第七節 この場所で見る夕日

 俺たちは立ち寄った町で海賊を倒し、魔法書のページを手に入れた。

 そこへ、謎の少女が現れる。

 彼女は男の手を借りて、岩の上から降りてきた。

 そして、俺の前に立つ。

 身長は俺と同じくらいだ。

 パン、パン――。

 少女は手についた砂をはたいた。

 腰に片手を当てて、右手を俺の前に差し出す。

「返してよね? その魔法書のページは、わたしの・・・・だから」

「なんだ、このちびっ子?」

「ちびって言うなー! ていうか、あんたも身長、わたしと変わんないじゃない!」

 俺は、アヒルに向かって言った。

「しゃべり方からして、お前の親戚か?」

「こんなガキンチョ、知らないわよ」

「ひぃ……鳥がしゃべった!?」

 少女は驚いて後ずさる。

「な、なかなかやるじゃない……。そ、それ、モンスター?」

 俺が答える間もなく、一人で喋り続ける。

「ふーん? わたしだって、それくらいできるんだから」

 少女は指を口にあて、口笛を吹いた。

 ふーっ……ふーっ……――。

 しかし、音は出なかった。

 少女は、頬を真っ赤に染めた。

「い、いらっしゃいドラゴリラ!」

 リラーッ――。

 どこかで、動物の鳴き声がした。

 俺は、アヒルと小声で喋る。

「本当は口笛で呼びたかったんだろうな」

「でしょうね……」

 バサッバサッ――。

 物陰から鳥が飛んできて、少女の肩に乗った。

「使役魔法くらい、わたしにだって使えるんだから」

 よく見ると、肩に乗っているのは鳥ではなかった……。

 羽の生えた――トカゲ?

