第4話 ゴブリン
「よし、自己紹介も終えたし。早速行こうかヨシュア」
リンジは先に納谷を出るも、一歩出た所で足を止めてしまう。
ボクはリンジの背中から覗くように前の様子を見る。
前方には下級蛮族で有名なゴブリンの集団がボクの家を囲むように丘を上がってきていた。ゴブリン集団の数はざっと二十。さっき家の窓から外を見た時にはゴブリンなんていなかったのに!一体どこから現れたんだ!?
ゴブリン集団の後方では長身の山賊と横に太い山賊二人が待機していた。
魔物とは人に害を与えるモノ達の総称。その中でも人間と同じように族種で別けられ、職業や術と同じように階級がある。下級中級上級のカテゴリーは職業や術と変わらない。変わるのは呼び名だ。ゴブリンならば先述通り下級蛮族ゴブリンと呼ばれている。
ゴブリン一匹一匹は八歳くらいの男子程度の力と乳幼児並の頭脳しかないが、鼠のような異様な繁殖力で数の有利を作り上げて、数で戦闘を圧倒する種族である。放っておくと一国を築き上げかねない程の力の持ち主だ。まぁ上級魔術の前では数など一と万は変わらないので、内部に侵入されなければ一掃は楽ではあるし、そもそも統率力はない。と書物に書かれていた。
どうやらこのゴブリン達は野生のゴブリンではない。通常のゴブリンは目が赤く、黒目すらないのだが、ボク達を囲んでいるゴブリンの集団は目が黄色へと変色している。これは服従の誓いを立てさせられているゴブリンの目の色だ。
後ろにいる二人の山賊。彼らの職業は申請しているかどうか知らないが、魔物使いだろう。あの山賊達のゴブリンの服従限度は二十から二十五の間とみた。だとすれば一般の魔術師か武術士二人いれば勝てる!
こんな計算は見れば理解できる。解らない奴は勉強不足であり思慮不足だ。
「んん?ヨシュア、あれってもしかしてゴブリンって奴!?」
目をキラキラと輝かせながらリンジはボクに質問してくる。いたよ・・・ここにゴブリンを知らない奴が。
異界から来たにしても木と森を間違わないくらい常識的なゴブリンを、さも初めて見たような表情と言い草だ。それにしてもどうして喜んでいるんだ?今からあれらと戦うんだよ?
「そうだけど・・・まずい状況?」
ボクは家から持ってきていた杖を構える。まだ自称召喚術士(本当は仮召喚士)のボクは所持マナ量のおかげで、召喚術は使えず、下級炎魔術のファイアと下級範囲炎魔術のファイロしか使えない。しかもファイアは三発撃つのが限度、ファイロなんて一発だけだ。それ以上使えば体が持たない。
ゴブリンを一匹倒すのには三発で事足りるが、ざっと二十では絶望でしかない。
「いやー本物に会えるとは思っていなかった。本当に緑なんだな!ベジタリアンなのかな!いやでも人間とか襲うしな。うーん知識欲が高まる」
鍬を肩に担ぎながら唸るリンジをボクは見つめる。何か考えがあるから唸っているのだろう。ただゴブリンの生態を知りたいから唸っている訳ではないよな?そうだったら後で教えて上げるから、現状の打開策を考えてもらいたい。
そうもしている間にゴブリンの集団はボクの家を取り囲んでしまった。
丘の草原は壮大な緑色ではなく、頭に革の防具を被り、人を叩くためだけに作られた形をしたこん棒を持ち、どす黒い緑色の素肌をしたゴブリン達の色に染められていた。ゴブリン達は息を荒げながらボク達から五歩先程度の距離で棍棒を今かと今かと手持無沙汰に揺らしている。
「ありゃ~、誰かが家燃やしたかと思ってやって来たが一番乗りだとはツイてるな。そう思うだろ弟よ」
細めの体つきをして右目に傷がある山賊が下品に笑いながら隣にいる、左目に傷がある身体つきが太めの山賊に話を振る。
「そうだねぇ。俺達のゴブリンであいつら嬲り殺しにできるなんて最高だなぁ兄ちゃん」
二人で下品に煩く笑いあう。
ボクは感情を表に出す。眉間に皺を寄せて怒りを露わにする。人間を人間と思っていない発言が癪に障った。
ボクは怒りながらリンジも同じ表情をしているのだろうと思って表情を伺った。
無表情。
ゾッとした。先程まで彼はゴブリンに興味を示して喜んでいたのだ。だがあの二人が会話を始めた途端にこの顔である。笑顔もなく、怒りもない。あの二人を見る目には、まるであの二人が写っていないかのような目。リンジはあの二人がいる場所を見つめているだけだった。
「おいおいおい、見ろよ弟よ。あいつ鍬を持っているぞ?もしかして平民の分際で俺達山賊にたてつこうとしているのかな?」
「間違いないね兄ちゃん。あいつ生意気だね、どうする?」
「へっへっへぇ、マレッティオ兄弟が下す判決は、即死刑だ!」
兄ちゃんと呼ばれる山賊が魔物を操る媒体としている鞭をこちらに向けた途端にゴブリン達が雄たけびをあげて突進してくる。
ボクは今から死ぬのだろう。ゴブリンに何度も何度もこん棒で殴られ、痛みを感じなくなるまで甚振られ殺される。殴られている最中常々思うのだ。もっと良い人生になれば良かったのにと後悔しながら。両親に懺悔しながらボクは絶命してしまうのだ。
だけど諦めない。一体でもいいからボクはゴブリンを倒す。魔術も武術も扱えないリンジが一度死んだ命をかけてくれているのだ。ボクが命を賭けないでどうするんだ!ボクがここにいたのだと!抗ったのだと!生きた証を残すんだ!
