第二十三節 逃げ出した猫
俺はひとりで町に繰り出していた。
みんなといる時も楽しいが、たまにはひとりもいいもんだ。
この辺りの通りは、高級品を売っている店舗が多く、歩いている人の身なりも上品だ。
武器屋はショーウィンドウになっていて、剣が飾られているのが見えた。
金色に輝く剣には無数のダイヤがちりばめられている。
こういった武器は、威力よりも見た目重視なのだろう。
ゲームでいう武器アバターみたいなものだ。
たまには魔法じゃ無く、武器を使ってみるのもいいかななんて思った。
武器屋のほかにも、靴やファッション系の店が並んでいる。
いつも同じ服だし、新しい服でも買うか。
ゲームやっていた時は、アバターに結構課金していた。
俺は見た目にもこだわるタイプだ。
ドレスショップのショーウィンドウを外から覗き込む。
城にいる貴族が着ているような、裾の広い単色のドレスが飾られている。
胸元に花が飾られていて、可愛らしい。
見とれていると、店内から女性が出てきた。
「こんにちは、中に入って見て下さい」
中に入ると、いくつものドレスが並んでいる。
肩が出たものや、足元にスリットが入ったセクシーなものなど様々だ。
「子供用もあるのか?」
「はい、ご用意しております。サイズを測ってオーダーメイドいたしますので」
店員は、眼鏡をあげてにっこりと笑顔を作る。
「例えばこれとか、幾らくらいするんだ?」
俺は、青いシルクのドレスを指差した。
「お高いんでしょう?」
「はい、そちらは金貨12枚となります」
金貨12枚?
金貨1枚=銀貨10枚=銅貨100枚で換金される。
この町のレストランでのランチが、だいたい銅貨10枚だ。
俺はコインの入った袋を覗き込んだ。
銀貨が3枚ほど入っている。
「なるほど……」
カランカラン――。
俺は扉の鈴を鳴らして、店を出た。
この世界にくる時に持ってきた金は、使い切った……。
というか、換金した全財産なんて実はほんの僅かで、飲み食いしてすぐになくなったのだ。
はぁ……働かねーとな……。
異世界にきても、結局やることは労働か……。
町の広場に人だかりができている。
「何の騒ぎだ?」
隣にいた男に話しかけた。
「王様がお触れを出したんだ……」
お触れ?
人だかりの中心には大きな板が立てられている。
そこに内容が書かれているのだろう。
「愛猫が行方不明だそうだ……なんと報酬がある」
金が貰えるのか……そりゃ、みんな興味津々なわけだ。
「見つけた者には、金貨50枚!」
なにぃ!?
あのドレスを買ってもおつりがくるし、当面遊び放題じゃ無いか!?
俺はすぐに寮に戻った。
そして、クローゼットで身支度する。
リビングに向かうと、ユリル、ミネルバ、ローズに、メグの姿も見える。
みんな王様の猫の話をしていた。
俺は、ハンチング帽を被り、口にパイプを咥える。
咥えているだけで火は付いていない。
「どうしたのそんな格好して?」
ソファでくつろぐローズが、問い掛けてくる。
皆が俺に注目していた。
「名探偵リボン登場!」
「はぁ……あんたもやる気なのね?」
金が掛かっているんだ……やるしかねーだろう?