「ふっふっふ……こんなことで、びびってんじゃないわよ?」

「いや、別にびびってないけど……」

「どお? わたしのドラゴリラ。かわいいでしょう?」

 ネーミングセンスがなぁ……。

「あんたんとこの、不細工な鳥とは違うのよ」

「ちょっと、誰が不細工ですってー!?」

 アヒルが、少女に突っかかる。

「私を侮辱する者は、皆殺しよ! カツヤ、やってしまいなさい」

「おいおい、物騒だな……」

「カツヤがやらないなら、私がやるわ」

 ガブーッ――。

 アヒルは、少女の頭に噛みついた。

「きゃーっ! 何、この鳥ー! 噛みついてきたー」

 少女は目に涙を浮かべている。

「痛いーっ」

 俺は少女の頭から、アヒルを離してやった。

「大丈夫か?」

「ちょっとー、カツヤ離しなさいよ! あのガキンチョ……今夜の食料にしてやんだから」

 アヒルは、俺の両手の中で暴れている。

「はいはい……」

 俺は少女に話掛ける。

「ところで、魔法書のページのことだけど……」

「そうよ、魔法書のページの話しをしてたんじゃないの!? よくもこんな茶番で、話しを誤魔化そうとしてくれたわね?」

 さっきまで泣いていた少女は、急に強きな態度に変わる。

「いーい? 魔法書のページは、わたしの物……。だから返しなさい!」

 俺はアヒルに耳打ちする。

「老人の言っていた、依頼を受けにきた魔導師って、こいつのことなんじゃないか?」

 アヒルが、少女に向かって言った。

「あなた……何者?」

「さっき自己紹介したでしょう? まさか聞いてなかったの!?」

 あぁ……岩の上で叫んでたの、自己紹介だったのか……。

「すまん、風の音で聞こえなかった」

「そ、そう? それなら仕方ないわね……」

 少女は無い胸を張り、両手を腰に当てる。

「聞いて驚かないでよね? わたしは、世界を又に掛ける天才魔法少女ユリルよ」

 少女は、目の前にいる俺に向かって指を指した。

「変な格好しているあんた、あんたこそ何者よ?」

「変な格好は、お前も同じだろう?」

「ち、違うわよ。わたしは変ぢゃないもん」

 ユリルは動揺して、帽子やスカートの裾を触って確かめている。

「こ、これは、魔導師の正式衣装なんだからね?」

「俺は、天才魔法少女リボンだ」

「ふん! 真似するんじゃないわよ」

 老人は、俺とユリルの顔を見比べている。

「おぉ……魔導師様が二人? どちらが本物なのじゃ……」

 アヒルが口を開く。

「私たち以外に魔法書を探している者がいるなんて……」

「俺以外にも、魔法少女がいたのか?」

「魔法書は50年前にばらばらになった物……僅かに生き残った魔導師の、意思を継ぐ者がいてもおかしくはないわ」

「敵ってことになるのか?」

「どうかしらね? でも、気をつけた方がいいわよ。あの子、使役魔法を使っているわ」

「使役魔法?」

「肩に乗っているモンスターよ」

「あのトカゲ……やっぱりモンスターだったのか?」

「ベビードラゴンかしら?」

 ドラゴンと聞いて、俺の胸は高鳴った。

 この世界にきて、初めてモンスターを見た。

 ようやくファンタジーらしさが出てきたぞ。

「モンスターの生き残りがいるのも驚きだけど、使役魔法は上級魔法よ」

「モンスターをペットにするのが、そんなに大変なのか?」

「えぇ、悪魔の力を借りる必要があるのよ」

 だからあいつ、アヒルを見てあんなに驚いていたのか……。

「しょーもない低級魔法しか使えないカツヤ……。それに引き替え、あの子は上級魔法を操る……」

「低級魔法しか使えないのは、俺のせいじゃないだろう!? 手に入れた魔法書のページが、しょぼいのばかりなんだよ!」

「ユリルとか言ったわね?」

 アヒルは、少女に話掛ける。

「なによ?」

「あなたこそ、この世界を救える救世主よ」

 アヒルはそう言いながら、荷物を持ってユリルに近づいて行った。

「おい!」

 俺はアヒルの首根っこを掴んで引き寄せる。

「待って……ひとつ聞かせて欲しいの……。あなた、呪いを解く魔法は使えるのかしら」

 アヒルは俺につかまれながらも、必死にもがいている。

「そんな魔法は知らないわ……。わたしが得意とするのは土魔法よ」

「なんだ、用なしね……」

 アヒルはもがくのをやめた。

「カツヤ、やってしまいなさい」

 こいつは……。

「あいつが呪いを解く魔法使えるって言ったら、どうするつもりだったんだよ!?」

「バカね、手の内を探ったんでしょ? そんなこともわかんないの?」

 その時、叫び声が聞こえてきた。

「うわーっ」

 町の入り口の方からだ。

 人が集まっている。

 住人をかき分けて、海賊たちがやってきた。

 まだ、残党がいたのか……。

「キャプテンアイツです」

 海賊にキャプテンと呼ばれたその男は、海賊帽を被り、肩にマントを羽織っている。

 そして、右腕は金属製のフックになっていた。

 服装からして、こいつが海賊の親玉だろう。

「下っ端が世話になったな」

 町長の老人は慌てて、俺の手を握ってきた。

「魔導師様……どうかお力添えを……」

 海賊を一掃してしまえば、再びこの町が襲われることもなくなるだろう。

 俺はステッキを握りしめた。

「全員生け捕りにしてやるよ」

 俺が歩き出そうとした時、ユリルが俺の前に立つ。

 そして、俺に向かって指を差した。

「丁度いいわ! 勝負よ、ニセ魔法少女」

「誰がニセだよ!」

「先にアイツを倒した方が勝ち。勝った方がその魔法書のページを手に入れる。これでどう?」

「どっちにしろアイツを倒さないといけないから、まぁいいけど」

 俺はアヒルに問い掛ける。

「なぁ、あの子がこの風の魔法を契約したらどうなるんだ?」

「契約は上書きされるわ。別の者が契約したら、前の契約者は使えなくなってしまうの」

「なら、渡すわけには行かないな」

「てめーら、聞いてんのか!?」

 海賊の親玉は、顔を真っ赤にして怒鳴っている。

「ならば見せてやろう、このフックの恐ろしさを……」

 なにをする気だ!? あのフックに、どんな秘密があるというのだろうか?