下級炎魔術のファイアではなく、ボクは下級範囲炎魔術ファイロを唱え始める。これならばゴブリンを倒せないが、消耗させることはできる。そうすれば消耗したゴブリンに鍬一本でもリンジが勝てるかもしれない。
ただ、詠唱するのには遅すぎたか、既にゴブリンは目と鼻の先。ゴブリンは小さな脚で飛び上がり、こんぼうをボクの前にいるリンジに振り下ろす瞬間だった。リンジは避けることも、防ぐこともせずに立ち尽くしているだけだ。
どうして避けようとしないんだ!声を張り上げたかったけど詠唱中だ中断も出来ずに見ている事しか出来ない。
駄目だ、当たる。
ボクが瞬きをする暇もなく危険だと承知しているであろう彼に告げようとした時。
ボシュッ!
と、焼き切れるような音がして目の前のゴブリンの上半身が消え去り、奥にいる山賊の顔が見えた。
ボクもあの山賊と同じような呆気にとられた表情をしているのだろう。
脳が理解するのは直ぐだった。
「ギ?」
動物的直感だけでゴブリンは足を止めて、リンジから飛び退いた。ドチャッと、殴りかかろうとしていたゴブリンの下半身がリンジの前に落ちる。
何やら断面から煙が出ているし、焦げ臭い。落ちた場所からは緑色の血が地面に浸みて行き、丘の下へとゆっくりと流れ落ちて行った。
一体リンジは何をやったのだ?ボクにはゴブリンの上半身を消したとしか、到底理解できなかった。
「おいおいおい、何ですか?無詠唱魔術を使えるのか?でもゴブリンに対して雷魔術はない、ないない。学が無さ過ぎ!」
山賊が学を語るとは片腹痛い。でも言っている事は正しい。ゴブリンは土属性という属性に分類される。属性にはそれぞれ弱点があり、土ならば水に弱く、雷に強い。人間にも属性はあるけど今話している時ではない。
いくら雷に強いからと言っても下級雷魔術を五発真面にくらえばゴブリンは絶命する。だけどリンジが放った魔術はゴブリンの上半身を消滅させた。そんなことが出来るのは上級雷魔術だけだ。
上級魔術は必ずしも詠唱しなければいけない。いけないと言ったが、詠唱しなければ使えない前例しかないのだ。だから上級魔術を無詠唱で使える事など流動歴一度もない。ボクが読んだ本の中では一度も書いていなかった。
山賊はそれを知らないから無詠唱魔術だと言えるのだ。彼らにはただリンジが上級魔術を使っただけのように見えただけなのだから。
あり得ない。あり得ないが現にリンジはゴブリンの上半身を消して倒した。上級魔術と思われるもので、誰もの視界に捉えることなくしてゴブリンを葬ってしまった。
「兄ちゃん、あいつ中級くらいじゃね?」
「そうだな、弟よ。奴は中級くらいだな。無詠唱ができるとは聊か驚いたが・・・このマレッティオ兄弟の敵ではない!雑魚、雑兵!ゴブリン共!数で圧倒している!怯むな!やってしまえ!」
またもや山賊の合図で怯んでいたゴブリン達が指示に従って襲い掛かってくる。ボクはやっと事の重大さを思い出し、詠唱中断してしまっていた部分から詠唱を再開する。これならファイロの発動が間に合う!
「くら・・・え?」
ボクがファイロを唱えようとした時にリンジがボクの前に手を出して詠唱を止めた。そして肩に担いでいた鍬を右手だけで持ち、そのまま横に大きく振りかざす動きをした。
ボクはボクの目を疑った。鍬の先端が電気を帯びて鎌のような形をしているのだ。
ゴブリン達も気づいている。気づいているが勢いは止まらない。目の前の強大な力に圧倒される未来が待っていようが、命令に従うしかないのだ。
リンジの振りかざした鍬がスッと空を切った。
まるでスプーンでスープを飲むかのように軽く振っただけなのに、そうしただけでゴブリン達の首は全て胴体から切り離された。
彼は魔術が使えないと言ったが、それは嘘だったのだ。
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