「そういえば、アヒルの姿が見えないけど……」
「知らない……朝から見ないけど」
ユリルが答えた。
「アヒルちゃんも失踪……心配だ……探してくる」
「放っておけ、どうせ酒場で酔い潰れてんだろ?」
俺の言葉も聞かず、ミネルバは駆けだして行った。
「さて、これより……王様の猫調査を開始する」
俺がそう言うと、ユリルは乗り気で頷いている。
「城の中にいるんじゃないの?」
ローズはやる気なさそうに言った。
「それが、違うのよ……」
メグが言葉を返す。
「私とお父様……国王が馬車で移動中の時に、窓から飛び出してそのまま失踪しちゃったの……」
「まずは、現場検証だな……現場へ案内してくれ」
ユリル、ローズ、メグと共に、再び町に繰り出すと、町中の人が猫を探しまくっている。
「こりゃ……大事になってんな……」
「みんな、ごめんなさい……」
メグが謝った。
「いいんだよ……どうせ、みんな金目当てでやってんだから」
「中央通り……確かこのあたりよ」
メグは、通りの書かれた立て札を見て立ち止まる。
「ふむふむ……」
俺は懐から虫眼鏡を取り出し、それで辺りを見て回った。
この辺り一帯は、料理屋が並んでいるようで、焼き魚の良い匂いがしてくる。
「おいしそうな臭い……」
ユリルが呟いた。
「さっき、昼食ったばかりだろう?」
「ち、違うし……事実を言っただけでしょう? まだお腹減ってないんだから!」
ユリルは、顔を真っ赤にして反論してくる。
「魚が好きなのよ……」
メグは言う。
「ち、違うったら!」
メグの言葉に対しても、ユリルは否定する。
「ごめんなさい……私は猫のことを……」
「な……!」
ユリルはさらに顔を赤らめた。
「きっと、この臭いに釣られて飛び出したんだな……ユリルじゃないけど、美味そうな臭いだ」
ユリルを見ると、もう泣き出しそうだった。
かわいそうだから、この辺にしておいてやるか……。
店員の痩せた男が、店の窓を開け団扇をパタパタと叩いていた。
俺は、その男に猫のことを聞いてみた。
「まったくドジな男だよー」
答えたのは痩せた男では無く、奥からやってきた太った女性だ。
「王様の猫だと知っていたら、保護していたのに……」
太った女性の話の後に、痩せた男も続けた。
「魚咥えたから……泥棒猫ーっ! って言って追い掛け回したんだ」
「どっちへ行った?」
「向こうの方へ」
痩せた男は、裏路地を指差した。
「聞き込みするなら、手分けして……」
メグの言った言葉に、俺は首を横に振った。
「いいや……これだけの人が、町中を探して見つからないとすると……」
「見つからないとすると?」
ローズが聞き返す。
「猫は、町の人が探せない場所にいる!」
皆が俺に注目した。
「――城だ!」
俺たちは、城に戻った。
今日は、謁見の間が一般開放されている。
そこに辿り着く前に、兵士による身分証明と厳重な荷物検査が執り行われた。
謁見の間には赤いカーペットが敷かれ、一番奥にフォレスティア国王が玉座に腰掛ける。
八百屋、武闘家にレストランのウエイトレス、様々な職業の人が猫を抱えて並んでいた。
ひとりひとり猫を国王の前に差し出すが、国王は首を横に振る。
国王は、口と顎にふさふさで真っ白なヒゲを蓄え、体にも脂肪が蓄えられ丸みを帯びている。
国王の隣に立つ側近の男が口を開く。
「まったく……どいつもこいつも、金目当てで適当な猫を連れてきおって!」
「もうよい……もうよいのだ……きっとワシに愛想をつかせて出て行ってしまったのだ」
国王は悲しそうにうなだれる。
「お父様……」
メグは心配そうに国王を見つめた。
「大切な猫だったようだな?」
「えぇ……食事の時も寝るときもいつも一緒だったのよ……」
俺の質問にメグは答える。
俺は、並んでいる人々を押しのけ、国王の前に立った。
「諦めるのは、まだ早い」
「何やつ?」
側近が声を掛けてくる。
「見た目は子供、中身はおっさん……その名は、名探偵リボン!」
「え? 中身はおっさんって……どういうこと?」
メグが聞いてくる。
「いや……気にしないでくれ……」
「探偵か? これは頼もしい!」
国王は、期待の眼差しで俺を見る。
「城内は調べましたか?」
国王は首を横に振る。
「町中ではぐれたのだ……城にいる可能性は低い」
「そうとは断言できませんよ?」
俺は国王に言った。
「猫には、帰巣本能があるとかないとか言われています……遠く離れた場所からでも、城に戻ってこようとしているかもしれません」
「ふむ……なるほど……」
国王はヒゲを触り頷いた。
「私にお任せを……」
俺はそう言って、ユリルたちの元へ戻った。
「こんだけ広いお城だと、探すのに時間が掛かりそうね」
ユリルが声を掛けてくる。
「いいや、俺たちが探し回る必要はない……向こうから、きて貰うんだ」
「どういうこと?」
ローズは不思議そうな顔を浮かべる。
「王様の猫は焼き魚の臭いに反応して飛び出した……」
「わかった……エサでおびき寄せるのね?」
メグの答えに、俺は親指を立てる。
「その通り!」
俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした。
「へん――、しん――」
俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。
魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。
着ていた服は消え裸になる。
「おぉっ」
猫を抱えた町の住人と兵士から声があがる。
国王もジロジロと俺を見ていた。
恥ずかしい……。
そして、煙に包まれた。
ぼわん――。
何のモンスターに変身したのか?
