第二十四節 禁じられた魔法

 俺は、アヒル、ユリルと一緒に、朝から買い物をしに町に繰り出していた。

 大通りが通行止めになっている。

 警備の兵士が至る所に見えた。

「なにか物々しいな……」

「隣国の王子がきてるって、朝礼で言ってたわよ」

 アヒルは答える。

 今朝は寝坊して、朝礼に参加していなかった。

 俺が寝坊したということは、当然ユリルも起きられていない。

 毎朝、俺が頬をつねって叩き起こしているからだ。

 ユリルは、隣で眠そうに目を掻いていた。

「な、なに見てるのよ?」

 ユリルは、顔を真っ赤にする。

「見ちゃだめなのかよ?」

「きょ、許可をとってよね?」

「じゃあ、見ない……」

 そう言うと、ユリルは寂しそうな顔を浮かべる。

「じゃあ……見せてください……」

「え……?」

 今度は、また顔を赤らめた。

 まったく……なんなんだ。

「隣国っていうと……あれか?」

 俺は、アヒルに問い掛ける。

「ヘルシャフトブルク……」

 アヒルは、眉をひそめてそう言った。

「あの、いけ好かない王子様がきてるのか……」

「言葉に気をつけなさい……聞こえでもしたら打ち首よ?」

 隣国の王子様見たさに、野次馬が道に溢れている。

 特に女性が多い印象だ。

「王子様かぁ……憧れるよね?」

 ユリルが言う。

「へぇ……」

 女心は、俺には分からんな……。

 なにせ、中身おっさんだからな……。

「今日、ミネルバはどうしたんだ?」

 アヒルを片時も離さないのに、朝から姿が見えない。

「剣術の稽古するって……」

 アヒルが答えた。

「大会があるそうよ」

 そういえば、町のあちこちにビラが貼ってある。

『剣術大会参加者求む』

 これか?

「まぁ、ミネルバなら余裕で優勝だろう?」

「そうね……この国でもあれほどの強さの人はいないわよ」

 アヒルは、俺の頭の上でそう言った。

 大通りは人で溢れて通れないので、俺たちは路地に入った。

 いつもは通らない道だ。

 細い道で人通りは殆どない。

 さびれた商店街といった感じだった。

「もしもし……若いの?」

 不意に後ろから声を掛けられる。

 振り返ると、杖をついた老婆が俺たちの後ろに立っていた。

 さっきまで誰もいなかったのに……いったいいつの間に?

「魔法に興味はおありかね?」

 おそらく俺たちの姿を見て、声をかけてきたのだろう。

 俺はともかく、ユリルはいかにも魔導師――って出で立ちだ。

「表には出回っていないものを揃えているよ……ヒヒヒ」

 老婆は、一本しか無い歯を見せて卑しく笑った。

「よしなさいカツヤ! ろくなもんでは無いわ」

 アヒルが声を上げる。

「どういうことだ?」

「この国で禁止されている魔法を売っているのよ……他人を呪ったりして不幸にする魔法よ……そういうたぐいは禁止されているわ」

 御法度の魔法か……。

 俺が今まで覚えてきたのは、生活を便利にする魔法だったな。

 他人を不幸にする魔法……売っている奴がいるということは、当然買う奴もいる。

 人間同士の恨みや憎しみは、ファンタジー世界でも変わりなし……か。

 俺たちは、老婆を無視して歩き始めた。


 城の食堂で昼食を取ったあと、俺はリビングで寛いでいた。

「ねぇリボン……書庫の整理手伝ってくれない?」

 ローズに声を掛けられる。

「この本、倉庫にしまってきてほしいの」

 居候の身だ……せめて手伝いくらいはしないとな。

 俺は、本の束を抱えて倉庫に向かう。

 城の中は広い、未だに道を覚え切れていないし、立ち入ったことの無い場所もあった。

 城は敵に容易に攻められないように、わざと複雑な作りにしていると聞いたことがある。

 RPGのダンジョンじゃないけども、まるで迷路のようなつくりだ。

 だから――、迷った。

 たしか……倉庫は地下にあったよなぁ……。

 窓の無い通路を歩いていると、何階にいるのかも分からなくなる。

 通路の先に人影が見えた。

 しめた……あの人に聞いて見よう。

 その男は、俺にはまだ気づいていない。

 猫背でぎょろ目の気味の悪い奴だったので、声を掛けるのに躊躇した。

 そうしている間に、男は通路の先の暗がりへと消えて行く。

 どこかの召し使いだろうか?