「グラップリングフック!」

 海賊の親玉はそう言うと、フックの付いた右手を掲げ、素速く振り下ろした。

 ヒュン――。

 手のフックが外れて、俺目がけて飛んできた。

「うおっ、危ねー」

 俺は、後ろに跳んでそれをかわした。

 フックには、鎖鎌のように鎖が付いていた。

 ジャラジャラジャラ――。

 海賊の親玉がもう一度右手をあげると、フックは鎖で引っ張られ、腕に戻って行った。

 腕の中に、鎖が格納されているのか?

「くだらないわね……そんなの、ただのおもちゃじゃない」

「おもちゃだと!?」

 ユリルは、海賊の親玉を挑発する。

「あんたなんか、瞬殺してあげるわ」

 ユリルは、両手を地面に付けて詠唱する。

「グリモワールⅥの章・分解魔法砕石飛礫アースクラッシュ

 バキン――。

 鋭い金属音と共に、地面が一瞬光った。

 そして、地面から小石が幾つも飛び出し、海賊に向かって飛んでいく。

 ヒュンヒュンヒュンヒュン――。

「おお、すげえ……まともな魔法だ」

「やるわね……ただ闇雲にばらまいているのではなく、的確に相手を狙っているわ」

 アヒルは、鋭い目つきでユリルの魔法を見ていた。

「俺、こういうの欲しいんだよなー」

 カンカンカンカン――。

 石は、海賊たちに次々当たる。

「うわぁっ」

「もう一発、お見舞いするわよ」

「グリモワールⅥの章・分解魔法砕石飛礫アースクラッシュ

 バキン――。

 海賊の親玉にも小石が跳んでいく。

 ヒュンヒュンヒュンヒュン――。

「このフックは、こんなこともできるのだよ」

 海賊の親玉は右腕を振った。

 ジャラジャラジャラジャラ――。

 フックは、俺たちの頭の上を飛び越えて行った。

「へたね? どこを狙っているのかしら?」

 フックは、家の屋根に引っかかった。

 狙ったのは俺たちではない!?

 ジャラジャラジャラジャラ――。

 海賊の親玉は、鎖を腕に戻すことで、高く跳び上がり石つぶてをかわした。

「ふーん、やるじゃない。でも、そろそろ仕留めさせて貰うわ」

 ユリルは、両手を地面に付けた。

「グリモワールⅢの章・造形魔法陶芸岩ノ巨像メイクゴーレム

 バチバチ――。

 彼女が詠唱すると、まるで静電気のように空気が振動した。

「こんどは、別の魔法か?」

 アヒルは、少女を見つめている。

「かなり強力な魔法を使っているわ」

 ゴゴゴゴゴ――。

 今度は、地震!?

 地面が揺れ、巨大な岩が隆起する。

 その岩は次々と積み重なり、やがて人型を形成した。

 すぐさまユリルは、別の詠唱を行う。

「グリモワールⅤの章・操作魔法物質覚醒化ウェイクアップ

「やはりあの子、上級魔法を……しかも土の造形魔法と、操作魔法の複合技術よ」

 アヒルは、驚きの表情を見せている。

 人型の岩は、まばゆい光を放つ。

 そして、ゆっくりと目蓋を開いた。

 ギーン――。

 両の目が光る。

「か……かっけぇ……」

 俺は思わず見とれてしまった。

 俺が使える魔法と言ったら、回復/植物生長魔法、水がちょろちょろ出る魔法、手の消毒魔法、風が吹いて涼しい魔法――以上。

 俺は目を閉じ、腕を組んだ。

 そして、アヒルに告げる。

「この勝負……見えたな……俺のま……け」

 ガブーッ!

 アヒルは、俺の頭に噛みついた。

「ちょっとー、諦めてんじゃないわよーっ!」

 人の型を形成した岩は、二階建ての家ほどの大きさがあった。

 海賊たちに、その巨大な影を落とす。

 彼らは、恐怖で腰を抜かし、逃げ出す者もいた。

岩の巨像ゴーレム、パンチよ!」

 ユリルは、右腕を振って指示を出す。

 それを受けて、岩の巨像ゴーレムの巨大な拳が、海賊の集団に向かって行く。

 ドゴオォォォォォン――。

 海賊たちは、まるでボーリングのピンのように吹っ飛んでいった。

 彼女は振り返って、どや顔を決める。

「どお? わたしの勝ちね」

 く、くそー……このままでは負ける。

 立て、立ってくれ、キャプテン!

