第六節 港町カプリの海賊
俺たちは草木一本生えない荒野を、馬車で走り続けた。
ところどころに、動物の骨が落ちている。
水筒の水を口にすると、乾燥した体に染み渡る。
この水と食料が切れた時、俺たちもあの動物と同じ運命を辿ってしまうのだろう。
そうなる前に、次の目的地に辿り着かなくては。
日差しがきつい――拭っても拭っても、汗が頬を伝って垂れてくる。
馬車と言っても、板に車輪が付いているだけの粗末な作りだ。
屋根に布でも張れば、多少日除けにはなるだろう。
次の町に着いたら改造しよう。
この馬もよく働いてくれている。
そう言えば、まだ名前付けてなかったな……。
馬の名前かぁ……。
馬と言えば……馬刺し……は、かわいそうか。
思いつくのは競馬、か……速そうな名前がいいな。
異世界の馬だから……イセカイ……。
「イセカイテイオーにしよう!」
ヒヒーン――。
よし、なんか速そうだぞ。
馬も気に入ってくれたようだ。
アヒルは、隅っこでへばっていた。
「暑いー、暑いわー……」
「昨夜は、寒い寒い言ってただろうが」
「昼と夜じゃ、温度が違うでしょう? 私にもその水ちょうだい」
俺は、アヒルに水筒を手渡した。
ごくごく……。
アヒルは、水筒を逆さまにして喉に流し込んでいる。
「全部飲むなよ?」
「はぁぁぁ……生き返るー」
「次の町、なかなか見えてこないな……」
砂が舞い上がり、視界が悪くなってきた。
何かある……。
そう思って、馬車を止めた。
道なき道の真ん中に、大きな看板だけが立っていた。
『この先、カプリ海』
「海? カツヤ、海ですってーっ!」
アヒルが、大声を上げて飛び上がる。
「海があるのか?」
前の町で体を洗うために井戸水をぶっかけてから2日――、体も臭い始めてきた。
「よっしゃー! これで、さっぱりできるぞー」
俺は心を躍らせ、馬車を走らせた。
「ハイドー! トウカイテイオー」
ヒヒーン――。
やがて集落が見えてくた。
「見て、船よ」
集落の向こう側に、大きな船が幾つも見える。
しかし、その多くは壊れて、原型を留めていない物もあった。
『港町カプリ』
傾いたアーチ状の看板をくぐった。
「着いたわ、海よ」
俺は看板の近くに、馬車を止めた。
集落の横を通り、海岸へと足を踏み入れる。
荒野の赤土とは色の違う、白い砂が一面に広がっていた。
所々に貝殻が落ちている。
青い空、白い砂浜、そして……。
どこまでも広がる――真っ白な大地?
どこにも海は見えない。
俺はアヒルに質問する。
「この世界の海は、目に見えないものなのか? それとも概念?」
「そんな……」
アヒルは、両手を突いてうなだれた。
「竜の炎により、海は干上がったんだった」
砂浜の先には、白くて大きな崖がどこまでも広がっている。
「この白いのは?」
アヒルは、その白い粉を手に取った。
「塩よ……。干上がって塩だけが残ったようね……」
……なんてことだ。
「くそ、期待させやがって……」
俺もアヒルの横で両膝をついた。
「海に入りたい! 入りたい、入りたい!」
アヒルはだだをこねる子供のように、砂浜に横になり手足をばたつかせている。
「うるせーな! 見ての通りねーんだよ」
「カツヤ……私はアヒルよ? 海が恋しいの……」
「アヒルは池だろう?」
「人間のあなたには、この気持ち……分からないでしょーね?」
アヒルは俺の目を見て、悲しい表情を浮かべた。
「入りたい、入りたい!」
……こいつは、もうだめだ。
アヒル生活が長かったせいで、すっかり自分のことをアヒルだと思い込んでいる。
あわれ……。
「行くぞ、コンパスの針が大きく揺れている」
俺は、泣き疲れてぐったりしているアヒルを掴みあげた。
「近くにあるの? 魔法書……」
「ああ、だから元気だせ」
俺は、集落に向かって歩き始めた。
町の入り口まで行くと、数人の男たちが馬車を囲っている。
その男たちは、みなバンダナを頭に巻き、腰には短めのサーベルを差していた。
「この町の警備の人たちかしら?」
「がらが悪い……違うと思うぜ?」
近くまで行くと、話し声が聞こえてくる。
「馬車の中身はなんだ?」
「水と食料を運んできました」
「そいつは好都合だ。丁度腹が減っていたところなんだよ」
馬車の荷台から、少年が出てきた。
そして、手に持っていた食料を、男たちに手渡した。
「おじさん、警備ご苦労様です。これあげるね。町の人たちには内緒だよ?」
男の一人は、その食料を奪い取る。
「あぁ? 何言ってんだ。これっぽっちで腹一杯になるわけねーだろ?」
「だめだよ……あとは、町の人たちの分だから」
男の一人が、馬車の荷台に入って行く。
「見ろよ、水も食料もたんまり入ってるぜ?」
「こいつはいい。馬車ごといただいていこうぜ!」
「や、やめてください……町の貴重な食料なんです!」
痩せた男は馬車から降りて、がらの悪い男にしがみつく。
「配達、ご苦労だったな!」
そして、片手で突き飛ばされた。
「あっはっはっはっは」
