第二節 はじめての魔法
俺は魔法少女として異世界に転生した。
しかし――、世界は滅亡していた。
俺は砂埃の中をひたすら歩いていた。
何時間たっただろうか?
ずっと同じ景色が続く――これが永遠に続くんじゃないかって、そんな気がしてきた。
日照りが強い――。
遮る物がないので、真夏の海で日焼けしている感覚だ。
「み、みずーっ」
「カツヤあんた、へばるの早いわよ」
俺の頭の上のアヒルが喋り出した。
「お前、自分の足で歩けよ!」
「そんなことしたら、疲れるじゃない」
こいつ……。
「この世界にきて、まだ1日も経っていないのよ? こんなんじゃ、3日も持たないわ」
アヒルは俺の顔の前で羽ばたいている。
「私を見習いなさい。この世界で50年も生きてきたのよ? よくよく考えたら、本当によく生き残れたものだわ……まったく、不思議で仕方ないわ……奇跡ね……奇跡」
「うぅ……もう無理だ。元の世界に戻りたい」
俺は、あふれ出す涙を拭って歩き出した。
ん? 前方に何かが見える。
「誰かいるわね? 用心しなさい。この世界にいる人間はろくでもない奴が多いわ」
「人が倒れているぞ?」
見ると爺さんのようだ。
ボロボロのマントを身に纏い、骨と皮だけになってはいるが、まだ息はある。
俺は声を掛けた。
「どうした? 大丈夫か?」
「た……旅の方ですか? 足をくじいてしまいました」
老人は、足を押さえ蹲っている。
「私はすぐに動けそうにありません。お願いがあります……この種籾を、村まで届けてはくれませんでしょうか?」
震える手には布の袋を持っていた。
「みんな、私の帰りを――いいえ、この種籾が届くのを待っているのです」
俺の体は、小さな女の子だ――爺さんを担いでいく力はない。
村まで行って誰か助けを呼ぶか……。
「村は近いのか?」
「半日も歩けば着くはずです」
あと半日か……きつい。
「丁度いいわ、
老人は、俺の頭の上のアヒルを見て驚いている。
アヒルが喋り出したんだ無理も無い。
「喋るアヒルがいると昔から噂がありましたが、本当だったんですね」
「有名アヒルになってんじゃねーか!?」
俺は、頭の上にいたアヒルを掴んで顔の前に持ってきた。
「ところでおまえ、魔法が使えるのか?」
「何言ってんの!? あんたが使うのよ、メイジでしょ?」
「あ……そうか、忘れてた」
「魔法書を開いてみて」
俺は鞄から魔法書を取り出した。
「1ページしかないけど、そのページの魔法を使ってみてごらんなさい」
「どうやって使うんだ?」
「そのページに書かれている文字を読むだけよ。あなたなら、それだけで使えるはずよ。
読むだけか……簡単だな。
練習とかしないで済みそうだし、メイジにして正解だったな。
「魔法書のページは言わば契約書なの。文字を読んだら、最後に血判を押す必要があるわ」
アヒルからナイフを渡された。
「だからおまえ、これどこに持っていたんだよ!?」
アヒルは、俺の質問など無視して説明を続けた。
「そこに書かれているのは、細胞を活性化させる魔法よ。すなわち、怪我をしている所に使えば、治りが早くなるということ」
「つまり回復魔法ということか? クレリックじゃなくても使えるんだな……」
「彼らが使う物とは少し違うわ。彼らは神に祈り、神の奇跡で人の傷を癒やすの。メイジの使う魔法は精霊などの力を借りて、術者自身が発動させる物――根本的な部分がまったく違うわ」
「ふーん……よくわからないけど、まぁいいか」
「あんた、勉強苦手でしょう?」
ギクッ……どちらかといえば、アニメをみたり、ゲームをしたりするほうが得意です……。
「構造を知るということは、術式を使う上で重要なことだからしっかり理解しなさい」
練習は必要ないけど、魔法は頭を使いそうだ……。
「この魔法の効果は、掛けられる側の治癒能力に左右されるから、お年を召している方だと効果が薄いかもしれないわね」
俺は魔法書のページを開いた。
見たこともない文字なのにすらすら読める。
俺が今喋っている言葉も無意識で使っていたが、実際は異世界の言葉なのだろう。
俺は、魔法書のページに書かれている文字を、声を出して読み上げた。
この地に眠る精霊よ。
我がマナを対価とし、そなたの力を貸し与えよ。
時は今に、場は我が両の手に。
目前の生命に命を吹き与えんが為に。
契約の刻印に魔導師リボンの名を刻む。
魔法書のページが光出す。
俺は、ナイフの先端を親指に突き刺した。
「いて……」
血が滲む。
その指を魔法書のページに押しつけた。
どこからか声がする。
今ここに、汝との契約は交わされた――。
「老人の足に、手を触れてご覧なさい」
俺は言われるままに手を添える。
「そして、使いたい魔法書の名前と、章のタイトル、魔法名を唱えるの」
「魔法書の名前?」
「グリモワールよ」
「グリモワール……Ⅱの章生体魔法
そう言った瞬間、俺の手からまばゆい光が迸る。
老人が口を開いた。
「こ、これは、50年前に途絶えたと言われる魔法!? 足が……暖かい……」
手の先に強い力が生じ、腕が引っ張られる。
「おぉ、痛みが引いていく……」
俺は全身の力が抜け、片膝を突いた。
一瞬意識を失いそうになり、それと同時に光は消えた。
