第五節 女神の肖像画

 俺達は魔法書のページを入手するため、とある町を訪れていた。

 そこに貴族風の男が現れ、その手下によって教会に火が付けられた。

「ウヒャヒャヒャヒャヒャ! 汚物は消毒だーっ」

 教会に付いた火は、すぐに燃え広がっていった。

 なんて罰当たりな……。

「ひどいことするわね……」

 町の人が集まってきた。

 住人の若者が、洒落た男に向かって叫んだ。

「貴様、なんてことをするんだ!」

「貴様……だと?」

 洒落た男は、その若者を睨み付けた。

 若者は殴り掛かりそうになっていたが、ほかの男たちに止められた。

「どうやら……僕を誰だか、分かっていない奴がいるようだね? 領主ゴウユの息子だよ? 逆らったらどうなるか分かるよね?」

 若者はそれを聞いて、悔しそうに地面を叩いた。

「くそ、俺たちは泣き寝入りかよ!」

 俺はアヒルに質問する。

「領主って、そんなに力を持っているのか?」

 アヒルは、渋い顔で答えた。

「えぇ……領主が食べ物、飲み物を管理しているの。だから、逆らいでもしたら生きていけなくなるわ」

「親のすねかじりめ……」

「変な考え起こさないことね。手を出したら、この町の人に迷惑が掛かるわ」

「……わかってるよ」

 ある者は顔を伏せ、ある者は悔しそうに、教会が燃えていくさまを見ていた。

 そんな中、領主の息子に駆け寄る者がいた。

「これは……これは、お母さんの大切な思い出なんだーっ!」

 教会で出会った少年だ。

 彼は、領主の息子にしがみつき号泣している。

「早く火を消してくれよーっ!」

「このガキ、汚い手で触るな!」

 領主の息子は、手を振り上げた。

 パン――。

 振り下ろした平手打ちは、駆け寄った男の腕に当たった。

 教会で寝ていた男――少年の父親だ。

「なんだ!? 貴様……」

 ドスン――。

 領主の息子が喋り終わる前に、その体は後ろに大きく吹っ飛んだ。

 父親は、領主の息子を殴り飛ばしていた。

 領主の息子の真っ白な服は砂で汚れ、鼻からは真っ赤な血が出ていた。

「ち……血が……」

 領主の息子は、手に付いた血を見て青ざめていた。

 すぐに父親は、モヒカン共に取り囲まれた。

「てめー、なにしてやがるんだ!?」

 モヒカンのひとりが父親を後ろから押さえつけ、別の者が顔を何度も殴りつける。

「オラーッ」

 バンッ、バンッ――。

 父親の顔は、腫れ上がっていった。

 ほかの住人たちは、ざわつき始めるも、誰も助けようとはしなかった。

「くそ、放っといたら死んじまうぞ……」

 アヒルの顔を見ると、彼女は羽を咥え、険しい表情でモヒカンたちを睨み付けていた。

 領主の息子は立ち上がり、松明を持ったモヒカンに話しかける。

「バーナー、消毒液を持ってきなさい」

 バーナーと呼ばれたモヒカンは、ハンカチにビンの中の液体を染みこませ、領主の息子に手渡した。

「汚い……汚い……消毒しないと」

 領主の息子はハンカチで手を拭くと、それを地面に倒れる父親の顔の上に落とした。

 そして、ハンカチの上から顔面を踏みつける。

「こいつも、一緒に燃やしてしまいましょう……」

 俺はアヒルに言った。

「おい……いつまで見続けるつもりだ?」

 ベチャ――。

 領主の息子の顔面に、何かが飛んで行った。

 泥のようなものが、顔面に付いている。

「く……くさいーっ! これ、糞じゃない!?」

 領主の息子は発狂し、顔に付いた糞を手で取り払っていた。

 俺は、思わず吹き出した。

「ぷっ、顔面にクソ付けてやんの」

 ベチャ、ベチャ――。

 次々と領主の息子目がけて糞が飛んでくる。

 先程の少年が、手にした桶から糞を掬って投げつけていた。

 チャキーン――。

 領主の息子は、腰に付けていたサーベルを引き抜いた。

「殺してやる……」

 そして、少年に向かって歩いて行く。

「カツヤ……笑っている場合じゃないわ!」

 俺とアヒルは顔を見合わせた。

 俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした

「へん――、しん――」

 俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。

 魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。

 着ていた服は消え裸になる。

「おぉっ」

 町の住人から声があがる。

 モヒカンも嫌らしい目で俺を見ている。

 やっぱり、恥ずかしい……。

 そして、煙に包まれた。

 ぼわん――。

 今回は、何のモンスターに変身したのだろうか?

 俺は、自分の手足を確認した。

 手足は全部で6本あった。

 また虫か……。

 足は、大きく発達している。

 体は、全体的に緑色をしていた。

 この姿は……バッタか!?

