第一節 魔法少女異世界に立つ
俺は目覚めた――異世界で。
目の高さが低い……。
体を見ると、幼児体型の少女がメイド風ゴスロリ服に身を包んでいる。
手にはマジカルステッキが握られていた。
「やったー!」
自分の甲高い声に驚いた。
擦れたおっさんの声じゃない……若さがある。
俺は軽快に飛び上がった。
体が軽い……生まれ変わる前は80キロあった。
今はその半分以下だろう。
俺は、魔法少女として異世界で生まれ変わったのだ。
周りを見渡した……ここはどこだろう?
大抵は地方の小さな町から始まり、そこから経験値を上げていくのが定番だ。
しかし、周りに家や人は見当たらない。
それどころか、荒野のまっただ中にいた。
突き刺すような紫外線の太陽が、真上から照りつける。
「暑い……」
暑さ寒さは、異世界にきても同じか……。
ビューッ――。
「いてて……」
風に乗った砂埃が頬に当たる。
辺りには何も無い。
目に付いた物と言えば、壊れた看板がひとつ地面に突き刺さっているだけだ。
【はじまりの町】
――そう書いてある。
「何がはじまりの町だ! どこにも町などありはしないじゃないか!?」
バンッ――。
俺は看板を蹴飛ばした。
こんな始まり、どんな鬼畜サバイバルゲームだよ!
これからどうしよう……。
見渡す限り荒野が広がり、草木一本生えていない。
異世界転生、開始早々積んでいる……。
俺は途方に暮れ、しばらくその場に佇んでいた。
「あなた、異世界から転生してきたメイジね? 待っていたわ……」
どこからともなく声がする。
しかし、周りに人は見当たらない。
「どこを見ているの? 私はここよ!」
声は俺の足元からだ――。
見るとアヒル? が一羽。
それは、まるでサッカーボールのように丸い体型をしている。
俺はそれを抱え上げた。
「ラッキー!」
ひとまず当面の食料は確保できた。
「ちょっとー! 食べようとしてんじゃないわよ」
どうやら声の主は、このアヒルのようだ。
「この世界ではアヒルが喋るのか? それともモンスターか!?」
「違うわよ! 私はローズ・マリー――王国の王女よ」
「嘘をつけ! どう見てもアヒルだろう!?」
「本当よ! 呪いでこんな姿にされたの……」
アヒルは泣きだした。
「だいたい……誰のせいでこんな状況になったのか分かってんの!?」
――と思ったら怒り出した。
情緒不安定なアヒルだなぁ……。
「知らん。俺のせいみたいな言い方するな!」
「あなたのせいよ!」
アヒルは丸い手……羽? で俺を指差した。
「は? 俺は今、この世界にきたばかりだぜ?」
「それがいけないのよ! 何があったか説明するわ」
アヒルは、どこに持っていたのか紙芝居を出して説明しだした。
この世界は竜に支配されようとしていたの。
王女である私は、呪いを掛けられアヒルの姿にされたわ。
そこで王国は英雄の召喚を行った。
ナイト、クレリック、アサシンの三人が揃った。
けれどメイジだけは、いつまで待っても現れなかったの。
3人の英雄は、竜の元へと向かった。
それは壮絶な戦いだったわ。
これは、後に『世紀末大戦』と呼ばれることになった。
でも、メイジを欠く英雄一向は、竜の力の前に敗れ去ったの。
そして、竜はこの世界を炎で焼き尽くしたわ。
草木一本残らずにね。
それは、海の水すら干上がらせるほどの凄まじい威力だった。
やがて、力を使い果たした竜は長い眠りに就いた。
「あれから50年の月日が流れたわ。私は待った――最後の英雄が現れるのを……」
アヒルは紙芝居を地面において、俺の顔を見つめる。
「そして、今日遂に出会ったの!」
「それが、俺?」
「そうよ……あなた名前は?」
「俺は吉野
「カツヤ……? 女の子なのに、変わった名前ね? まぁ、異世界人だししょうがないか」
あ……つい本名を言ってしまった。
見た目リボンちゃんにしたから、名前リボンの方が良かったかも。
言い直そう。
「あの……」
ガブーッ――。
アヒルは、突然俺の耳に噛みついた。
「いててて……なにすんだよ!」
「カツヤ! あんたがもっと早くこの世界にきていれば、こんなことにはならなかったのよー!」
確かに、キャラメイクとリセマラに5日も掛かったけど……。
「たった5日だぜ?」
「時間の流れが違うのよ! あなたが5日に感じていたのは、この世界で50年の月日が流れているの」
「そんな……それじゃあ、俺の異世界生活は……」
「この荒野で一生暮らすのよ! 食料も水もない過酷なこの世界でね」
「全財産を課金して手に入れたこの世界のゴールドは?」
「滅亡したこの世界では、ただの紙切れ同然よ」
「でも……モンスターは、まだいるんだろ?」
アヒルは首を横に振った。
「いいえ……わずかに生き残った人類がいるだけよ」
「じゃあ……じゃあ、3日間リセマラして手に入れた、倒したモンスーターに変身できるこの杖は?」