「おいキミ、こんなところで何をしている!」

 後ろから声を掛けられた。

 この城の兵士だ。

「ここから先は立ち入り禁止区域だ」

「倉庫に行きたいんだけど……迷っちゃって……」

「それなら逆方向だ……真っ直ぐ行って突き当たりを左だよ」

 俺は礼を言って、教わった道を進む。

 立ち入り禁止区域って言っていたけど……あのぎょろ目、その方向に消えて行ったな……。

 俺は無事に倉庫に辿り着き、本をしまった。

 リビングに戻ると、アヒルに誘われた。

「剣術大会見に行きましょうよ」

 ミネルバが出るなら、応援しないとな……。

 城の横には、闘技場が併設されている。

 いわゆる、コロッセオだ。

 今回のような剣術、武術の大会や、魔術大会など、催し物がある時に使われるそうだ。

 今日は一般開放されていて、身分証があれば誰でも中に入ることができる。

 俺とユリルは、リリィから貰ったバッジを胸に付けた。

 国家魔導師としての証明になるらしい。

 バッジの種類はいくつかあって、魔導師の階級ごとに分かれている。

 俺たちは見習い扱いだから、最下級のバッジだ。

「わたしも早く上級のバッヂ欲しいなぁ……」

 ユリルがバッジを見て呟く。

「モンスター討伐などで実績を認められれば、階級は上がっていくわ」

 アヒルが答える。

「あとは、生活に役立つ魔法の研究とかかしらね」

「なんだよ、その便利グッズ的な扱いは……」

「魔法が売れれば、魔導師協会も儲かる……」

「結局金か……」

「しょうがないじゃないの……国も魔導師協会も、お金がないと何もできないのよ」

 魔法も金儲けの道具か……ロマンが無いなぁ。

 俺たちは、闘技場の客席に腰掛けた。

 闘技場は広く、何万人という人が観戦している。

 俺たちは、野球場の外野席のような場所から観戦していた。

 向かい側にはVIP用の個室が設けられ、国王とメグの姿も見える。

 戦士たちの白熱した戦いは、数時間にも及んだ。

 試合はトーナメント形式で、ミネルバは順調に勝ち上がっていった。

 そして決勝戦――。

 その対戦相手は、ヘルシャフトブルクの王子ヴァイスハイトだった。

「ミネルバーやっちまえー、高慢ちきの鼻をへし折っちまえ」

 俺は野次を飛ばす。

「こら、やめなさい……聞こえるわよ」

 アヒルが言った。

「聞こえるように言ってんだよ」

 カーン――。

 試合開始の鐘が鳴る。

 その合図と共にミネルバは、一気に間合いを詰めた。

 シュン、シュン、シュン、シュン――。

 目にも留まらぬ速さの突きが繰り出される。

 ヴァイスハイトはすべてが見えているのか、難なく剣で受け流した。

 ミネルバのレイピアが止まる。

 ヴァイスハイトは一歩後ろに飛び跳ねた。

 彼の表情には笑みがこぼれ、余裕を見せる。

 一方のミネルバは、緊張の面持ちである。

 あのミネルバの剣さばきを、いともたやすく受け流すなんてな……。

 二人は剣を構えたまま、一定の距離を取っていた。

 ミネルバが、間合いを詰めようと一歩前に出た時だった。

 ヴァイスハイトの体が光る。

 そして、次の瞬間にはミネルバの後方に移動していた。

 剣士のスキル瞬間地点移動ブリンクを使ったのか!?

 速すぎて何も見えなかった……。

 ミネルバは片膝を突いた。

「うおぉぉぉぉぉっ――」

 静まりかえっていた客席から、いっきに歓声がわき起こる。

 三人のジャッジが旗をあげた。

 ピーッ――。

 主審は笛を鳴らす。

「勝者ヴァイスハイト殿下」

 あの男……強いな……。

「あーあ……残念だったわねぇ……ミネルバの所に行きましょう?」

 アヒルはそう言って、ユリルと共に開場の外へと駆けだして行った。

 俺は、しばらく眺めていた――ヴァイスハイトと言う男を。

 なぜ、あれほどまでの強さを手にすることができたのだろうか?

