召喚術士と妖怪王

須田原道則

邂逅編

第1話 自己紹介

 初めに言っておく。これはボク、ヨシュア・カーウィンが人生最大の失敗をした物語だ。


 人は誰しも失敗をする。失敗を糧として成功へと繋げるのが常識であり、失敗をする前提でもある。但し、取り返しのつかない失敗だけはしてはいけない。


 いけなかったんだ。


 ボクはズボラな性格ではない。自分でも言うのはなんだが、几帳面だ。几帳面で律儀で礼儀正しく、折り目正しい。偽りなど無い。自分を偽ることは忌々しい事だ。

 そんな几帳面で律儀で礼儀正しく、折り目正しいボクが失敗をした。


 まずボクの事を話そう。


 ボクは家族代々召喚術士を継ぐ家柄である。両親はとある戦争で七年前に既に他界しており、ボクは一人村はずれに住んでいる。年齢は二十歳になった。嫁ぎにくる人もいなければ、思いを寄せる人物もいない・・・。いないのだ!

 そんなボクは召喚術士としては未熟であった。未熟だからこそ、基礎を怠ることもなく、日々精進して両親と同じような王国直属の一流召喚術士になるべく努力はしていた。ただ召喚術士においては、努力とは培うモノなだけで、発揮できるモノではない。努力とは騎士や竜騎士や肉体派の武術系列の人間がするものだ。魔術系においては体内にあるマナで格付けされてしまうのだ。

 どれだけ優れた術が使えようが、どれだけ優れた術を記憶しようが、使うにはマナが必要だ。マナが足りなければ術も使えない。


 カーウィン家はマナの量が人一倍、いや、三倍はある家系であった。

 ただし、ボクのマナの量は下級魔術を片手の指で折れる回数しか使えない程度だった。現実とは非常である。深く、深く、ボクの心は傷ついた。もしかしたらボクはカーウィン家最大のマナの保持者だと思っていた時期もあった。鼻高くして、片手で魔術を扱い、召喚獣を召喚し、戦場を跋扈する。そんな夢もみていた。勿論、今だって叶うと信じている。


 だからか、ボクは不運にもか、幸運にもか、魔術の中でも禁忌に近い魔術、死霊魔術へと手を出してしまった。


 この世の戦闘職業は下級から、中級、そして上級と格付けされ、それぞれの等級内で様々な職業が枝分かれしている。

 ボク、召喚士で言えば、魔術師が下級であって、召喚士が中級、召喚術士が上級である。中級と上級の名前が同じだと思ってはいけない。召喚士は物を媒体とした召喚をする。召喚術士は術を媒体とした召喚をする。ここを間違える輩がいる。ボクはそれがこの世で一番許せない、腹立たしい。右手と左手を間違えているようなものだ。常識が欠如している。これを間違える人間がいればボクは問答無用でひっぱたく。

 王様であろうと誰であろうと。


 本筋へと戻そう。


 ボクが手に取った死霊魔術とは上級職業の死霊魔術師しか扱えない術である。そんなものマナ不足で使えないとお思いだろうが、なんてことはない。初心者救済とでも言おうか。まぁ初心者を獲得するために魔術本と言う魔術に使用するマナが本に既に込められた本がある。無論魔術系統だけが優遇されている訳ではなく肉体派の方々にも武術本なるものもある。

 その本に書かれている手順通りに術を使えば、一度だけ書かれた魔術が内蔵されたマナを消費して使える。


 しかし誰もが気安く使える訳ではない。死霊魔術なら死霊魔術師の資格を取らなければいけないのだ。でなければ本を開くことが出来ないのだ。


 ボクはそこをクリアしているので本を開こうかと思う。


 著者。アフラ・マンユ。題名アヴェズダー。


【この本を読んだら、まず、閉じる事。


  白紙。


 また会いましたね。律儀に閉じたのか、ページを捲ったのか。果たして、それは筆者の私には解りません。それでは手順通りに死霊魔術をこなしていきましょう。


 まずは死霊魔術の基本、魔紋を書いて行きましょう。一部屋、そうですね、大体は一般家庭の寝室くらいのスペースは欲しいですね。そこに丸を大きく描いてください。貴方が上に立っても入れそうなくらい大きいのが良いですね。

 次に丸の中に五芒星を描いてください、できるだけ正確な方が良いです。

 書けましたらその上に拝火を置いてください。

 そして呪文を唱えましょう。


「我ここに汝を蘇生する。汝は我に従い、我は汝に魔素を分け与えん。出でよ、異界の王、レジ・アダマ」


 術後、三十分は本のマナで貴方に従います。本を破棄するか、時間経過で死霊は消えてしまいます。それではまた、同じ本か、違う本でお会いしましょう】


 こういった内容をボクは手順通りに行った。

 資格は魔術職なら全て持っているし、武術職においてもある程度の職の資格だけは持っている。噂ではボクの事を資格術士とも呼ぶ人間もいる。勿論、蔑称だ。


 そしてボクはこの召喚において失敗をする。魔紋は手の震えもあったが我ながら綺麗に描けた。納谷で描いたのがいけなかった?

 違う。悩みどころはそこではない。拝火が引火しない様に納谷にある藁も片隅に置いた。問題は次の呪文の詠唱なのである。


 ここまで前置きが長った。


 白状しよう。ボクは呪文の詠唱を噛んだのだ。


「我ここに汝を蘇生する。汝は我に従い、我は汝に魔素を分け与えん。出でよ、異界の王、リンジ・アダマ!」


 これがボクの人生最大の失敗。


 生き急いだのか、それとも上級魔術を使うにあたって緊張していたのか。更には焦燥感が体を支配したのか。どれもこれも纏めたうえで噛んでしまった。


 普通なら詠唱は上手くいかないはずなのだ。そんな人物は存在しないのだから術は失敗するのだ。


 だが、術は成功した。


 成功してしまった。


 成功してはいけなかった。


 後悔はしているし、彼にも謝罪したい。軽率で軽薄なボクを罵ってほしい。神様にも許しを乞わないといけない。


 はたして許してくれるだろうか。天は、世界は、こんなボクの願いを聞き入れてくれるだろうか。


 何度も言おう。これはボクが人生最大の失敗をした物語だ。


 どうか、最後までボクの失敗を笑ってみてくれ。


 ボクが死霊魔術で召喚したのは死霊ではない。


 見慣れない黒い衣服を着用した同年齢くらいの生きた人間なのだから。



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