 俺の心の声が届いたのか、海賊の親玉は、フラフラになりならがも立ち上がった。

「おおーっ」

 俺は両の拳を、力一杯握りしめた。

「ちょっと、カツヤ? なに海賊の方を応援してるのよ!」

 ペチッ、ペチッ!

「あなたも、戦うのよ!」

 アヒルは、俺の頭の上に乗って羽で叩いてくる。

「こ、これで終わりと思うなよ……俺たちがなぜ海賊と呼ばれているか……見せてやろう」

 海賊の親玉がそう言うと、先程の岩の巨像ゴーレムが造られた時と同じように地面が揺れた。

 ガラガラガラガラ――。

「何の音だ?」

「見て、カツヤ!」

 アヒルが指差す方に、土煙が舞っている。

 その中で、家がゆっくりと移動していた。

 いや、違う! あれは船!?

 ……ドクロマークの帆が付いた――海賊船だ!

「なんで!? ここは陸よ?」

「まさか、あいつも魔法を使うのか!?」

 やがて、土煙が晴れその全貌が明らかになる。

 海賊船の下には、タイヤが付いていた。

 それを馬や海賊たちが、ロープで引いていた。

「人力……」

「なんて非効率なの……」

 海賊船は家をかき分け、俺たちに真横を向ける形で停止した。

 船の横には、幾つもの大砲が付いている。

 まさか――。

「撃てーっ!」

 ドーン、ドーン、ドーン――。

 海賊の親玉のかけ声と同時に、爆発音が響き渡る。

 海賊船から放たれた大砲の弾は、見事岩の巨像ゴーレムに命中する。

 ドゴーン! ガラガラ……。

 岩の巨像ゴーレムは崩れ、ただの岩の塊となった。

 しかし、ユリルの表情に動揺はない。

「やるじゃない? でも、そんなことしてもすぐに再生できるのよ」

 ユリルは、両手を地面に付ける。

 今しかない――。

 俺が海賊を倒せるのは、このタイミングしか無い!