 まわりの住人はざわついている。

「モ、モンスターか!?」

 少年の方を見ると、領主の息子が少年の前で、サーベルを振りかぶっていた。

 間に合う! バッタのジャンプ力なら、助けられる。

 俺は、陸上のクラウチングスタートのような姿勢をとった。

 そして、足で地面を思い切り蹴っ飛ばした。

 ビュン――。

 一瞬だった――。

 まさに瞬く間に、少年の前まで距離を詰めた。

 俺は少年を抱きしめ、そのまま一緒に跳んでいった。

「なに!? 消えた……?」

 領主の息子からしたら、あまりの速さに、目の前から少年が消えたように見えただろう。

 少年は、俺の顔を見上げ唖然としている。

「あ……さっきの……人……」

 彼は、俺の体を強く掴み揺さぶった。

「お願い、お父さんを助けて!」

「わかった」

 俺は頷き、父親を取り囲んでいるモヒカンを睨み付けた。

 そして、再び跳躍する。

 モヒカンの顔面目がけて跳んでいき、走り幅跳びのように足元からの着地体勢をとる。

「リボンちゃーん――キーック!」

 バキッ!

 鈍い音がした。

 俺の飛び蹴りが、モヒカンの顔面に炸裂する。

 ゴロゴロゴロ……ドーン!

 モヒカンは、もの凄い勢いで地面を転がり壁に激突した。

 アヒルが、羽をばたつかせながらやってきた。

「もう……どうなっても知らないわよ?」

「後に引けなくなったな」

 領主の息子は、恐ろしい顔でこちらを睨んでいた。

「この私に逆らうとは……。バーナー、町ごと焼き払ってしまいなさい!」

 バーナーと呼ばれたモヒカンは、丘上から飛び降りた。

 そして、火を噴いて家に火を放った。

「くそっ」

 俺も丘上から飛び降りる。

 そのまま、バーナーの頭目がけて飛び蹴りを放った。

「どりゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 バキッ!

 後頭部に炸裂した。

 ゴロゴロゴロ……ドーン!

 バーナーは吹っ飛び、家の壁に激突する。

「やったか?」

 しかし、ゆっくりと起き上がってきた。

「てめぇ……」

 くそ、なんてタフな奴だ……。

「バーナー、やってしまいなさい」

「ヒャッヒャッヒャッ……黒焦げにしてやるよ」

 バーナーは松明片手に、口に含んだアルコールを吹き付けた。

 ブオッ――。

 巨大な炎が、俺に向かって飛んでくる。

「うわっ、あちちち……」

 俺は、地面を転がりながら身をかわした。

「汚物は消毒だぁぁぁぁっ!」

 バーナーは舌を出し、口の周りをベロベロと舐め回している。

 うへっ……。

 気持ち悪くて、背筋が凍り付いた。

 さて、どうするか……。

 さっきの飛び蹴りは、不意打ちだったから当てられたけど、正面からいったら、空中を跳んでる間に火だるまだ。

「どうするつもり? あなたをこんなところで死なすわけにはいかないわよ?」

 アヒルが俺の足元にやってきた。

「おい、焼き鳥になりたくなかったら、どこかに隠れていろよ」

「まるで竜の炎のようね……何か秘策はあるの?」

 竜の炎……?

