82 なんやねん、そのはるかに上空からの物言い!



「貴様に説明してやる義理はないが……俺様は今かなり機嫌がいい。馬鹿なお前にもわかるように言語化してやろう────……とその前に」

「その前に?」

「立ち話はなんだ。何かつまみながら座って話そう」



 ついて来いと吉野を引き連れ、俺は近くにあった広めのテーブルがある席に腰掛ける。


 近くにいた使用人に料理を持ってくるように頼む。



「……お前ってほんとマイペースやんな」

「俺の家で俺がどうしようと自由だろ」

「そりゃそうだけどなぁ……」



 不満なのか吉野はぶつぶつ何かを言っていたが適当にスルーした。それからすぐに料理が運ばれてくると、あいつは美味しそうに口いっぱいに頬張っていた。……たく、現金な奴。



「それで? どうして急に青葉くんと薫子ちゃんが親しくなったん?」

「別に、元々あいつらは親しかったさ」

「はぐらかすなよ! ここまで俺を待たせといてぇ……」

「本当だ。西門黄泉とまではいかないが、薫子だってそれなりに青葉と交流があったし親しくしていた。だが、それはあくまでも『幼馴染み』としてだ。『婚約者候補』としてではなかった」

「あ~……青葉くん、薫子ちゃんのこと真白の婚約者候補だと思ってるんやっけ? 自分の婚約者候補なのに」

「いや、でもそれも間違いじゃないんだ。あいつは俺様の婚約者候補でもあるからな」



 そう言うと、吉野は知らなかったのか「はあ!?」と大げさにリアクションをし立ち上がる。すぐに「うるさい」と注意をすれば「……す、すまん」と言って座りなおした。



「元々俺様の婚約者候補として顔合わせがあったんだ。その時に薫子は青葉に一目惚れしたらしく、青葉と婚約できなければ俺様と婚約するという約束で無理を言って青葉の婚約者候補にしてもらったんだ。伊集院家としては一条家の息子と婚約出来れば、青葉でも俺でもどちらでも良かったようだがな」

「……ええ~……おま、それってどうなん……」

「何がだ? 俺よりも青葉が良いなんて見る目あるじゃないか」



 ……それに比べてあの女は。……青葉よりも俺を好いているなんて節穴にも程がある! 青葉のが素晴らしいに決まっているだろう!


 大体あの女は再会した時も気に食わなかった。自分なんかと青葉は釣り合わないなんて体のいい御託を並べて青葉の気持ちを踏みにじって。あろうことかあの西門家のガキなんかとペアを組みやがって。好きな女と親友が親しげにしているところを見る青葉の気持ちにもなれ。……可哀想だろうが!



「青葉の弱点は何かわかるか」

「なんやねん、藪から棒に。……そうやなあ、青葉くんも男の子やからなぁ~。好みの可愛らしい女の子からのお願いには弱いんとちゃうん?」

「ふっ、俺の見立ては違う。──青葉が1番弱いのは好意だよ」

「好意ぃ~?」



 ああ、そうだと俺は自信をもって頷く。



「誰かから自分に向けられる好意を、青葉は決して無碍にはできない。それは昔から青葉が欲していたものでもあるからだ。薫子は、青葉の前で涙を流すなんて、感情的でみっともないと落ち込んでいたが、むしろ好都合。涙が出るほど好きだと言う女の、その真摯な心に、あの青葉が影響されないわけがない。それもずっと自分を気にかけてくれてたなんて、青葉の弱いシチュエーションだ」



 青葉はきっと薫子を放ってはおけないはずだよ。待ち望んだ自分を愛してくれる令嬢に出会ったんだ。当然の結果だろう。



「おそらく青葉はまだあの女のことを引きずっているようだが……」

「待って待って待って、もう話が全然入ってこないわ。お前、青葉くんが断れないの分かってて、薫子ちゃんをけしかけて、青葉くんが1番弱いシチュエーションで想いを伝えさせて、強引に2人をくっつけたってこと?」

「? だからさっきからそう言っているだろう。本っ当にお前は頭の回転が悪いな」

「青葉くんの気持ち無視して、か」

「聞こえが悪い言い方するなよ」

「でも実際そういうことだろ、お前のしたことは」



 なんだこの不毛な会話は。吉野は俺を責めるような瞳で見るが、一体何が悪いというんだ。



「……気持ちを知って貰わなきゃ、何も始まらないだろう。俺はその手伝いをしてやっただけだ、最も効率的な方法でな」

「わ! なんやねん、そのはるかに上空からの物言い!」

「結果が全てを物語る。そうは思わないか。結果的に、これから先も一緒にいられるならそれでいいだろう。過程はどうでもいい」

「それはお前の論理だろ、真白。お前はあまりにも、自分のことしか考えない。青葉くんの気持ちや薫子ちゃんの気持ちはどうなる? ……きっとこの先彼女はずっと不安や。青葉くんがまだ『立花雅彼女』のことを好きなんじゃないかって、ずっと考えてまうんや。青葉くんだって、気持ちの整理もつかないまま薫子ちゃんの想いに応えようって……そんなん辛いやろ」



 どうしてもう少し待ってあげなかったんだとこいつは言う。……俺だって出来ることならそうしてやりたかったさ。たっぷりと時間をかけて2人の距離を縮めてやりたかったさ……でも、ダメなんだ。そんな時間はないんだ。聞いてしまったんだ、お父様と立花のおじ様の話を──。



『ジョーくん! 久しぶりだね!』

『ああ、ハナか。久しいな。……随分嬉しそうだが、何かあったのか?』

『うん、聞いてくれよ! この前姉さんに雅ちゃんのサマーパーティーの映像を見せてもらったんだけどね』

『サマーパーティーというと……麗氷でのアレか』

『うん、そう。そのサマーパーティーさ。でね、僕らの子どもたちが一緒に踊ってたんだ! いつの間に親しくなってたんだろうね? 雅ちゃん全然青葉くんの話しないから、僕知らなかったよ。黄泉くんとお友達になった話は聞いてたんだけどね』

『……ほほう。てっきり君の娘さんは青葉に興味がないとばかり思っていたが……どうやらそうではなかったらしい』



 それからどんどん話は進んでいき、近々正式に婚約する前に両家で顔合わせをしようということになってしまった。


 青葉にとっては吉報なのかもしれない。ずっと待ち望んでいたあの女との顔合わせだ。……でも。


 ──でも、『立花雅』は、駄目だ。あの女だけは、駄目なんだ。



「お前が2人のために行動したのはわかる。けどな、押し付けた善意は悪意となんら変わらないやろ……」

「……そうかも、な」

「なら……」

「忠告は聞いた、だが聞くだけだ」



 最後に、ニッコリと笑ってやった。これで終わりだ、という意味を込めて。


 吉野を置いて俺はそのまま立ち去った。別にいい。わかって貰いたいとも思ってないしな。



『真白お兄様』



 そう言って俺に駆け寄る青葉が大好きだった。今はもう目も合わせてはくれないが……。


 謝りたいのに謝れないってのはしんどいな。俺もいつか青葉に謝れる日が来るのかな? その時青葉は俺を許してくれるのだろうか。

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