「うぅ……なんか貧血に」
「違うわ。体内のマナを消費したのよ」
「マナ……?」
「安心して、時間経過と共に回復するわ」
アヒルは俺の目の前までやってきて、老人の様子をみている。
「最初のうちは、微力な魔法でも目眩がするかもしれないわね。強力な魔法を使えるように練度が必要よ」
要するに最大マジックパワーを増やせと――そういうことだな……。
老人は、すっと立ち上がった。
「歩けるようになりました」
「効果あったみたいだな」
老人は俺の手を両手で握りしめた。
「お嬢さん……あなたは一体……?」
「俺か?」
俺は腰に手を当て、ステッキを付きだした。
「俺は……ただの旅の天才魔法少女だ!」
「きっと、きっと神様が使わせた救世主様に違いありません。ぜひ村へきて下さい。水や食料など、差し上げることができます」
「水……とにかく俺は、一刻も早く水が飲みたい!」
俺は元気になった爺さんの後をついて歩いて行く。
爺さんの足取りは軽かった。
あの魔法を使い続けたら、若返るんじゃねーか? そんな気がしたが、その前に俺がぶっ倒れるだろう。
俺は、頭の上にいるアヒルに話しかけた。
「それにしても魔法を使う度に、指を切るのはしんどいな」
「一度契約した魔法なら、二回目以降は魔法名を唱えるだけで、契約書の詠唱と血判は必要ないわ」
「そうか、よかった……」
貧血にならずに済む。
それから俺達は、何時間も歩き続けた。
そして、陽が西に傾き始めた頃だった。
「見て! 町が見えてきたわよ」
目を凝らすと、遠くに集落が見える。
着いたら水を飲もう。
限界だ。異世界にきてから、一口も水を飲んでいない。
町に入ると、人々が爺さんを出迎えた。
「爺さん、無事だったか!?」
「みんな聞いてくれ、種籾じゃ種籾を手に入れた」
老人は懐から袋を取り出し、嬉しそうに町の人に見せている。
「これを飢えて作物を育てれば、毎年実り食べ物に困ることはない」
老人は手を振って、俺達を人々の輪の中に招き入れる。
「このお嬢さんに助けて頂いたんじゃ。水を差し上げてくれ」
町の住人は顔を伏せた。
「みんな、どうしたのじゃ?」
どうも雲行きが悪そうだ。
一人の男が口を開いた。
「実は……爺さんが村を出発してすぐに、井戸の水は涸れてしまった」
別の者も喋り出す。
「蓄えてあった水も底をつき、食料もあと僅か」
「もう、我々が生き延びる術は無い……」
老人は驚いて、腰を落とした。
「そ、そんな……」
え? 水ないの?
その時だった――。
ガタガタガタガタ――。
「何の音だ?」
町の外に砂煙が見える。
馬車のようだ。
馬の頭や体、荷台に鉄の棘を付けた馬車が、こちらに向かって走ってくる。
乗っているのは三人の男達。
上半身裸で、モヒカン頭――分かり易いほどに世紀末感を醸し出している。
村人の反応を見ても、あいつらの格好を見ても、いいひとじゃなさそうだ。
馬車は、俺達の目の前で止まった。
「ヒャッハー!」
降りてきた。
男は手に剣を持っている。
そして、爺さんに話掛けた。
「お爺さん! 俺達は長旅で喉が渇いているんだ! 水と食料を少し分けてくれないか?」
「帰ってくれ あんたらに分け与えられる水や食料など無い!」
パン――!。
老人は、モヒカンが差し出した手を払いのけた。
「あぁ?」
別のモヒカンが、割り込んでくる。
「まぁまぁ……俺達はさー、別に危害を加えようってわけじゃないんだ?」
「見てくれこれを……」
町の住人が広げた手の先には、田んぼがあった。
しかし、そこには何も植えられていない。
地面は干からびて、亀裂が走っている。
「井戸は枯れてしまい、もう農作物を育てることもできないんだ」
「蓄えてある水があるだろう?」
「キミらに上げられる余裕は無いんだ! 帰ってくれ!」
モヒカンは、老人の肩に手を当てた。
「爺さん、手に何を持っている?」
「こ、これは……」
モヒカンは、老人から袋を奪い取った。
「見ろよ種籾だぜ!? うまそうなもん、持ってんじゃねーか!」
「ま、まってくれ……それは、田んぼに撒いて実らせるためのもの」
「おい、あの岩を持ってこい」
モヒカンの中でも一番でかい筋肉ゴリラが、近くにあったトラックほどの大きさの巨大な岩を持ち上げた。
なんてパワーだ……異世界はこんなやつらばかりなのか? 怖いな……。
「そうだ、俺が種植えをしてやろう」
種籾を持ったモヒカンが、干からびた田んぼに歩いて行った。
そして、袋ごと田んぼに投げつけた。
「ここに、岩を落とせ」
ドーンッ――!
「な……なんてことを」
老人は、岩の前で崩れ落ちた。
「この岩をどかして欲しけりゃ、水と食料を持ってこい!」
「うひゃひゃひゃ……」
モヒカンの一人は、岩の植えに座り込み高笑いをしている。
アヒルは俺に声をかけた。
「これが、この世界のルール。暴力が支配する世界なの……」
俺の望んだ剣と魔法のファンタジーは、そこにはなかった。
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⇒ 次話につづく!
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