第二十二節 ひとりぼっちの子犬
俺はアヒル、ユリル、ミネルバと共に、リリィに頼まれた買い物をしに町に繰り出していた。
「こっちよ」
アヒルは大通りから外れた道を指差す。
「市場に行かないのか?」
「市場だと、野菜しか手に入らないから……」
やがて、人通りもまばらな住宅街にさしかかる。
そこには大きな建物があり、たくさんの人がそこに出入りしている。
中に入ると、フロア一面に野菜や果物、肉に魚が並べられていた。
「お肉やお魚は、炎天下で置いておく訳にいかないから、こういう店内で販売しているのよ」
アヒルが、入り口に重ねられていたバスケットを咥えてきた。
「この店はね、バスケットに買いたい物を入れて最後にお会計をする仕組みなのよ」
まるで、スーパーマーケットみたいだな。
「店を歩き回らず、一箇所で済むから便利よねぇ」
「お前はミネルバに抱かれているから、歩かねーだろう?」
「なに?」
俺は、リリィから預かったメモに書かれた物をバスケットに入れていく。
ゴトッ――。
アヒルが、バスケットに酒瓶を入れた。
「なにちゃっかり酒を入れてんだよ? これは、頼まれてないだろう?」
「なによ、いいじゃない!」
アヒルは、羽をばたつかせる。
「だだこねて……子供か?」
「ダメだ、ダメ!」
「けちー」
「俺が怒られるだろうが!」
会計を済ませて店を出た。
レジ袋のようなものはないので、買った物はバスケットに入れたままだ。
「このバスケットは、どうするんだ?」
「次に店にきた時に返すのよ」
なるほど、再び来店させる仕組みにしているんだな。
俺は両手にバスケットを持った。
「そう言えばユリルは?」
「向こうにいたぞ」
ミネルバの指差す方を見ると、ユリルは道で屈んでいる。
「ユリルー、どうした? クソか? そこはトイレじゃないぞ?」
「してないわよ、バカ!」
ユリルが大声を上げたせいで、周りの人が振り返る。
ユリルは、顔を真っ赤にしていた。
近づくと、ユリルの前に子犬がいて尻尾を振っている。
ユリルは、子犬の頭を撫でて話しかけた。
「キミは、どこのワンちゃん?」
クウーン――。
「ひとりぼっちなのかな?」
「ユリルー、荷物一個持ってくれ」
俺は、バスケットを一つ差し出した。
「うん」
俺たちがその場を離れようとすると、子犬が後を付いてくる。
「おい、あの犬付いてくるぞ?」
「野良犬かしら」
アヒルが答えた。
「いいや、首輪が付いているから飼い犬だろう」
ユリルは振り返り、子犬を見つめている。
そして、子犬の方に近づいて行った。
「きみも寂しいんだね……」
ユリルは、バスケットの取ってを腕に通し、子犬を抱きかかえる。
「おい、連れて帰るのかよ?」
「いいでしょ?」
俺たちは、寮に戻りキッチンに荷物を置いた。
「お帰りなさい、キッチンに運んでくれるかしら」
リリィが、キッチンの窓から顔を出す。
ユリルが、子犬を連れてリリィに話しかける。
「ねぇ……飼ってもいーい?」
リリィは子犬を見て、困った表情を浮かべた。
「ユリルちゃん? ごめんね、寮はペットは禁止しているの……」
そう言われたユリルは、俯き悲しそうな表情を浮かべる。
そして、何も言わず子犬を抱えて表に歩いて行った。
「こいつはいいのか?」
俺はアヒルを指差した。
「誰がペットよ!」
その後しばらく、俺はリビングで寛いでいた。
食堂に料理が運ばれていく。
「リボンちゃん、もうすぐご飯だから、ユリルちゃん呼んできて?」
リリィに声を掛けられた。
ユリルのことだ……どうせまた、寝てんだろう?
そう思って、寝室に向かった。
しかし、部屋にユリルの姿はない。
表に出ると、隅の方で腰掛けているユリルを見つけた。
「おーい、ユリルー! 飯だぞー」
遠くから呼んだが、返事がない。
俺は、ユリルの元まで歩いて行く。
ユリルは、子犬の頭撫でていた。
「飯だぞ」
「いらない! わたしここ動かないから」
ユリルは、俺の方を向かずに答えた。
まったく……だだこねて……。
「この子、もしかしたら飼い主に捨てられて……一人で町を彷徨うことになっちゃうんだよ?」
ユリルは、子犬を力一杯抱きしめた。
「そんなの……かわいそうじゃんか」
ちらっと見えたその表情には、涙が浮かんでいた。
こいつ、もしかしたら自分自身と、子犬の境遇を重ねあわせているのかもな。
「俺からも、リリィに頼んでみるから……」
俺は、ユリルに手を差し出す。
その手を取ろうと見上げた彼女の顔は、涙でくしゃくしゃになっていた。
俺たちが食堂に向かうと、扉の前でリリィが待っていた。
「あ……」
リリィを見たユリルは目を伏せる。
「ユリルちゃん?」
リリィは優しくユリルに話し掛けた。
「約束して? ちゃんと毎日エサあげて、お散歩して、面倒みるって」
それを聞いたユリルは、満面の笑みを浮かべる。
「うん!」
そして、リリィに抱きついた。
「ありがとう……おばあちゃん」
「誰が、おばあちゃんですって?」
リリィの額に青筋が浮かんだ。
翌朝早く、扉の開く音で目が覚めた。
朝日が昇る前で、部屋の中はまだ暗かった。
ガチャッ――。
今度は、玄関の扉が開いたようだ。
誰だこんな朝早くに?