体は幾つもの鱗に覆われている。
しかし、リザードマンではない……。
倒してないしな……。
手足をみると、ヒレだった。
どう考えても、魚だ――おそらく、川魚のなにかだろう。
それにしても……生臭い……。
最近だと、うまいこと自分の望むモンスターに変身できるようになってきたな。
俺の姿を見て、ユリルとローズはあからさまに不快な表情を浮かべる。
そして、数歩後ずさりした。
「きもい……」
ユリルが口ずさむ。
鏡に映る俺の姿は、まるで半漁人だった。
「モンスターだ! 取り押さえろ」
兵士たちが俺を取り囲み、槍を突きつけてきた。
「待ってください! この方は私の友人です」
メグが兵士を制した。
「助かったよ」
俺がメグに声を掛けると、メグはにっこりと微笑んだ。
流石に今日の出で立ちは、モンスターに思われてもおかしくないな……。
「さて……魚に変身したことだし……あとは」
「あとは……焼くのね?」
ローズはそう言って、両手に炎を灯す。
「待て待て! ちょっと待て!」
俺は慌てて手を振った。
「不味そう……」
ユリルは、嫌な顔を浮かべてそう言った。
「やかましい!」
俺はメグに話しかける。
「猫の特徴を教えてくれ?」
「毛が長くて、目が細くて……」
「ふむふむ……」
俺はメモを取る。
「体がこれくらい大きいの」
メグは両手を一杯に広げた。
「さすがに、そんなにでかくないだろう?」
「食べ過ぎちゃって大きくなったのよ」
いいなぁ……きっといいもの食ってんだろうな……。
「それで、面白いのがね……ふふっ」
メグは笑顔を浮かべる。
「フンガフンガ鳴くの」
「……猫だよな? ニャーじゃなくて?」
「息づかいが荒くて……ふふっ」
ドタドタドタドタ――。
足音が聞こえる。
床が僅かに揺れていた。
きたか――!?
謁見の間の入り口から巨大な生物が姿を現した。
毛が長くて、目が細く、体の大きさが1メートルほどある猫らしき豚……いや、豚のような猫が、まっすぐ俺目がけて走ってくる。
フンガフンガフンガフンガ――。
鼻息を荒立てて、涎を垂らして突進してきた。
まさに、メグの説明どおりの猫だった。
「おぉ……ワシのペルシャン!」
国王は、その姿を見て歓喜の声を上げた。
猫の背中に何かが乗っている。
「カツヤー、捕まえてー!」
アヒルだ――。
アヒルは、猫の背中に噛みついていた。
「泥棒猫よ! 私のおやつ食べてたのよー! この豚猫ーっ!」
そう言って、背中をペシベシ叩いていた。
「知り合いの肉屋に売り飛ばしてやろうかしら?」
「おまえ……それ以上喋るな!」
その夜王宮の食卓で宴会が催された。
俺たちは、国王と同じテーブルで食事をとる。
肉や海産物など、豪華な料理が5分おきに運ばれてきた。
「おいひーっ」
ユリルは、幸せそうな顔で料理を口に運んでいる。
「んまんまんまんま!」
アヒルは、次から次へと貪り食う。
「はっはっはっ、愛猫ペルシャンが戻ってきたのも、名探偵リボン嬢のおかげ」
「いやー、そうでもないよー」
俺は、すっかり王様と打ち解けていた。
「そうじゃ……とっておきの酒がありましてな」
俺は、国王に酒を注がれた。
「いやー……俺、未成年ですから……」
「まぁまぁ、そう言わず一口だけでも」
国王に勧められた酒を断る訳にもいかないので、俺はグラスを手に取った。
「かんぱーい」
チーン――。
国王と一緒にグラスに口を付けた。
な、なんだこの底知れぬ旨さは……。
口の中に広がる甘みと酸味のハーモニー……。
まさに、快感……。
「なぁ王様……この酒はなんて言うんだ?」
「ワシの誕生祭の時に献上された酒……ゴッデスブレス」
ブーッ――。
俺は酒を吹き出した。
ギュルギュルギュル――。
「は、腹の調子が……」
「ワ、ワシも……」
「ちょ、ちょっとトイレー!」
俺はすぐさま駆けだした。
「トイレはどこだーっ!」
「待てーっ、ワシが先じゃーっ」
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⇒ 次話につづく!
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