62 君を除いて最も青葉の婚約者になる確率が高い令嬢だ



 青葉から呼び出しがかかった。


 正直顔を合わせても、嫌味しか言われないので会いたくない。不愉快な気持ちになるのは目に見えているもの。


 でも前野くんを通しての呼び出しなので、私がすっぽかすと彼に迷惑がかかってしまうかもしれない。……ただでさえ前野くんって青葉のこと苦手なのに、私のせいで彼まで嫌味を言われてしまうのは忍びない。


 しぶしぶ了承すると、前野くんに「立花、顔」と言われてしまった。……え、嫌な気持ちが顔に出てた? ってそんなわけないか。




「あの、それでお話とは……」



 人目が多いテラスではなく、個室のサロンに呼び出したということは、何か大事な話でもあるのだろう。どうぞ話してください、ほらほら。


 促したが、青葉は天井を見たり床を見たり飲み途中のアイスコーヒーをぐるぐるとかき混ぜたり、暫く、なにやら言い出しかねるような素振りだった。……あの、本当に何?



「そういえば、ダンスパーティーそろそろですね」

「……え、まだ半年はありますよ?」



 それをそろそろと捉えます? ……新しいな。子どもの内って日々が長く感じるもんじゃないの? 青葉はおじいちゃんなのか? やばい、私達、様々な価値観だけでなく、時間間隔までも合わない。



「……君はパートナーどうするつもりなんですか? もしまだ決まっていないのなら……」

「ああ、決まっていますよ」

「……僕が……ん? 今なんて?」



 ……ああ、このおじいちゃんは、ついに耳にまでガタが……。もう1度、難聴の人でも聞こえるようにゆっくりと同じ言葉を繰り返す。



「ですから、決まっていますよパートナー」

「…………それは、どなたか聞いても?」



 私にこんなに早くからパートナーが決まっていることが信じられないのか、相手まで確認してくる。どんだけ信用ないの、私。



「赤也ですわ。去年からずっと、来年は自分だってお願いされてましたの」



 去年黄泉とパートナーになったと聞いて「ずるい、僕だって姉さんと踊りたかった……」って不貞腐れてた赤也は可愛かった。さすが我が弟。


 1年も前のことだから、もう忘れちゃってるかなって思って、この前確認したらすごく驚いていた。てっきり、青葉と踊ると思ってたんだって。それはない。それは、本っ当にない。赤也まで伝聞や憶測に惑わされないでよ。



「……でも、いいのかい? 弟のわがままなんて聞かないで、こういう時こそ出会いが転がってるんじゃないかな?」



 別に全然いいんだけど。今日の青葉は、いやに食いつくなあ……。もしかして、心配してくれてるとか?



「大切な弟のわがままなら、喜んで聞きますよ。でも確かに貴重な3校交わる機会……。なんなら当日パートナーのいない殿方に勇気を出して話しかけてみますね」

「……へぇー……」



 ……この憐憫の眼差し。心配なんかじゃない。彼は私を憐れんでいる! そんな可哀想なモノを見る目で私を見つめないで!



「何ですか、その顔は! ……どうせ引く手数多の一条家のご子息は、お相手に困らないでしょうね。ですがご心配なく、わたくしにも赤也がいますから」

「…………どうしてそうひねくれて捉えるかなあ? だから君は可愛げがないんですよ」

「か、可愛げがない!? わたくしがですか!?」



 自分でも可愛げがないこと気にしてるのに!! この人私にそれ言うの何度目!? 人の気にしてることとか、コンプレックスをつくの良くないと思う!!



「ええ、そうです。良かったですね、弟くんが誘ってくれて。君みたいに可愛げのない令嬢を誘う赤也くんの気が知れないよ」

「……っ、赤也のことを悪く言わないで!」



 私のことはどう言われてもこの際いいわ。青葉に皮肉や嫌味を言われるのには慣れてるから。だけど、赤也を、私の大切な弟を悪く言うのだけは許せない。



「ですが、どうしてわたくしにダンスのペアのことを?」

「……僕が……君のことを、」

「わたくしのことを?」



 そこから数秒の沈黙。はあーーーっと、随分と長いため息をついてから、「いや、何でもないよ」と言葉をやめてしまう。


 ……私のことを……何!?


 言いかけてやめるの、やめてくれません!? 


 おじいちゃんだから、何言いたかったか忘れちゃった!?



「どうせ君のことだから誘ってくれるパートナーもいないだろうと思って。そんな君のこと、笑い飛ばそうと思ったからだよ」



 代わりに紡がれた言葉は、想像以上に最低だった。




***




「──と、いうことがあったんですよ。いくらなんでもひどくないですか!?」

「あの青葉が女性に対してそんな態度をとるなんて、少し信じられないな」

「でも実際そうなんですもん!」



 放課後。白川くんこと委員長と、例のごとく木村先生から押し付けられた雑用をしながら青葉のことを愚痴る。もちろん、口だけでなく手もしっかり動かしている。


 怒り心頭の私を宥めるように委員長は「まあまあ」と私を落ち着かせてくれる。



「別に立花の言葉を疑うつもりはないが、青葉は令嬢に対してはすごく紳士的で、聞き手に回り微笑んでいるイメージでな。よく話をしたり皮肉なことを言うのは、どちらかと言えば黄泉の方だろう」



 確かに、それは一理ある。青葉自身も、以前前野くんを怒らせてしまった時に、そんなようなこと言ってたっけ? 女性は共感を求める生き物だから何も言わずに笑顔で頷くだけにしているって。


 ……でも、それって。


 ここにきて、私はある事実に気がつく。



「……一条くんにとって、もはやわたくしは女性ではないのでは!?」



 自分で言っててものすごく悲しくなる仮定だけど、間違っていない気がする。だからズケズケものを言うのよ。令嬢じゃなければ、笑顔で対応しなくていいものね!


