83 まあ普通は好きな相手には言いませんよね


「相談にのってもらいたいんだ」

「相談、ですか」

「ああ、こんなこと、君にしか頼めない。その、……例えばの話なんだが」



 3学期早々学級委員の仕事をしながら、放課後そう切り出したのはうちのクラスの委員長。


 ……って言いつつも自分の話のパターンだなと察しのいい私はすぐに思ったが、「いいでしょう、聞きましょう」と話を聞く。



「女性が男性の恋愛に協力したいって言うのは、なんの意図があるんだ?」

「え、白川くん好きな人いたんですか? 誰ですか? やっぱり葵ちゃん?」

「ちがう! 俺ではない! 例えばの話だ!」

「……はいはいそうでしたね」



 仕方ないからそういうことにしておきましょう。恥ずかしいんだろうなーきっと。



「でも、好きな人がいるなら、わたくしが協力しますよ」

「……これ以上不必要な協力者はいらない」



 どうやら委員長はその協力者さんに相当困っているらしい。えっ、誰? 委員長のよく話す女の子といったらやっぱり……葵ちゃん?


 そう1度結論付けて違うかとすぐに否定する。違うか。葵ちゃん、応援だけは絶対しないって言ってたもんね。むしろどんなことをしてでも2人の仲を引き裂くらしいからね。うん、絶対違うな。



「えっと、それで、意図でしたっけ? その方もわたくしも、委員長のことを異性として好意を抱いていないからでは? その方の詳しい理由はわかりませんが、まあ普通は好きな相手には言いませんよね」

「……そうか」

「ええ! わたくしのように、委員長を全く恋愛対象として見ていない方だからこそ、協力できるのでは?」

「……全く? 今後も好きになる予定はないと?」

「ええ! そうですね」



 だから安心して、葵ちゃん。私は絶対白川くんのこと好きにならないからね。


 私の回答に、何故か委員長は悲しそうな顔をしていた。……何で!?




***




 ホットティーを一口含む彼女をじっと見つめながら、先日の立花とのやり取りを思い出す。


 この前からずっと、清水が何を考えているのか全くわからなかったが……そうか、少なくとも清水にとって俺が完全に恋愛対象になることはないから協力するとか言い出したのか。そうかそうか、なるほどな。



「……さっきから、何?」

「いや、別に何も」

「あっ、ここにいるのが雅だったら良かったのにって思ってたんでしょ? 残念だったわね私で」

「だから立花は違うと何度言えば…………はあ、もういいが」



 昔から想像力が豊かっていわれるのと立花が言っていたが、俺から言わせれば清水も相当だ。いや、こいつの場合、思い込みが激しいのか?


 あと何度否定すれば分かってくれるのだろうか。もうこのやり取りも慣れてしまい、お決まりのやり取りになってきている。再び俺は、はあと諦めを込めてため息をつく。



「無理に元気を出して、とは言わないけど、あまり落ち込まないでね」

「何の話だ」

「雅からバレンタインチョコ貰えるか心配なんでしょ?」

「何でそうなる!」

「だってそういう風にしか思えないもの、シーズン的に」



 偏見が凄い。その理屈でいくと、このシーズンにため息をついた人は皆バレンタインチョコが貰えるか悩んでいるのか?


 どうして自分のせいかもしれないとは少しも考えないんだ。……いや、考えるような奴だったらそもそも俺はこんなに困っていないか。



「それに心配しなくとも、立花からバレンタインチョコは貰える」

「えっ……」

「友チョコ? だったか。最近のバレンタインチョコは多様化しているから、種類はよくわからないが、貰えるのは純粋に嬉しいものだな」

「…………」



 そういえば、とふと思い出す。



「女性からバレンタインチョコをもらうのは、これが初めてだな」

「…………へぇ、そうなんだ」



 なんだ、立花からバレンタインチョコをもらえると言えば、清水も喜ぶと思ったんだがな。


 まったく、清水からバレンタインチョコの話題をはじめたくせに、もう興味が薄れたようだ。それ以降、急に口数の少なくなった彼女の瞳が悲しげに見えたのは、きっと俺の気のせいだろうな。




***




「少し早いですが、どうぞ」

「ああ、バレンタインか。ありがたく頂くよ」



 バレンタインと言っても渡したのはチョコレートではなく、立花家うちのフィナンシェの新フレーバーの試作品。委員長以外にも、クラスメイトの田中くんや横山くん、それに川上くんたちにも渡したの。あっ、もちろん前野くんもね。


 委員長と前野くんには日頃の感謝を込めて。田中くんや横山くん、それに川上くんやウィンターパーティーで声をかけてくれた麗氷男子の方々には、こんな私と踊ってくれたお礼もかねて。


 田中くんなんて嬉しすぎて泣き出してしまった。なんでも、ずっと立花家うちのフィナンシェのファンだったんだって。いや~、それはものすごく有難い。


 そこまで喜んでくれている人をテスターみたいに扱ってしまったことに少しだけ罪悪感。



「青葉にも渡したのか?」

「……いいえ。でも、どうして、」

「このコーヒーフレーバー、パナマ産って書いてあるだろ。俺の知る限り、そんなマニアックな品種好きなやつ、ひとりしか知らないからな」



 確かに、委員長の言う通りだ。このコーヒーフレーバーを作ろうと思ったのは、少し前ご一緒したパーティーで青葉がコーヒーゼリーを食べていたからだ。初めて会った時もコーヒーを飲んでいたし、きっとコーヒーが好きなんだろうと思ったのだ。


 だから、瑠璃ちゃんに彼の好むフレーバーをいくつか聞いて、その中から結果的にパナマ産のコーヒーが立花家うちのフィナンシェにマッチしたのだ。


 まあ、そのためにお父様にコーヒーを新フレーバーにするのはどうかって、提案したりしたんだけどね。


 あの時のお礼をしたかったっていうのはもちろんのこと、彼が喜んでくれる気がして。


 だけど、もう無理なのだ。渡したくてもそうすることはできないの。彼がそれを望まないから──。



『……さようなら、『立花雅』さん』



 そう言ったあの日から、『一条青葉』は私と関わるのをやめた。言葉も、ましてや視線なんて一切交わらない。拒絶されているのだとすぐにわかった。それと同時に、以前言っていた方を大切にしたいのだとも思った。



『──君は本当に僕のことが好きだよね、……だからこそ、そんな君の気持ちに……』



 ──同じ顔で、同じ声で、同じ言葉を。



 『一条青葉あなた』は『立花雅わたし』ではなく他の令嬢に言う。



 あの時のことを思い出してぼーっとしてしまったらしく、「立花?」と委員長に声をかけられる。


 はっ、いけないわと、すぐに思い、今話していることに集中する。今はそんなこと考えてる場合じゃないわ。



「そ、そんなことよりもですよ! 他の方から頂いたりしていないんですか? ほら、幼馴染みでもある葵ちゃんとか……」

「……はあ、そういう詮索は迷惑だからやめてくれ」



 どうやらこの手の話題は昔から耳タコらしい。私もよく赤也との仲を邪推されたから気持ちがわからなくもないけど……そんな言い方って。



「……すみません。でも、そんな言い方って……葵ちゃんが可哀想じゃないですか。もっと言い方ってものが……」

「? だから迷惑だろう、あいつにとって、俺なんかと噂になれば」

「……そ、そういう意味でしたの!?」



 全然伝わってなかったよ!? そして多分葵ちゃんにも伝わってないと思うよ!?



「他にどういう意味が?」

「言葉が足りませんよ委員長……」

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