 しかし、その前に、あの詠唱を止めなくては――。

 今ある魔法で、その方法を模索する。

 ――そうだ、風魔法。

「グリモワールⅠの章・大気魔法気圧制御『雄風』ストロングブリーズ

 俺は空気の渦を、ユリルの足元に投げつけた。

 ヒューッ――。

 風が少女の足元から真上に吹き上げる。

「え、何? 風が……」

 ユリルのスカートが、ひらりとめくれた。

「きゃっ」

「おおっ」

 町の住人も、海賊たちも見とれていた。

「何すんのよー! バカー!」

 しめた、詠唱が止まった。

 風魔法の効果が終わる前に――仕留める。

 俺は腰に手を当てて、マジカルステッキを天高く付きだした

「へん――、しん――」

 俺の体は、光に包まれ宙に浮いた。

 魔法使いプリティ☆リボンこと吉野克也は、ステッキのスイッチを入れることで、モンスターに変身するのだった。

 着ていた服は消え裸になる。

「おぉっ」

 町の住人から声があがる。

 海賊たちも、嫌らしい目で俺を見ている。

 何度やっても、恥ずかしい……。

 そして、煙に包まれた。

 ぼわん――。

 俺は再びクモの姿に変身する。

 シュルシュル――。

 ケツの先から糸を伸ばし、海賊船のマストにひっ付けた。

 そして、その勢いのまま、俺は一気に海賊船まで飛んでいった。

「いやっほーい!」

 俺は、看板には降りず、砲台の上に着地した。

 再びケツから糸を出し、砲口を塞ぐようにして、クモの巣を作った。

 俺も、複合技だ――。

「グリモワールⅥの章・分解魔法醸造竜ノ吐息ドラゴンブレス

 手の中のアルコールを、砲台に染みこませた。

 海賊の親玉は、既に海賊船に乗り込んでいた。

「大砲の準備はまだかー?」

 声が聞こえる。

 そろそろ戻らないとな……。

 俺は、クモの糸を伸ばし、アヒルとユリルのいる場所まで戻った。

 ユリルの足元においた風は、まだスカートをなびかせていた。

「卑怯者ー! この風、止めなさいよー」

 アヒルは、両手をばたつかせながら駆け寄ってきた。

「ちょっと、糸で遊んでいる場合じゃないわよ!? 大砲、次は私たちを狙ってくるわ」

「まぁ、みてな」

「撃てー」

 ドゴーン――。

 海賊の親玉のかけ声と同時に、巨大な衝撃が走る。

 海賊船は爆発し、炎上していた。

「な、なにが起きたの?」

「大砲に蜘蛛の巣を張っておいた。ドラゴンブレスのおまけ付きでな」

「やるじゃない、カツ……ヤ……」

 アヒルの視線は、海賊船に向けられていた。

「どうした?」

「何か飛んでくるわ……」

 海賊の親玉だ――フックを使い、俺たちの方に飛んできていた。

「ふはははは……そうやすやすと死んでたまるかーっ」

「しぶといな……」

「カツヤ、どうするつもり?」

 俺は家の塀を利用して、目の前に巨大なクモの巣を張った。

 ベチャッ――。

 飛んできた海賊の親玉は、そのクモの巣に引っかかる。

「く、くそ、なんだこれは?」

 海賊の親玉は、完全に身動きが取れなくなっていた。

 俺はゆっくりと近づいて行く。

「強力な魔法は使えなくても、俺にはこの両拳がある」

「な、なにぃ?」

「お前は、この六本の腕の攻撃に、いつまで耐えられるかな?」

「アータタタタタタターッ」

 俺は六本の腕で、海賊の親玉を殴りまくった。

「なんて、魔導師らしくない戦い方なの……」

 アヒルは、呆れかえっている。

「素手で殴るなんて、あんたそれでも魔導師?」

 ユリルは、俺を指差し叫んでいた。

「俺の勝ちだ――」

「キーッ 悔しい……」

 ユリルはスカートの裾を咥え、涙目を浮かべる。

「お前、パンツ見えてるぞ」

「キャーッ」

 彼女は顔を真っ赤にして、慌ててスカートを下ろす。

「ふん、今回はたまたま旨くいっただけじゃない! 覚えてなさい! 行くわよドラゴリラ」

 リラーッ――。

 ユリルは、全速力で町の外に向かって駆けだして行った。

「まったく、なんだったんだあいつ?」

 アヒルは、去りゆく少女を見つめていた。

「魔法書のページを探しているのが、私たちだけじゃなかった……今後あの子とは、戦うことになるわね」

 今回は直接対決ではなかったから勝てたけど、やりあうとしたらやっぱり上級魔法が欲しいな……。

「見て夕日よ……」

 夕日を浴びて赤く染まったアヒルの表情は、どこか寂しそうだった。

「夕日なんて珍しいものじゃねーだろう?」

 アヒルは、浜辺まで歩いて行った。

「この場所で見る夕日は、違うわ……」

 そこは、海があった場所。

 そこに、赤く染まった太陽が沈んでいく。

 砂浜の上には、この町にきた時に出会った少年が腰を下ろしていた。

 彼は俺を見ると、声を掛けてきた。

「お姉ちゃん、海って知ってる?」

 俺は首を横に振った。

「昔、ここにあったんだって。すごいいっぱい水があってね、お魚っていう食料もいっぱい取れたんだよ?」

 俺は、少年の横に腰を下ろした。

「もし、ここに海があったら、水も食べ物もいっぱいあって、みんな、仲良く暮らせるのにな」

「そうだね……僕、見て見たいな……海」

 誰も悪くない。

 悪いのはこの世界だ――。

 この荒廃した世界が、人々を狂わせている。

 僅かな水と食料を手に入れるために奪い合う――。

 それは、過度な欲望を満たすためではない。

 ただ誰もが、生きる為に必死なだけなんだ。

 俺がもう少し早くこの世界にきていれば、ここには素敵な景色が広がり、人々が幸せに暮らせていたんじゃないかって思うと悔やまれる。

「俺も……見て見たい……」

 アヒルも、俺の横に並んだ。

「取り戻しましょう、私たちの手で」

 俺たちは沈み行く夕日を、いつまでも見続けた。


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⇒ 次話につづく!

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