「モンスターがいないんだもの……そんな物、ただの棒きれよ」
「うわぁぁぁぁぁぁっ」
俺は泣き叫んだ。
両手を地面について悔しがった。
「せっかく……せっかく、異世界にきたのにー!」
「でもね……」
アヒルが俺の頭の上に乗り、優しく声を掛けてきた。
「カツヤ、あなたなら……この荒廃した世界に、希望を与えることができると思うの」
「え? ほんとう?」
俺は泣き止み、頭上のアヒルを見上げた。
「あなたは、英雄の一人なのよ? これを見て!」
アヒルは、本をクチバシに咥えて差し出した。
「どこから取り出した?」
「いいの、そんなこと気にしなくて! それよりも、これは魔法書よ」
俺はそれを受け取った。
開くと一頁しかない。
「これは、もともと1000のページからなる魔法書だったの。さまざまな魔法が記述されていたわ。でも世紀末大戦で、ページはばらばらに引き裂かれてしまったの。その中には、この世界を復興する魔法もあるはずよ」
「つまり、世界中に散らばった魔法書のページを探せばいいんだな?」
「そうよ……そしてなにより」
「なにより……?」
ごくり――。
俺は唾を飲み込んだ。
「その魔法書には、私の呪い解く魔法があるはずなの! いーい? だから一刻も早く、引き裂かれたページを探すのよー!」
「おまえ、どっちかというと呪いを解くのが目的だろう?」
「私は50年間待っていたのよ!? あなたがくるのを! 長いこと待ちすぎて、ここに銅像が建ったわ」
砂の中に、丸みを帯びたアヒルの銅像が埋まっているのに気が付いた。
だ……誰が、こんな無駄なものを……。
50年か……。
「王女だったとか言ったな? お前、その時の年齢いくつだ?」
「16よ……」
「仮にに元の姿に戻ったとしても、66のババアだぞ!?」
「な……そ、そんなはずないわ! 呪いの姿の時は、時が止まっているの! だから、ぴちぴちの16才のあの頃の姿に戻れるはずよ!」
「……だといいな」
アヒルの顔に焦りが見える。
本当に16才に戻れるか不安なんだろうな。
「それにしてもお前、50年間よく食われずに生き延びてこれたな?」
「そりゃもう、毎日が死にものぐるいよ! 体を縛られ吊された時は、絶対に助からないと思ったわ。涎を垂らした男達のあの顔……思い出しただけでも……うるるる」
アヒルは、目に涙を浮かべている。
「お前も、苦労してたんだな」
「それとカツヤ、言葉使いに気をつけなさい! 私は王女! 今後は、ローズ様とお呼びなさい」
「アホドリでいいだろ……」
「なにー!?」
ガブーッ――。
「あいてて……いちいち噛みつくなーっ」
「あなたいくつ?」
「さんじゅ……13才だ」
「私は16よ。私の方が年上なんだから、敬語を使いなさいよ!」
中身は、30過ぎのおっさんなんだけど……。
「それと自分のことを、俺って言うのやめた方がいいわよ? 女の子なんだから」
女の子?
そ、そうだ……見た目幼女にしたんだった。
「まぁ、今からでも言葉使いは変えられるわ。少しは気品溢れる私の言葉使いを見習いなさいよ?」
「とても王女とは思えない喋り方だけどな?」
「なにー?」
甘やかされて育てられると、こうなってしまうのだろうか?
「聞こえなーい。何か言ったかしら?」
「いいや……何も……」
「それにしてもあなた、すごい格好しているわね? あなたのきた世界で流行ってるの?」
「そ、そうだな……」
ピンクのメイド風ゴスロリファッションは、荒野では明らかに場違いだった。
「さて、これからどうしたものか? 魔法書のページを探すにしても、どこを探していいのやら……」
「コンパスを使うのよ」
アヒルの口から、手のひらサイズの方位磁石を受け取った。
「魔法書のページは、燃えたりしないように魔力を帯びているの。このコンパスはね、魔力のある方角を指し示すわ」
「つまり、これが指し示す方角に行けば、魔法書のページに辿り着くというわけか……。でも、魔法書のページ以外の魔力にも反応してしまうだろ?」
「そうよ……でも、滅亡したこの世界で、魔力があるとしたら魔法書のページくらいなのよ」
「そうか、魔法すら途絶えた世界か……なんか悲しいな。それにしても、お前どこにコンパス持ってたんだ?」
「大切に懐にしまっていたのよ! これが無くなったら、もう魔法書探せないんだから!」
アヒルは俺の耳元で叫びだした。
「分かったから、いちいち大声出すな!」
「見て、早速反応しているわ」
コンパスの針は、一方向を指し揺れている。
「じゃあ、こっちに行くか!」
「いざしゅっぱーつ」
俺は歩きだした。
過酷な異世界生活の第一歩を――魔法少女として。
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⇒ 次話につづく!
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