだったらこの村にはいない。この村は和なんだ、和過ぎて山を越えた先の国が敵だと理解できていないんだ。だから少なくともボクだけでも危機感を持っているんだよ」


 袋をポンポンと叩いてリンジに答える。本当はこの魔術本は両親が趣味で集めていた物なのだけどね。


「んーまぁ一人だけ危機感持っていても危ない人なだけだからねぇ」


 鍬を磨き終わり、ヨッと声を上げて立ち上がる。


「でも、スレイブとミルディオットならもしかしたら撃退できるかも」


 思い出したように二人の人物の名前を告げる。


 スレイブ。ボクと同い年で王国騎士団の優秀な新兵だ。マナはボクと同じくらい無いのだけど武術においては騎士団長に一目置かれるくらい長けているらしい。しがないボクとは大違いの村の英雄級の男だ。おまけに村一番の美女道具屋のミンフィリアと恋仲です。成功者め!


 ミルディオットはクルペン村の村長の息子で王国魔術師団に在籍している。スレイブより目立った功績はないが、かの王国魔術師団に入団できるのだ、誇り高いだろう。


 その二人が今休暇を貰って村へ帰省しているはずなのだ。


「おっ、じゃあ多分下で戦っているかもね。早く助太刀に行こうよ、ヨシュア」


「待って、ボクも一つ訊かせてくれないかな?君は魔術が使えないんじゃなかったの?」


 またもや一人勝手に納谷から出て行こうとしているのを止める。今度はボクの言葉を聞いてくれたようで立ち止まった。


「うん、使えない。魔術?武術?そんなのさっきは一回も使っていないよ?」


「じゃあ、あの雷付与魔術は!」


「あれ?あれかぁ。うーん何て言うのかな?生まれつき持った力・・・かな?とにかく魔術とかじゃないよ、強いて言うなら・・・"妖術"とか?」


 聞き慣れない術名だ。ヨウ術。さぞ強い術なのだろう。異界にある術だろうか?


 ボクはそれ以上訊かなかった。彼の生まれ持った力と言う言葉に怯んでしまった。追及するのが嫌だった。リンジはボクに無い特別なものを持っていると解ったから。聞きたくなくなったんだ。


「そっか。ごめんね、つまらない事を訊いて。時間も惜しいし村を救わなきゃ!」


 ボクは袋を担いで空元気でリンジの背中を叩き、今度は先に納谷を出る。


 リンジは何かを呟いてから後を追って来た。

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