「おじさん、食べ物はみんなで仲良く食べるんだよ?」
「うるせー、ガキ!」
パン――。
がらの悪い男は、少年の頬を叩いた。
「あんな小さな子にまで、手を上げるなんて……」
「見過ごすのか?」
俺は、アヒルに小声で話掛けた。
「分かってるでしょう? 私たちが手を出せば、その報復はこの町にくるのよ?」
部外者の俺たちが、余計なことをするべきではない……か。
「さぁ、今のうちに、町に入りましょう」
俺は彼らを見ないように、町の入り口に向かった。
「おおっと、お嬢ちゃん。素通りは困るねぇ?」
俺の前に、男が立ち塞がる。
サーベルを手にし、舌を出し顔を近づけてきた。
「おい、アヒル。俺たちもからまれたぞ……」
「ちっ」
アヒルは舌打ちをする。
「お嬢ちゃん? 水、食料、女、全部置いていきな!」
「水は無い。食料はアヒル。女は俺……。ふざけんな、全部じゃねーか!」
「ちょっと、なんで私が食料の部類に入っているのよ! 入れるなら女の部類でしょう?」
アヒルは、俺の前で飛び跳ねた。
「おいおい、美味そうな鳥があるじゃーねーか?」
「ほらみろ?」
「だいたいなんなの? あんたたち」
「俺たちは海賊だ! 欲しい物は奪い取る」
「海賊? 何言ってんの? 見た目通り、無知、無能ね?」
アヒルが俺の頭に乗って、男たちを挑発しはじめた。
「あぁ!?」
「ここは陸よ……だから陸賊でしょ?」
「なんだよ陸賊って? 山賊とか野盗とか、もっとほかの言い方あるだろ」
「なにー? 口答えする気?」
アヒルは、俺の口に両手を入れて横に引っ張った。
「いててて……」
「この口ね? この口が悪いのね?」
「おい、てめーら聞いてんのか?」
海賊が俺たちの喧嘩に割って入る。
「うるさいわね! カツヤやっておしまい」
俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした。
「へん――、しん――」
俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。
魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。
着ていた服は消え裸になる。
「おぉっ」
海賊が嫌らしい目で俺を見ている。
恥ずかしい……。
そして、煙に包まれた。
ぼわん――。
今回は、何のモンスターに変身したのだろうか?
まぁ、どうせ虫だろうけど……。
手足が全部で八本ある。
ケツの後ろに大きな尻尾? のようなものが付いている。
「ひぃ……モ、モンスター!?」
「びびるな! やってしまえ」
海賊は、サーベルを抜いて襲い掛かってきた。
プシューッ――。
俺が一歩後ろに下がると、尻尾のような部分の先から糸状の物が飛び出た。
その糸は、グルグルと海賊に巻き付いた。
これは……クモ?
「く、くそ、動けねー」
ほかの海賊たちも、襲い掛かってくる。
俺は再び尻尾から糸を出した。
糸よ出ろ――と意識するだけで、それはできた。
プシューッ、プシューッ――。
「うわぁっ」
海賊たちに、次々と糸が巻き付いていく。
そして、海賊は全員身動きが取れなくなった。
「こいつらをどうするか、あとは町の人に任せよう」
少年が俺の前にやってきた。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「おう」
俺は頭を撫でた。
町の中から人々が集まってきた。
「おお、海賊を倒してくれたのか」
「これで、怯えること無く暮らせる」
人々をかき分け、身なりの良い老人が出てくる。
「町長、魔導師様がやってくれましたよ」
老人は、杖を突きながら俺の前までくると、俺の手を強く握りしめた。
「流石は世に名高い魔導師様……」
老人は、懐から古びた紙を取り出した。
「これは、報酬の魔法書のページです。どうぞお受け取り下さい」
俺はアヒルと顔を見合わせた。
「どういうことだ? やけに話が早いな」
「なぜ魔法書のページのことを……」
老人は俺の手を掴んで、魔法書のページを渡してきた。
「このたびは我々の町の依頼を受けていただき、ありがとうございます。あなた様の噂は風に乗って、こんなへんぴな町まで届いておりますぞ? たったひとりで、魔法書のページを探して旅をしているとか」
「ああ……あとアヒルもいるけどな。ところで、依頼ってなんのことだ?」
「海賊を退治してほしいという依頼です」
海賊って、こいつらのことだよな……。
「その昔、この辺りには綺麗な海が広がっていました」
老人は、海のあった方角を見つめた。
「しかし今では、海は干上がり、塩だけが残りました。その塩を遠くの町まで行って、食料と水に交換して暮らしているのです。ところが近年、海賊を名乗る者に目を付けられ、積み荷の馬車が襲われていたのです」
「なるほどな。食料はともかく、井戸水は出ないのか?」
「出るには出るのですが、なにせ塩分が混ざり、飲めたものではありません」