「おおっと、ヴァイスハイト殿下は、次の挑戦者を受け付けるようです!」

 司会者がそう言うと、再び開場は歓声に包まれる。

「ありゃ……使っているねぇ」

 俺の耳元で、ぼそっと誰かが呟いた。

 振り返ると、今朝路地裏で声を掛けられた老婆がそこにいた。

「動きを封じる魔法じゃよ……」

「あいつ、魔法を使っているのか? そんな素振りは……」

「試合前に祈っていたじゃろ? あの時に詠唱していたのじゃ」

「そんなの使ったらばれるだろう?」

「ほんの少しだけ掛けることで、気づかれないようにしている……やり慣れておるわい」

「インチキか……」

「ばれなきゃ正攻法なんですよ……どうです? 試しに使って見ますか?」

「あいつに一泡吹かせられるかも知れねーな……でも、俺金持ってねーから」

「一回だけの無料お試し契約ができますじゃ……」

「なに、本当か?」

「もし気に入って貰えたら、ごひいきにして下さいな……ヒヒヒ」

 俺は、老婆から魔法書のページを受け取った。

 御法度の魔法か……。

 一度だけなら……。

 俺は魔法書のページに書かれた呪文を詠唱した。


 この地を彷徨う怨霊よ。

 我がマナを対価とし、そなたの力を貸し与えよ。

 時は今に、場は我が両の手に。

 忌まわしき悪鬼を、呪い殺さんが為に。

 契約の刻印に魔導師リボンの名を刻む。


 俺はナイフで親指を切って血判を行った。


 今ここに今宵限りの契約が交わされた――。


「さぁ……ほかに挑戦者は?」

 司会者が開場を見渡す。

「はーい」

 俺は手を上げて、闘技場の中央へと歩いて行った。

 手にはステッキではなく、武器庫にあった子供用の剣を持ってきた。

 会場がざわつき始めた。

「こ、これは、可愛らしい挑戦者さんだ!」

 俺はヴァイスハイトの正面に立った。

 すると、彼はまいったと言わんばかりに両手をあげる。

「ハッハッハッハッ」

 会場中から笑い声が溢れ出す。

「カツヤ! ミネルバも歯が立たなかったのに、あんたが勝てる分けないでしょう?」

 アヒルが、選手入場口から声を上げた。

「余興だよ余興……開場も盛り上がっているだろ?」

「両者構えて……」

 主審の言葉に従い、俺は剣を構える。

 そして、ヴァイスハイトに話掛けた。

「どうした? 祈りはいいのか?」

「なに?」

 主審は掲げた腕を振り下ろした。

「試合開始!」

「それなら……代わりに俺が祈りでもするか……冥府ノ束縛タルタロス・シャックル

 詠唱すると、ヴァイスハイトの足元に真っ黒なすすが発生した。

 そこから、まるで手のような煙が立ち上がる。

 それは、ヴァイスハイトの足を掴み、別の手は体を伝い彼の腕を拘束する。

「き、貴様……」

 主審を見るが、気づいていない。

 どうやら、ほかの者には見えないようだ。

 俺は剣を振りかぶり、ヴァイスハイトに向けて振り下ろした。

 カーン――。

 拘束されているにも関わらず、ヴァイスハイトは剣で受け止める。

「へぇ……おっさん、やるじゃねーか」

 カーン、カーン、カーン――。

 俺は何度も剣を叩きつけた。

 そのたびに、ヴァイスハイトは剣で受け止める。

「おおっと、ちびっこ女剣士優勢か?」

 司会者がそう言うと、会場は歓声に包まれる。

「うおぉぉぉぉっ」

 ヴァイスハイトは足を拘束されているため、後退することもできずバランスを崩した。

 その瞬間、俺は剣を足元から思い切り振り上げた。

 カーン――。

 そして、ヴァイスハイトの剣をはじき飛ばす。

 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン――。

 その剣は回転し、地面に突き刺さった。

 俺が剣の先端をヴァイスハイトに向けると、彼は両手を挙げた。

 主審は両手を頭の上で大きく振った。

 カーン、カーン、カーン――。

 試合終了の鐘が鳴った。

「これは、ちびっこ女剣士の勝利です……ヴァイスハイト殿下、少女に花を持たせました」

 パチパチパチパチ――。

 会場から拍手が巻き起こる。

「わーい、やったー」

 俺は大げさに飛び跳ねた。

 ヴァイスハイトと握手を行い、彼とは反対側の選手控え室に向かった。

 途中振り返ると、ヴァイスハイトは険しい表情で俺を睨んでいた。

 ちょっとやりすぎたか……。

「カツヤ……あんた……」

 控え室に戻ると、アヒルが声を掛けてくる。

「あいつも使ってたんだ……お互い様だろう?」

「その魔法……どこで……」

「一回きりだ……もう使わねーよ」

 俺は再び反対側の選手控え室に目を向ける。

 ヴァイスハイトは、背の低い男と話をしていた。

 その男には見覚えがあった。

 城の中で見かけた猫背でぎょろ目の男だ……。

 ヘルシャフトブルク陣営の人間だったのか……。

 その夜は、お祭り気分で夜遅くまで飲み明かした。


 翌朝、会議室に向かって歩いていると、兵士が絶え間なく駆け回っている。

「なにかあったのか?」

 俺は兵士に声を掛けた。

「はい、立ち入り禁止区域に侵入者があったもようです」

 そこへ別の兵士が走ってきて合流した。

「おい、これが手配書だ……」

 その兵士は、手にしていた紙を周りの兵士に見せた。

 俺もそれを覗き込む。

 手配書には、男の顔が描かれていた。

 それは、目がぎょろっとしている男だった。

 こいつは……昨日の……。

 また別の兵士が駆けよってくる。

「おい、大変だ! 死体が見つかった」

 兵士たちは、一斉に駆けだした。

 俺も後を追った。

 城の裏手の一目に付かない場所で人が倒れている。

 ぎょろ目の男だった――。


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⇒ 次話につづく!

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