「そうだ、さっきの魔法が使えるかも知れない!」

 俺は種籾をポケットから取り出した。

「グリモワールⅥの章分解魔法醸造竜ノ吐息ドラゴンブレス

 シューッ――。

 手が熱くなる……

 やがて、両手の中に無数の水滴が集まり始めた。

 俺は、両手を顔の正面に持ってきた。

 そして、バーナーの持つ松明目がけて、思い切り息を吹き付けた。

 ブーッ――。

 バーナーの顔は炎に包まれた。

「ギャーッ!」

 なるほど、こうやって使うのか……まさにドラゴンブレス。

 俺は腰に手を当て、バーナーを指差した。

「どした? これなら、松明持ってるお前が不利だぞ?」

「くそがぁぁぁっ!」

 再びバーナーは、火を噴いてきた。

 ブオッ――。

 俺は距離をとってそれをかわす。

「次は俺の番だ! グリモワールⅥの章分解魔法醸造竜ノ吐息ドラゴンブレス

 ブーッ――。

 またもやバーナーの顔は、炎に包まれた。

「ギャーッ!」

 俺は距離をとってかわせるが、奴は松明を持っているので、俺の炎は確実に当たる。

 それから、火の吹き合いが始まった。

 バーナーは何度も俺の炎をくらい、自慢のモヒカンにはパーマが掛かってチリチリになった。

「あはははは!」

 俺は、腹を抱えて笑った。

「カツヤ、周りを見てみなさい!」

 アヒルが叫んでいる。

 見ると、周りの家々に火が付いて燃え広がっていた。

 ……しまった。

 そろそろ決着を付けないと。

 俺は立ち上がろうとしたが、目眩がして膝を落とした。

 まずい、マナが……。

 バーナーが俺の目の前に立った。

「じっくり焼いてやるぜ? ヒャヒャヒャ」

「カツヤ!」

「黒焦げになれ」

 立ち上がれない、もうだめだ……。

 俺は目を閉じた。

 パリン……。

 何かが割れる音がした。

 目を開けると、バーナー目がけて何かが飛んできている。

 ヒュン――、パリン。

 それは、地面に落ちて割れた。

 ガラス瓶――酒瓶だ……。

 次々飛んでくる。

 振り返ると、住人たちが酒を投げつけていた。

 バーナーは酒まみれになり、足元にも酒の水溜まりができている。

「な、何をする……よせ!」

 ヒュン――。

 飛んできた酒瓶が松明に当たり、バーナーに引火した。

「ぎゃあぁぁぁぁっ!」

 バーナーは火だるまになり、地面を転がり回った。

 住人たちは棒や農具を手にし、領主の息子に向かって歩み寄る。

「これ以上、俺たちの町で好き勝手はさせねぇ」

「お、お前たち、こんなことして、どうなるか分かっているんだろうな?」

「ここは、俺たちの町だ!」

 俺は、震える足を押さえながら立ち上がった。

「さぁてお坊ちゃん、残るはお前だけだぞ?」

 俺は、指の関節をポキポキと鳴らして見せた。

 領主の息子は後ずさりする。

「く、くだらない……別荘は、ほかの場所を見つけましょう……」

 領主の息子は、馬車に向かって歩き出した。

 俺の横を通った時に、口を開いた。

「お前、何者だ?」

「俺は、ただの旅の天才魔法少女だ!」

 両手を腰に当て答えた。

「顔は覚えた……」

 領主の息子はそう言い残し、町を出て行った。

「おーっ」

 住人は歓声を上げている。

 俺は腰を落とした。

 意気がっていたけど、本当は一歩も動けなかった。

 マナを使い過ぎたな……今後はペース配分を考え無いと、肝心なところで動けなくなってしまう。

「みんな無事か?」

 周りを見ると、殆どの建物は焼け焦げ、町は半壊していた。

 あ……。

「おのれ、バーナーの野郎……」

「カツヤ……半分は、あんたが焼いていたわよ?」

 アヒルはあきれ顔で、首を横に振っている。

 俺は、住人に向かって頭を下げた。

「すまん……」

「気にしないでくれ、キミのおかげで、あいつらを追い返すことができた」

「命が無事だったんだ……家はまた建てればいい」

 少年の父親が、男に肩を借りながら歩いてきた。

「息子を……ありがとう」

「……おう」

 町の人々は、俺に感謝の言葉を掛けてくれた。

「お父さん、よかった……」

 少年がやってきて、父親に抱きついた。

「でも、でも……教会が……お母さんとの思い出の教会が……」

 少年は目に涙を浮かべている。

 少年と父親は、教会に向かって歩き出した。

 俺もその後に続いた。

 教会は、屋根は崩れ落ち、殆どの壁は焼け焦げていた。

 彼らは、教会の中に入った。

 そして、壁に描かれた女神の絵の前に立った。

「よかった、これが無事ならそれでいい」

 父親は、少年の頭に手を当てた。

「この絵を、よく見てみなさい」

 少年は、その絵を見上げた。

「お父さんが描いた絵だろう? それがどうしたの?」

「この絵のモデルはね……お前の母さんだよ」

 その絵の女性は、胸に赤子を抱き、優しい笑顔を浮かべていた。

 少年の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「お母さん……うわぁぁぁぁぁん」

 父親は少年を抱きしめる。

「教会は……俺がまた建て直すよ」


 その夜、俺達は町の近くの岩場の影で一夜を過ごすことにした。

 気温の差が激しく、夜は極寒となる。

 俺達の前には、バーナーが落としていった松明が地面に突き刺さっているだけだ。

「寒いーっ!」

 アヒルは、毛布にくるまり震えている。

「羽毛あるんだから平気だろ? 毛布俺によこせ」

 俺は、アヒルがくるまっている毛布を引っ張った。

「嫌よ! だいたい王女の私がなんで野宿なのよ!」

「しょうがねーだろう? 家燃えて泊まるとこねーんだから」

「あんたが、燃やすからでしょう?」

 ブルブルブルブル……。

「うぅっ 寒い……。こんな松明だけで温まるわけ無いでしょう! 早く火魔法を覚えなさいよ!」

「どこにあんだよ、それ」

 くそ、毛布はアヒルに取られるし、凍え死んでしまうぞ!?

 マジカルステッキで蟻にでもなって、地面に潜るか……。

 俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした

「へん――、しん――」

 俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。

 魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。

 着ていた服は消え裸になる。

「さぶっ……」

 そして、煙に包まれた。

 ぼわん――。

「ん? 何に変身したんだ?」

 俺の体はまるで寝袋のように、木の枝に包まれていた。

 そして、岩からぶら下がっている。

 これは……、蓑虫?

 蓑の中は暖かかった。

 しあわせ……。

「ちょっとー、なにそれ?」

 アヒルは、俺に飛びついてきた。

「私もそれに入れなさいよー」

「バカ、入ってくんな! これは一人用だ」

「バカとは何よー!」

 アヒルは羽をばたつかせ、ガーガー騒いでいる。

「あ、そうだ! いいことを思いついた」

 アヒルは手をポンと叩く。

「なんだ?」

「もう一度、家を燃やしましょう……」

「アヒルは松明を片手に、町に向かって行った。

 おまえ……。


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⇒ 次話につづく!

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