第2話 失敗
流動歴1080年4の月。緑が栄える村、クルペン村の村はずれの丘の上にあるカーウィン家の納谷では非常事態が起きていた。納谷の小窓からは火事かと勘違いする程に非日常を彩る灰色の煙がモクモクと漏れ出している。
その納谷の中でボクは魔術本を持って立ち尽くしていた。
お手軽である魔術本を使うにあたって注意事項が一つある。
それは失敗しない事、失敗した場合は著者は責任を取りません。一番最後のページに小さく書いてある。それもそうだろう。どんな環境で、どんな場面で魔術本を使うか解らないのだ、失敗は少なからずもある。そのために資格がある訳だし、資格所持者ならば、そうそう失敗をすることもない。
失敗すれば悪の帝王が蘇える訳もなく、本に内蔵されたマナが無駄に消費されるだけである。上級魔術の魔術本なんて一冊二十金硬貨もするのだ。
二十金硬貨。これはボクのような平民が五年間日が昇ってから日が降りるまで働いた場合いに値する値段だ。
つまりはこの死霊魔術本は高価な物だ。
ボクがそうまでして死霊魔術の本を使った理由は別に好奇心とかじゃない。この村に危機が訪れているからだ。
クルペン村があるユージュアリー王国は二つの国と戦争していた。ユージュアリー王国を中心として南にあるダーウィン公国と北にあるギド帝国。この二つと三つ巴の戦争を二年間続けている。と言っても大きな戦闘は開戦当時だけで、今は両国とも冷戦状態だ。ダーウィン公国に至っては親交条約が結ばれる手前だ。
ユージュアリー王国は如何に冷戦であれど他の国を責めることはない。ユージュアリー王国にとっては護る為の戦争なのだ。ダーウィン公国までもを巻き込んだギド帝国が引き起こした戦争、仕掛けられた戦争なのだ。今は自国へ攻めてくるどちらかの部隊を王国騎士団や王国魔術師団が防衛し、いなすだけ。
ユージュアリー王国は三つの地域でできている。王都近辺の王都ユージュアリー地域に南西オーンデン地域、そしてクルペン村を含む北東ゴドダン地域。
クルペン村は王国からは遠く辺境の地にある。近くにサンドレ山岳があり、それを超えると北のギド帝国の領地となっている。だが、山岳を超えるには消耗が激しいのでギド帝国は一度もこの村にそう言った部隊を送ったことはない。立地条件が悪いのだろう。よく賊が押し入る村は二つ離れたユルサ村。そこは既に王国師団の警備隊が配属されるほどの手厚さである。
王国もこの村が襲われる事など予期していなかっただろう。それにユルサ村から警備隊を派遣すれば事が軽症で済むものだろうと思っていたのだと思う。
奢りだ。村の誰もが、王国の誰もが、奢りを抱いていた。
その結果がサンドレ山岳に住まう山賊と共に現れたのがギド帝国の将校の肩書を持った人物。名前はバルドレ。
先刻に山菜を詰みに出かけていたクルペン村の青年クアラが首だけになってバルドレ達と共に帰ってきた。その首を持っていたのは山賊の一兵、顔はフードを被っていたし、遠目だったから見えなかった。というか顔とかはどうでもよかった。
バルドレは大きく息を吸って宣言した。
「我はバルドレ!栄えあるギド帝国からの使者!本日より、この村を乗っ取らせてもらう!逆らう者は語らずとも解るだろう!」
ボトッと集まった民衆の前に首が捨てられる。誰かの小さな悲鳴が聞こえた。
その後バルドレ一同は村へと侵攻を開始した。女子供は捕らえられ、男は極力無力化された。
ボクはこの先の村を想像する。侵略された村の人間は人間とは扱われない。ギド帝国には奴隷制度があるのだ。王国が助けてくれるまで奴隷人生を味わうことになるだろう。そうなればボクの召喚術士の夢など水の泡だ。ましてや、体力に自信がないボクなど理不尽な理由で殺されるのがいいところ・・・。
そんな想像を頭の中でしたせいか、ボクはバルドレの不敵に笑う顔が怖った。あれだけ王国直属の召喚術士になりたいと願っていたのに、いざ敵を目の前にして、その場では手も足も出せなかった。震える事しか出来なかった。
村の外へと逃げようにも既に村の周囲は山賊達に囲まれており、村からは逃げ出すことは不可能となっていた。
騒動に紛れてボクは自分の家に逃げ帰った。何とかしたい。英雄になりたい訳でもない。王国の為に、村の為に、そして自分の為にボクはあいつらを撃退したい。
そんな思いを胸に帰宅して二分かけて辿り着いた答えが一つの本。
これがボクが上級死霊魔術に手を出した理由だ。
彼は魔紋の上で何が起こったかを理解せずに尻をついていた。ボクも黙って彼を観察する。
上下黒い服かな?どこかの騎士団の制服?ギド帝国の騎士団の制服にも似ている気がするけど、赤色とバルドレが着ていた服のように胸の帝国のマークが足りない。彼は昔ギド帝国で命を落とした者とか?
いやいや彼はレジ・アダマだろう。
彼は一度辺りを見まわす。自分の身に一体何が起こったのだろうか?そう言った感じだった。
石炭の匂いが充満するこの納谷に呼ばれた訳を解っているのだろうか?ボクも死霊魔術は初めてなのでだ、こんな呑気な時間がある事は知らない。
書籍によれば死霊は契約者に付き従い、命令一つで動くのだが、果たして彼は動いてくれるのだろうか?
彼は最終的に視線を目の前にいるボクに合わせた。
ボクは彼の目に少し怯んでしまった。
黒く。とても黒く。闇かと勘違いするような瞳。納谷が暗いせいで光を捉えていないのかもしれないが、それでも深さを覚える黒さだ。その黒い瞳と同色の手入れされていなさそうなボサボサの黒髪。蘇生時に発生した電気に当てられてそうなってしまったのか?
ただ、彼は本当に異界の王なのだろうか。噛んだのに異界の王の蘇生に成功してしまったのだ、レジ・アダマではなく、リンジ・アダマと間違ってしまったのだ。なのにここに彼はいる。
先程から考えても仕方のない事をずっと考えている。
この魔術本の著者アフラ・マンユ先生は有名な死霊魔術士で、自らがレジ・アダマを蘇らせることができる。レジ・アダマの詳細は書籍には乗っておらず、姿形は術を使った人間にしか解らない。だからボクはレジ・アダマの容姿を知らないのだ。
彼は未だに口を開こうとはしない。
ボクの指示を待っているのかもしれない。
考察をしている場合ではない。もしかしたらすぐそこに山賊かギド帝国のバルドレが迫ってきているかもしれないのだ。本の効力は三十分。三十分経過してしまえば、彼は受け取るマナを失い異界へと帰ってしまう。
彼が異界の王かどうかなんて気にしていられない。用は現状使えるか使えないかだ。
だったのならばボクがやることは一つしかない。
すぅっと深呼吸をしてからボクは高らかに告げた。
「レジ・アダマよ!外にいる山賊共を撃退せよ!」
胸を張り、威厳を纏った軍師のように、憧れていた召喚術士のように、ボクは異界の王?に指示をした。
これこそがボクが生涯かけてやりたかったことだ。今度は自分に力がついたら、もっと自信ありげにやってみることにしよう。
彼は徐に立ち上がり、後頭部をボリボリと搔いた後に気怠くボクにこう答えた。
「いやだ」
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