 自己完結している私に、委員長は「いや、それはないだろう」と否定する。



「青葉は昔から君のことが大好きだからな」

「……えっ!」

「瑠璃くんから聞いた君の話を、楽しそうに何度も話していたよ」



 これは……、これは……、完っ全に誤解されている!



「君にだけ辛辣なのも、一種の……照れ隠し? なんじゃないか? 今回だって、本当は君のことをパートナーに誘いたかっただけで……」



 あまりに的を外し過ぎている。というかいつの情報? その情報古くない?


 少なくとも、ご自分がおモテになることをマウントするために、個室のサロンに有無を言わさず呼び出されるくらいには嫌われてるわよ!?



「それは、絶対ないです」

「そうだろうか?」

「ええ、断言できます」



 だって私は『一条青葉』が好きになった人にどういう態度をするか知ってるもの。少なくとも、あのゲームの『一条青葉』は『結城桃子』に好感度が低い頃から優しかったし、好きだと気づいてからは見ているこっちが恥ずかしくなるくらい甘々だった。


 ……だから、よっぽど私のことが好きじゃないんだと思う。


 そう思うと、ズキズキと胸が痛む。以前だったらなんとも思わなかったかもしれない。むしろ嫌われてるくらいがちょうどいいって思ったかもしれないわ。だって、好きになられると困るもの。以前のように婚約を迫られたら困るもの、って。そう思えたのに──今はそう思えない。



 知ってしまったから、彼がそこまで悪い人じゃないって。



『……立花雅さん、僕はずっとあの時のことを謝りたかったんです』



 自分が悪いと思った時は、すぐに頭を下げられる人だ。



『──前野くん。君は綾小路さんに自分の気持ちを伝えるべきだ』



 誰も味方がいない時、彼だけは私の言葉を否定しないでいてくれた。私には前野くんを説得出来ないと諦めかけた時、代わりに彼の背中を押してくれた。彼がいてくれて良かったと心から思った。



「……どうしてこんなに、嫌われているんですかね」



 思わず零れた本音。考えてもわからない。何かきっかけがあったはずだ。桜子ちゃんのお父様が運営しているテーマパークのプレオープンのパーティーの日。あの時は、そこまで険悪じゃなかったはずだ。いつから青葉が私にそういう態度になったのか、全く思い出せない。



「……というか、わたくしってそんなに可愛げありませんか?」

「そうだなぁ……ないわけではないんだろうが、君は甘えたり人を頼ることをせず、何でもひとりでやってしまうし、出来てしまうからな。以前の俺のように、君が『完璧』に見えて近寄り難いと思っている男子は少なくないだろうな」



 私の近寄り難さを、オブラートにくるくると包んで表現してくれている!


 なんという心遣い! なんというホスピタリティ! 委員長、優しい!



 多少子どもらしさに欠けるところがあることは、自分でも自覚している。


 多分私って取っ付きにくいんだと思う。


 以前のクラスでは前野くんがいたから、他の人も私に話しかけたりはしてくれたけど、親しいお友達にまではなれなかった。



「まあ、青葉も虫の居所が悪かったのかもしれん。あまり気を落とすなよ」

「……はい」

「そういえば、足はもう大丈夫なのか? 随分と皮がめくれて痛そうだったが……」

「ええ、もうすっかり。一応まだ靴ズレの痛みを和らげるバンドエイドを貼っていますが……あの時手当してくれた方のお陰ですね」

「俺が人を呼びに行ってる間に! ほんの少しの差だったのに! クソっ!」



 どうでもいいけれど、対抗心を燃やすところは、本当にそこでいいのか? 委員長



「……相手はどんな人だったんだ?」

「そうですね、私と同年代くらいの綺麗なご令嬢でした」



 『可愛い』というよりは『綺麗』という言葉が似合うような令嬢だった。



「ピンクのワンピースを着用していらして、キツめに巻かれた縦ロールが特徴的な、お人形さんみたいに綺麗な方でした」



 私が日本人形ならば、彼女は可愛らしい西洋人形だ。


 鼻筋が通っていて、瞳はお人形さんみたいに大きくて、まつ毛は羨ましいくらいくりくりしていた。綺麗に巻かれた縦ロールが似合う、全身手入れの行き届いた「これぞお嬢様」というものを体現したかのような少女だった。


 私なんかよりも、よっぽど青葉の隣りが似合う洋風の美少女だ。……あれ? 何故、今私は、自分と彼女を比べてしまったのだろうか。



「……ああ、きっと伊集院さんだな」

「……伊集院?」



 どこかで聞いたことのある名前だ。でもどこだったかしら。



「『伊集院薫子』さん、君を除いて最も青葉の婚約者になる確率が高い令嬢だ」

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