俺はアヒルに耳打ちする。
「なんか勘違いしてるようだけど……」
「魔法書のページが手に入ったし、この際、依頼を受けにきたってことにしておきましょう」
「まあ、海賊を退治したことには違いないしな。めでたしめでたし」
「ところでカツヤ、どんな魔法だったの?」
俺は魔法書のページを、アヒルに手渡した。
「これは風魔法ね」
風魔法……イメージするのは、鋭利な刃が飛んでいき敵を切り裂く――そんな魔法だ。
「早速、使って見ようぜ」
「その前に、原理を説明するからよく聞いて?」
アヒルは老人の頭の上に乗って、説明を始めた。
「風魔法も大気魔法の一つよ。気圧を変化させることによって、風を生み出すの。高度な魔法になると天候すら操ることができるわ」
「じゃあ、雨を降らすこともできるのか?」
「ええ……ただそんな魔法を使えるのは神くらいね」
「神って……」
「ようするに、人間には無理ってことよ」
「そうか残念だな、雨を降らせることができたら、作物も育つようになって、みんなの暮らしが楽になると思ったんだけどな」
「カツヤ……あなた、この世界のことを……それほどまでに」
「折角この世界に転生したんだ もっと過ごしやすくしたいだけさ。それになんか、俺も責任感じてるし」
アヒルの目から、ひと雫の涙が零れる。
「お前、泣いてんのか?」
「バカ、泣いてないわよ! いいからはやく魔法使いなさいよ」
アヒルは、両手を振って照れを隠している。
俺は詠唱を始めた。
「おお、早速その魔法を使われるのですね」
老人は、期待の眼差しで俺を見つめている。
この地に眠る精霊よ。
我がマナを対価とし、そなたの力を貸し与えよ。
時は今に、場は我が両の手に。
目前の障害を伐ち滅ぼさんが為に。
契約の刻印に魔導師リボンの名を刻む。
俺はナイフで親指を切って血判を行った。
今ここに汝との契約は交わされた――。
俺は大きく深呼吸をして、魔法を唱える。
「グリモワールⅠの章大気魔法
俺の手の中に、空気の渦ができる。
それを見て、アヒルが言った。
「これは、設置型魔法よ。手の中の空気を、設置したい場所に投げるの」
「こうか?」
俺はバスケットボールのパスのように、空気の渦を目の前に投げつけた。
空気の渦は、空中に漂う。
そして、そこから風が吹いてきた。
髪の毛がなびく。
「涼しい……涼しいじゃない」
アヒルは嬉しそうな声をあげる。
「使えるわ、この魔法!」
少し立つとその風はやんだ。
「で……?」
「これで、終わりのようね」
「風を起こす魔法か……暑い日には便利だな……って、ふざけんな! 何に使うんだ!?」
「そりゃ、涼むためでしょう?」
くそ……また、はずれ魔法かよ……。
いつになったら強力な魔法が手に入るんだ……。
「ささ、宴の準備をしてありますので……」
老人は、俺の背中を押した。
「えっ? お酒あるの!?」
アヒルは、老人の頭の上に涎を垂らしている。
「くそ、今夜はやけ酒だー!」
俺は、案内される家に向かった。
「ちょっと、待ちなさい!」
どこからか、甲高い声が聞こえる。
「見て、高台に誰かいるわ!」
アヒルが指差す方を見ると、どうやって登ったのか、高い岩の上に俺と同い年くらいの少女がつっ立っている。
真っ赤なドレスに身を包み、頭にはとんがり帽子――まるで魔法使いみたいだ。
両手を腰に当てて、俺たちを見下ろしている。
「わたしは……を……ける……よ!」
何か喋っているようだが、風の音で良く聞こえない。
ピューッ――。
突風が吹いて、少女のスカートがめくれた。
「キャーッ」
「おおっ」
町の男たちから歓声があがる。
そして、少女の真下まできて覗いていた。
「バカー! エッチー! あっちいってよー」
少女は、地面を蹴って砂を巻き上げる。
「うわっ! 砂が……」
真下にいた男たちは、目を塞いだ。
「何やってんだあれ?」
「ほんと、男ってバカみたい……」
アヒルは呆れかえっていた。
俺は、老人に話しかける。
「町長、今夜この町に泊めて貰えるか?」
「勿論ですじゃ。ふわふわのベッドをご用意しております」
「やった、野宿じゃないのね?」
アヒルは飛び上がり、はしゃいでいる。
「まずは腹ごしらえだな、行こうぜ!」
「ささ、こちらです」
「ちょっとー、そこのニセ魔法少女! しかとしてんじゃないわよ」
高台にいる少女は叫んでいる。
「今降りるから……ちょっと待ってて」
少女は両手をついて、後ろ向きに岩から降りようとしているが、足を引っかけるところが見つからないでいる。
「い、いーい? わたしがここから降りるまで、そこで待ってなさい! 逃げるんじゃないわよ!?」
な、なんだ? あの女……。
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⇒ 次話につづく!
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