40 俺は立花のこと1番親しい女友達だと思ってたんだけどなあ
私の気が変わる前にペア申請をしておこうと黄泉は私を職員室までぐいぐい引っ張る。掴まれた右手が力強くて自力で振りほどけそうにない。
「黄泉。ちょっと、黄泉ってば」
「いいから速く行こう~。昼休み終わっちゃうよ」
「まだ時間に余裕はあるでしょう、そんなに急がなくても……」
「はいはい、わかったわかった~」
返事はしてくれるけれど、振り返ってはくれない。少しだけ速い彼の足どりに、私はついて行くのがやっとで令嬢として相応しい歩き方なんて出来るわけもなく。せめて転ばないようにと、見栄えよりも安全性を考慮して足元に気をつけた。
***
職員室の廊下には、現在大きめの横に長い机がある。黄泉曰く、その上に置かれている紙に氏名を記入し、そのままどちらかの担任の先生に提出する流れのようだ。
ようやく右手が解放されたのはいいが、私達は少し遅かったようだ。皆考えることは同じようで、昼休みの内にさっさと提出するつもりみたいだ。
残念なことに、出遅れた私達は提出よりも先に、記入スペースの確保をしなくてはいけないのに、そうしようにもスペースが見当たらないのだ。
どうしたものかと黄泉の方をちらりと見たら、「……ゲッ」と苦虫を噛み潰したような顔をしていた。一体誰がいたんだと疑問に思った私が、そんな黄泉の視線の先を辿ると、そこには私のよく知る人達がいた。
「よう、黄泉、立花」
「え、雅ちゃん? あら、黄泉様もご一緒なんですね!」
「前野くん! 桜子ちゃん! ……もしかして、あなた達も?」
「そういうお前らも?」
「ええ、まあ、そうなの」
なんて素敵なの! 2人ともとってもお似合いですわと、私と黄泉をそれぞれ見て桜子ちゃんは大喜び。
いやいや、あなた達の方がお似合いだからね?
……それと、喜んでくれるのは嬉しいのだけど、桜子ちゃん。そろそろ声のボリュームを下げた方がいいかもしれないわ。昼休みとはいえ、ほら、ここって一応職員室の前だから。
「良かったな、黄泉」
「馴れ馴れしく、名前で呼ばないでくれる~?」
「悪い悪い。お前も俺のこと名前で呼んでいいからさ!」
「そりゃどーも。気持ちだけ受け取っておくよ、ま・え・のくん」
気のせいか、前野くんにだけ黄泉の態度がギスギスしてる気がする。前野くんは全然気にしてないみたいだけど、もしかしてクラスで揉めたのだろうか。
新しいクラスになったばかりで早速か、とそんな2人の様子に少し呆れてしまう。
「……ちょっと、どうしたのよ2人とも。何かあったの?」
「別に。ただ前野が気に食わないだけ~」
ぷいっと顔を背け、詳細を省く黄泉に、寛容な私も怒りを抑えきれなかった。なんとなくなんて、そんなデタラメな理由で私の友人を嫌わないで欲しい。
「ちょっと、黄泉。前野くんの何がそんなに気に食わないのよ? 彼はとってもいい人じゃないの! そりゃ、あなたのように華やかさはないかもしれないけれど、優しくてユーモアがあって、……何よりわたくしの初めての男の子の友人よ?」
「だからそれが1番気に食わないんだよ」
「えっ? それ? どれのこと?」
とってもいい人ってこと?
それとも優しくてユーモアがあること?
今のどこに気に食わない要素があったんだ。相変わらず、黄泉は言葉が足りない。
「バレンタインの時、オレがチョコ欲しいって言ったら、雅断ったよね~?」
「何を言っているの? この前ちゃんとあげたじゃないの、友チョコを。あなたが好きそうな柑橘系で風味付けしたチョコレートを」
「ああ、そうだね。あれはとってもおいしかったよ、ありがとう。でもオレが言ってるのはその前のこと」
「あ、ああ……」
あの時のことを思い返す。黄泉が言っているのは1年生のバレンタインのこと。
あの時は『西門黄泉』に対していい印象を抱いていなかったのよね、私。でも、私の記憶が正しければ「欲しい」なんて可愛らしい表現じゃなかったはずだ。確か「予約でもしとこうかなぁ」だったはず。
今思い出してもあれでオッケー出すと思う方がおかしいよね。……結局お父様を持ち出されてあげたんだけど。
「雅、キミは前野に渡すからって断った。オレより前野を選んだ」
「え、ええぇぇ……そんなこと言われても」
「初めての男友達だかなんだか知らないけど、キミはあいつには随分心を開いてるようだね~」
とどのつまり、黄泉が気に食わないのは前野くんが自分より先に私と親しくなったからってことだ。そんな些細なことに執着するなんて、って思うけど。きっと子どもにとっては大きな問題なのよね。
「……わかった。初めての男の子の友人は前野くんだけど、1番親しい男の子の友人は黄泉よ。これで満足してくれた?」
「やっぱり~? そ~だと思ったんだよね~。雅は前野よりも、オレを選んでくれたんだね~」
オレをの部分を強調して言う彼は先程と打って変わってご機嫌だ。
別に、黄泉のご機嫌を伺うわけじゃないけど、私のせいで前野くんと不仲になるのはすごく残念だしね。それとなく、前野くんより黄泉のが仲良いよ~とアピールしておく。
前野くん本人がいる前でそんなこと言うのもどうかと思うけど、きっと彼はそんなこと気にしない人だから。そんな信頼関係がないとこんなこと出来ないわよ。
「話し合いは終わった?」
「ええ、たった今ね」
「そ? なら良かった。じゃあ早く申請書を記入した方がいいんじゃない?」
黄泉とほんの少し口論になっている内にちょうど2人分のスペースが空いたらしく、特に気にした様子もない前野くんが親切に教えてくれる。
専用の用紙に、先に私と桜子ちゃんが氏名を記入していると、後ろはまだ揉めているのか少し騒がしい。……ちょ、桜子ちゃんだけでなく、この2人もか!