窓から外を見ると、ユリルが子犬を連れて表を歩いている。
犬の散歩か?
朝寝坊のユリルが、こんな早くから起きるなんてな。
ユリルは食事の時も、寝る時も子犬と一緒だった。
「ワンダフル!」
「ワンワン」
それ犬の名前か? 相変わらずのネーミングセンスだな。
楽しそうにしているユリルを、羨ましそうに見つめるものがいた。
リラー……。
ドラゴリラだ。
こいつ、たまに出てくるけど、いつもどこにいるんだ?
夕食時、ユリルは子犬にエサをあげている。
しかし、食欲が無いのかあまり食べようとしない。
「どうしたの? ワンダフル……」
食事が終わると、子犬は窓から月を見上げていた。
「クゥーン……」
「なんか元気ない……病気なのかな?」
ユリルは、心配そうに子犬を見つめる。
翌日、俺たちは町に買い物に繰り出した。
「ワンダフルは一緒じゃ無いのか?」
俺は、ユリルに問い掛ける。
「元気ないから……お留守番」
しかし、そう言ったユリルの表情に曇りは見えない。
「今日はワンダフルに、わたしの手料理を振る舞って元気を出して貰うんだから」
「お前料理できんのかよ?」
「おばあちゃんに、教えて貰うの」
「誰が、おばあちゃんですって?」
ユリルの後ろで、リリィが青筋を立てる。
今日はリリィも一緒だ。
俺たちは、昨日のスーパーで買い物を済ませた。
バスケットいっぱいに詰まった材料手に大通りを進む。
ユリルは早く帰りたいようで、歩く速度が速い。
「お料理、いっぱい作ろうね」
ユリルは、笑顔でリリィに話しかける。
「ふふふっ、そうね」
通りを歩いていると、少年がビラを配っていた。
「安売りのクーポンかしら」
アヒルが目を輝かせる。
俺はビラを受け取った。
そこには、下手くそな手書きの絵が書かれていた。
「モンスターの討伐依頼かしら?」
その絵になにが描かれているか判断がつかず、アヒルは首をひねる。
少年は、俺たちに話しかけてきた。
「お姉ちゃん、これくらいのね、子犬を見なかった?」
俺は、アヒルと目を合わせた。
「名前はシロっていうの……おとといから……いなくなっちゃって」
少年は、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。
ユリルを見ると、ビラを手にして俯いている。
「僕の大切な家族なんだ!」
「家族……」
ユリルは、小さくそう呟いた。
リリィが、ユリルの背中にそっと手を当てる。
「ユリルちゃん……」
「……わかってる」
俺たちはすぐに寮に戻り、子犬を連れてきて、少年の元に返してあげた。
「シロー!」
「ワンワンワンワン」
子犬は、少年に飛びついた。
激しく尻尾を振って喜んでいる。
「ありがとう、お姉ちゃん」
少年は、ユリルの前で満面の笑みを浮かべる。
「きっと……寂しかったんだ……元の飼い主さんと会えて良かったね」
ユリルは、子犬の頭を撫でた。
「バイバイ……ワンダフル……」
ユリルは、少年と子犬が見えなくなるまで手を振っていた。
「ユリル……行きましょう」
リリィは、ユリルに声を掛ける。
俺たちは、城へ続く坂道を登る。
それまで、黙って俯いて歩いていたユリルが立ち止まった。
「どうした? ユリ……」
「うわーん!」
俺が声を掛けようとすると、大声で泣き出してしまった。
リリィは、ユリルをそっと抱きしめる。
少年と子犬に、涙を見せないように我慢してたんだな。
寮に戻ると、ドラゴリラがフワフワ飛んできた。
リラー、リラー――。
そして、ユリルの胸に飛びついた。
「ドラゴリラ……慰めてくれるの?」
リラー、リラー――。
「うんうん、そうだね」
ユリルは泣き止み、ドラゴリラと話す。
「こいつの言葉分かるのか?」
俺は、ユリルに問い掛けた。
「うん」
ユリルは、笑顔で振り返る。
「なんて言ってるんだ?」
「リラー、リラーって……」
「そんなん、俺だってわかるよ!」
「私も、アヒルちゃんの言葉わかる……」
ミネルバは、アヒルを強く抱きしめる。
「うぅ……ぐるじぃ……」
「こいつは、本当に喋ってんだよ!」
俺は、ユリルに言葉を掛けた。
「あー腹減ったなぁ……ユリル、うまい飯頼むぞ?」
「うん!」
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⇒ 次話につづく!
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