チラリと職員室を覗き見ると、ドアガラスから先生達が今にも爆発しそうなのが見える。……完全に怒り心頭に達している。2人ともそろそろ静かにした方がいいわよ!
しかし、背後の2人は私の願い虚しく、そんな彼らに気づかず、会話を続ける。
「前野、聞いてたでしょ~? 雅と1番親しい男友達は、こ・の・オ・レ。キミじゃないんだよ」
「ははは、そうか。それはそれは、残念だな。俺は立花のこと1番親しい女友達だと思ってたんだけどなあ」
俺の片想いだったみたいだなと、前野くんはわざとらしく肩をすくめる。
「……よく言いますよ。前野くんの1番親しい友人は桜子ちゃんでしょう? 現にこうしてペアを組むわけですし……」
「ああ、桜子は友達じゃないからな」
「……そんな言い方は、」
照れ隠しにしてもひどい言葉選び。前野くんがそんなこと言う人だは思わなかった。そんな私の内心が伝わったのか、彼はそういう意味じゃないと訂正する。
「ああ、ちがうんだ。誤解しないでくれ。桜子は特別だって意味だ」
「ちょっと、シロー!」
「こいつは女友達じゃなくて、婚約──」
「婚約者じゃないわ! ただの許嫁よ!」
えっ? 婚約者? 許嫁?
今サラッとすごい事実を聞いてしまった気がする。
「……そうだったの? わたくし、全然知らなかったわ」
「……ち、違うの雅ちゃんっ! 隠してたわけじゃ……」
「いや、隠してただろ」
「まあ、隠してたんだけどっ! ああ、もう! シローは黙ってて! ややこしくなる!」
前野くんと桜子ちゃん、2人の喧嘩が勃発するまえに、職員室のドアがガンッと勢いよく開いた。
「……おい、少しは静かに出来ないのか? 今日はもう申請書は受け取らない。解散だ」
えええーーー! という生徒達のブーイングに、木村先生は文句があるなら1週間にするか? と脅すものだから、彼らは静かになるしかない。
お前らのせいだぞ、という視線が私達4人にチクチク刺さる。
言葉に出して責められないのは恐らく西門家と立花家の力。私達に表立って文句を言える人そうそういないもんね。こういう時ばかりは、自分が立花の家の人間で得をしたと思える。……だけど、私は常識的な声量だった気がする。
皆さん私も加害者のように見てくるけれど、私関係ないよね!?
巻き添えをくってしまった不運な自分に嘆いていたら再び職員室のドアが開く。
「……それから、立花。クラスをまとめる副委員長であるお前がいながらさっきの騒ぎはなんだ。……罰としてこのプリントを5限目までにクラスに配っておけ」
「…………はい」
渋々プリントを受け取ると、先程まで4人に向けられていた視線が私に集中しているのがわかった。
……えっ、私? 私が悪いの?
他の3人にまでそんな目で見られるなんて心外だ。
……た、確かに副委員長だけど、この3人は私のクラスメイトじゃないし、彼らをまとめる義務は私にはないはずだ!
屁理屈だって何でもいい!
私はこの理不尽な現状に抗議する!
なんて、頭の中の勇気ある私は必死に意義を申し立てているが、そんな勇気のない現実の私はとりあえず謝ってその場をやり過ごした。
「雅だけが悪いわけじゃないよ」
「そんなに気にすんなよ、立花」
「わたくしもみんな騒がしくしてしまいましたし」
「…………そうね、うん」
絶対木村先生は私に雑用を押し付けたかっただけで、そのためにいい口実が見つかったとこの騒ぎを利用したのではと思うのは…………私の邪推かしら?
もう、どうでもいいや。なんだか疲れてしまった。
「……それより、先程の話をじっくり聞きたいわ」
「……さ、先程の話って? ……な、何のことかしら?」
「婚約者? 許嫁? どっちでもいいけど、詳しく聞かせてちょうだい、桜子ちゃん、前野くん」
私とっても興味あるわ。仕返しとばかりにニンマリと笑う。
葵ちゃん。やっぱり私の目は間違ってなかったわ。……私は見る目があったんだわ!
……ところで、許嫁も婚約者もほとんど同義じゃない? 何が違うの?
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